「HPの最大値」のようなものはスマートウォッチで見れる

ドラゴンクエストやファイナルファンタジーといったコンピュータRPGの普及に合わせて、いわゆる体力を表す言葉として「HP」という言葉が使われることが多くなった。

HPはもともとは攻撃力を表す言葉として使われたものだが、そこから転じて「体力」や「スタミナ」、「生命力」といったニュアンスを表現する言葉として使われていく。現在ではゲーム、映画、小説、アニメなどなどさまざまなジャンルの作品で、そして現実の会話でも「HP」という言葉が使われている。

Polar Pacer Pro

スマートフォンやスマートウォッチといった高性能コンピュータを持ち運ぶようになったのだから、物理的な人間においてもこの便利な概念である「HP」が表示されないものかと思ってしまうところだが、そうはなっていない。

しかし、人間は似たような数値として、「VO2max」という値を使うことができる。HPというよりも「HPの最大値」に近いデータだ。この値はスマートウォッチで調べることができる。ゲームのように常にステータスとしてHPが表示されているといったほどは簡単なものではないのだが、スマートウォッチを持っているならぜひ一度この値をチェックしてほしい。

「VO2max」は元気レベルを示す

「VO2max」は日本語では「最大酸素摂取量」と呼ばれる。この値はビジネスマンにとって大切なデータだ。最大酸素摂取量は成人以降、年々減ることがわかっている。あまり考えたくないことだが、ビジネスマンはHPの最大値が徐々に減っていると考えてもらえればよいと思う。

最大酸素摂取量は健康の指標になることがわかっている。この値が大きいと生活習慣病等のリスクが下がり、心血管系疾患の罹患率や死亡率が低くなる傾向があることが報告されている。逆に、この値が小さいとリスクが高まることがわかっている。

Polar Pacer Proによる最大酸素摂取量の計測結果サンプル

では、最大酸素摂取量とは何なのかだが、これは「運動において身体が消費する酸素量の最大値」とされている。1分間に体重1kgあたり最大で何mlの酸素を消費できるかで表示されるので、単位は「ml/kg/分」だ。

だから何だ、ということになると思うかもしれないが、人間がエネルギーを生産する仕組みを知ると、最大酸素摂取量が元気のレベルを指すものであることがわかってくるのだ。

筋肉を動かすエネルギー作りには酸素が必要、だから「VO2max」

人間は筋肉を収縮させて動く。筋肉の収縮にはATP(アデノシン三リン酸)がエネルギー源として使われる。このATPを産生する回路は主に3つあると考えてられており、長時間にわたって動く場合は「有酸素系」というATPの産生回路が主な役割を果たしている。

有酸素系は、脂質を燃料として使いながらその過程で酸素を使う。酸素は肺から血中に取り込まれ、血流によって全身を巡り、筋肉に取り込まれて、ミトコンドリア内での酸化に使われることでATPの再合成を起こす。要するに、たくさんの酸素を取り込めることは、それだけ体を動かすためのエネルギーをたくさん供給できることを意味している。

身体がこんな仕組みになっているので、最大酸素摂取量は運動能力の指標になると考えられている。「全身持久力」を表すと考えられており、「スタミナ」とか「粘り強さ」といったイメージに近いニュアンスを持っている。最大酸素摂取量が大きいとそれだけ長く元気に動くことができるというわけだ。HPで考えると、その最大値が大きくていつまでも元気に動けるといったイメージになる。

VO2maxはどのくらい必要なのか

当然ながら、運動をしていないビジネスマンの最大酸素摂取量は、あまり期待できない。健康とされる基準値を下回っていることも当然覚悟しておく必要がある。

日本人の最大酸素摂取量の基準値は、厚生労働省の「健康づくりのための身体活動基準2013」に掲載されている値がまず参考になるところかと思う(参考「運動施策の推進 |厚生労働省」)。

なお、厚生労働省は2006年版として「健康づくりのための運動基準 2006」を公開しており、こちらでは次の基準値が示されている。

2006年のデータのほうが細かいが、2013年のデータのほうがより根拠としているデータに忠実になっているそうなので、まずは2013年のデータで考えておけばよいと思う。自分の最大酸素摂取量が上記基準値よりも低かったら、ちょっと生活を見直したほうがよいということになる。



VO2maxの調べ方はいくつかある

最大酸素摂取量を正確に計測するには、トレッドミルで全力で走りながら呼気ガスを採取するか、エアロバイクを全力で漕ぎながら呼気ガスを採取して、身体に取り込まれた酸素の最大量を調べる必要がある。専用の施設とスタッフが必要で、とてもではないが手軽には調べられない。

そこでスマートウォッチだ。最近のスマートウォッチには最大酸素摂取量の推定値を計測する機能が搭載されている。

方法は複数あるのだが、主なものをざっとまとめると次のようになる。

上記の方法は、上にいくほどきつく、下にいくほど楽だ。しかし、辛い方法ほど値は正確で、緩い方法ほど不正確になると考えられている。以下、それぞれの方法について説明していこう。

ランニングテスト

最も正確、かつ、最もキツイのがランニングテストだ。この手のテストはPolarのスマートウォッチに搭載されている。指定に従ってランニングを行い、最終的にかなりきついところをキープする。スマートウォッチの指示に従って速度を上げていく必要があり、当然だが運動の習慣を保たないビジネスマンにはほぼ不可能な方法だ。すごくキツイ。

ただし、比較的正確な最大酸素摂取量を推測できると考えられている。ランニングに自信があるビジネスマン向きの方法だ。

ウォーキングテスト

ランニングではなく、ウォーキングで同じように最大酸素摂取量を推測する方法がある。キビキビと動くウォーキングはランニングより正確に最大酸素摂取量を推測できるという考え方もあるので、結構魅力的だ。

しかも、この方法は、運動習慣のないビジネスマンでも何とかこなすことができる。今のところこの機能を備えたのはPolarのPacer ProとPacerというモデルだけだが、Polarの今後もモデルには搭載が進むと思うので、興味がある方はPolarのスマートウォッチを調べてみてほしい。

次に計測の様子を簡単にまとめておく。

Polar Pacer Proでウォーキングテストを選択

説明に従ってテストを進めていく

テスト開始

一通り終わってVO2maxの推測値が報告されたところ

ランニングテストやウォーキングテストは、勾配のない平地で、GPSがちゃんと機能して、止まることなく動き続けることができる場所で行う必要がある。理想的にはトラックがあればよいが、広めの公園や河川敷沿いなんかでもよいかと思う。

ウォーキングテストを行った公園

Polarのウォーキングテスト中は心拍数を少なくとも117以上にキープする必要がある。次のような感じだ。

心拍数を117以上にキープする

筆者の場合は、ウォーキングテストはかなりきつい。もうこれ以上早歩きはできないという限界レベルをキープして心拍数が117になるので、必死にテストしないとクリアできない。普段坂道でウォーキングするので、平地のウォーキングではなかなか心拍数が上がらないのが原因かもしれない。

Polarの説明にもあるが、アスリートのように高負荷の運動に慣れている場合、ウォーキングテストでは十分に心拍数が上がらないので計測できないとされている。その場合にはランニングテストを行う必要があるだろう。ウォーキングテストはウォーキングで心拍数が上がるような普段運動する習慣を持っていないビジネスマンにうってつけなのだ。



ランニングとウォーキング

これは多くのスマートウォッチが備えている機能だ。アクティビティとしてのランニングやウォーキング、または自動検出したウォーキングのデータに基づいて自動的に最大酸素摂取量を推測してくれる。ゲームでキャラクターに表示されているHPの最大値は、どちらかというとこうして推測されたVO2maxの値に近いイメージになるかと思う。

例えば、次のスクリーンショットはGarmin fēnix 7でウォーキングから自動的に推測された最大酸素摂取量だ。

Garmin fēnix 7が自動推測した最大酸素摂取量

最大酸素摂取量がわかると、マラソンの予測タイムなんかも表示できるようになる。筆者の場合、次のような予測時間が表示されている。この予測時間は結構現実的なところなので、この最大酸素摂取量は現実的な値が推測されているように思う。

最大酸素摂取量はマラソンの完走時間の予測にも使われる

Garminのデバイスは基本的に自動的に計測を行うので、Garmin Connectアプリで確認するとこんな感じで最大酸素摂取量が自動的に推測されていることを確認できる。

Garmin fēnix 7で最大酸素摂取量を自動推測

なお、最大酸素摂取量をはじめ、必要なデータがそろうと、次のような感じで健康年齢も表示してくれるようになる。

Garmin fēnix 7の取得データによる健康年齢

筆者の場合、Polar Pacer Proのウォーキングテストによる最大酸素摂取量が53、Germin fēnix 7による最大酸素摂取量が50前後なので、だいたいこのあたりなんだろうなと思う。それ以外の種々のデータとも一致するところが多い。

何もしないテスト

最大酸素摂取量は最大心拍数と安静時心拍数から推測することができるという研究もあり、実はランニングやウォーキングをせずに推測することができる。例えば、Polarにはフィットネステストという機能があり、横になって5分間安静にしていると最大酸素摂取量を推測してくれる。運動する必要がないのでビジネスマンには垂涎者の機能と言えるだろう。

しかし、この機能はあまり正確とはいえないところがある。筆者の場合、このテストでは最大酸素摂取量は64と出る。この値はかなり高い。最大酸素摂取量64の人と同じ時間でフルマラソンが完走できるかと言われれば絶対に無理であり、どう考えてもこの値は高すぎる。

ただし、絶対値ではなく、スタミナの推移を見る方法としてフィットネステストを使うという方法はありだ。最大酸素摂取量が増えていけば元気レベルが上がっており、減っていればヘタって行っていることがわかるのだ。

スマートウォッチにVO2maxの機能がなくてもいける

ちょっと前のモデルのスマートウォッチや廉価なスマートウォッチには、最大酸素摂取量の推測機能が搭載されていないものもある。そんな場合でも、自力での計算は必要になるが、推測する方法はある。

GPS機能が搭載されており、かつ、ランニングに自信があるなら「クーパーテスト」を行ってみよう。これは12分間で可能な限り長距離を走り、その距離から次の計算式で最大酸素摂取量を求めるというものだ。ランニングに自信がある場合はこの方法でいってみよう。

クーパーテスト

VO2max = (12分間で走った距離[m] - 505) / 45

なお、12分間で全力を出し切るランニングは相当に苦しい。

ランニングはノーサンキューという場合、「Estimation of VO2max from the ratio between HRmax and HRrest--the Heart Rate Ratio Method - PubMed」で示されている方法を使ってみよう。こちらの方法ならほぼすべてのスマートウォッチで使えるはずだ。この計算では最大心拍数と安静時心拍数さえわかればよく、次の計算式で計算できる。

Estimation of VO2max from the ratio between HRmax and HRrest--the Heart Rate Ratio Method

VO2max = 最大心拍数 / 安静時心拍数 × 15

最大心拍数がわからないという場合には、さらに次の推測値を使う。

最大心拍数の推測値

最大心拍数目安 = 220 - 年齢

安静時心拍数には、寝起きで横になっているときの比較的一日中で心拍数が低く安定しているときの値の平均値あたりを使ってみよう。スマートウォッチでモニタリングしているはずなので、この値は比較的確認しやすいと思う。

この方法はPolarのフィットネステストに近い。フィットネステストは個人のアクティビティやほかのデータも加味するのでまったく同じではないようだが、ニュアンスは似ている。

最大酸素摂取量の計測機能を備えたスマートウォッチが欲しくなったら、「ビジネスマンにオススメのスマートウォッチ4選 | TECH+」あたりを参考にして検討してもらえればと思う。

VO2maxで自分の元気レベルを知っておこう

最近のスマートウォッチは最大酸素摂取量を推測する機能を搭載するものが多くなった。気にしなくても画面のどこかにVO2maxという値が表示されているかもしれないし、スマートウォッチやアプリをいじっているとVO2maxの値が表示されるんじゃないだろうか。

そうしたら、その値が厚生労働省の基準値に達しているか確認しよう(参考「健康づくりのための身体活動基準2013」)。

最大酸素摂取量が基準値に達していないなら要注意だ。BMI値が推奨値に収まっているか、週に150〜300分の中強度運動の運動をしているか、食事のバランスは取れているか、ちょっと見直したほうがよいかもしれない(参考「World Health Organization 2020 guidelines on physical activity and sedentary behaviour - PubMed」)。

最大酸素摂取量は「フィットネスレベル」と表現されることもある。この場合の「フィットネス」をほかの日本語に置き換えるなら「健康レベル」とか「元気レベル」といったことになる。言葉の通り、最大酸素摂取量は健康の指標にもなっているので、低い場合にはリスクがあると認識しておいたほうがよいだろう。

スマートウォッチが計測するのは心拍数を基本としつつ、ここに位置情報や加速度情報、気圧情報などを加え、さまざまな心身の状態を推測してユーザーに教えてくれる。このデータを活用しない手はないのだ。なかなか健康に気を使うことが難しい忙しいビジネスマンほど、スマートウォッチの機能を活用して健康維持に役立ててもらえればと思う。