「無理して周りに合わせる必要ないんじゃないかなって」「人とズレてても、いいんじゃないですかね」。東京メトロ「オフピークプロジェクト」で、「ピークを知る男」としてこうつぶやくお笑いタレントのダンディ坂野さん(53)。所属事務所でCM契約数1位ともいわれるダンディ坂野さんが「一発屋」で終わらずに、華やかに見えるバラエティ番組以外のフィールドでも活躍を続けられた理由を聞いた。(全2回の1回目。#2に続く)

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ダンディ坂野さん

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なぜダンディ坂野にCMオファーが集中するのか?

――以前、カンニング竹山さんがラジオで「所属事務所のサンミュージックでCM契約数No.1はいまだにダンディ坂野だ」と暴露して話題になりました。これは本当ですか?

ダンディ坂野(以下、ダンディ) 今現在1位かどうかはちょっとわからないんですが、少し前まで独走状態だったみたいですね。我が社にはCMクィーンがいたんですが、CMキングはダンディ坂野と言われてるみたいです(笑)。とにかく言えるのは、今でもこうしてたくさんお仕事をいただけているのが一番ありがたい、ということですね。

――ダンディ坂野さんが所属されているサンミュージックにはカンニング竹山さんやメイプル超合金など、テレビでひっぱりだこの人気芸人が多数在籍しています。その中でなぜダンディ坂野さんに、長年にわたってCMのオファーが集中するのでしょうか。

ダンディ 社内の広告担当者いわく、確かに企業さんから(ダンディ坂野の)名前が上がりやすいというのは聞いたことがあります。

 よく人から言われるのと自分自身が感じる点では、大きな意味で不潔感がないからかなと思っていて。黄色いスーツを着た中肉中背のおじさんが一言「ゲッツ!」と叫ぶ。そんな人を貶めない芸風と、誰にでもわかる短くて真似しやすいサイズ感が、企業さんの売り出したいものとハマりやすいのかなと、勝手に分析しています。それに「ゲッツ!」という言葉自体が前向きなものですから、重宝されやすいのかもしれませんね。

2003年頃まで、キャラ芸人といえばつぶやきシローさんだった

――小島よしおさんやスギちゃんなど、サンミュージックの芸人さんは人を傷つけないスタイルの笑いが多いような気がします。この芸風は“社風”なのでしょうか。

ダンディ 今はサンミュージックを離れてしまいましたが、ヒロシくんのネタもネガティブだけど他人を攻撃するものじゃなかったし、自己解決する安心感がありますよね。

 そもそも僕がブレイクした2003年頃まで、キャラ芸人といえば『ボキャブラ天国』で人気の出たつぶやきシローさんくらいしかいなかったんです。しかもそれもずいぶん前のことでしたから、僕のような芸風が当時は目新しく映ったんでしょう。浅草のベテランではなく、若手芸人が蝶ネクタイしてアメリカンコメディのパロディをやるっていう“キャラ頼り”の芸がヒットして。

 すると今度は紆余曲折を経た後に「キャラ芸人」に行き着く人が多くなってきて、『爆笑レッドカーペット』でワイングラス持って「ルネッサーンス」って言う人たちが出てきたり、ワイルドな男が登場したりしたんです。そうして彼らがブレイクするとまたそこを目指してくる人が集まって、段々とサンミュージックの色になっていったのかもしれません。

 髭男爵、小島よしお、スギちゃんと事務所にキャラ芸人が増えてくると、「懐かしのメンバーを集めた企画をやりたいんですけど」っていうお声もかかるようになって、みんなでわーっと出演できるから事務所としてもありがたいんです。地方営業のお話をもらって都合が合わないときも、「髭男爵はその日ダメなんですけど、スギちゃんなんてどうですか?」という逆提案もできますしね、はい。

 正統派漫才の多いよしもとさんとは対照的で、しゃべくりが弱いのは辛いなあと思うこともありますが、うちはキャラ芸人の宝庫、ってことでいいのかなって思ってます。

お笑いの事務所は、わりと芸人がほったらかしにされやすい

――キャラ芸人は「一発屋」と言われる方も多いですが、サンミュージックのみなさんは浮き沈みがありながらも逞しくサバイブされています。生き馬の目を抜く世界で生き残れる秘訣はなんですか。

ダンディ 自身の努力はもちろんですが、マネージャーの数が足りないというマンパワー的な問題もあって、お笑いの事務所ってわりと芸人がほったらかしにされやすいんです。でもサンミュージックで言えば、他の事務所に比べてサポートが手厚いかもしれません。

「あれ? もう僕ってお呼びじゃない?」と、急速に不安に

ダンディ 特に我々のような一発屋はブレイク時に殺人的な忙しさを味わう一方で、人気が下火になると忙しかった反動からメンタルが不安定になりやすいんです。僕もブレイク時は仕事の依頼でマネージャーのガラケーが鳴りっぱなし状態で、携帯を充電器に挿しっぱなしにしていないといけないほどひっきりなしに仕事が入ってきました。そんな尋常じゃない数の仕事をこなした後、だんだんとスケジュールに余裕が出てきて身体が楽になってくると、「あれ? もう僕ってお呼びじゃない?」と、急速に不安になるんです。

 でも実際には民放のバラエティ番組のような華やかな場所から声がかからなくなっても、地方営業は定期的にあるしお客さんも来てくれる。その事実が、「テレビから消えた芸人」という世間からの厳しい風当たりから心身を守ってくれましたし、ヒロシや髭男爵といった後輩たちがテレビにひっぱりだこの間も、「自分は事務所から見捨てられていない」と感じられるきっかけにもなりました。

 一発屋が斜陽になっても、うちのマネージャーは必ず次の活躍の場を用意してくれる。それが「一発屋製造工場」のスキームとして出来上がっているので、芸人としては非常にありがたいですね。

サンミュージックの「お笑い芸人」カテゴリー「GET」の由来

――サンミュージックのホームページで「お笑い芸人」のカテゴリーに(GET)と書いてありますよね。これはダンディ坂野さんの「ゲッツ!」からきているものですか?

ダンディ 師匠のブッチャーブラザーズさんを頼って事務所に入ることになったとき、はじめてサンミュージックがお笑い班を作ることになったんです。で、ブッチャーさんのほかに芸人は僕しかいなかったし、「ゲッツ!」のネタもあったから「GET」ってつけてくれたんですけど、ブッチャーさんいわく、「ギャグ・エンターテインメント・チーム」の略らしいんです。

ダンディ そんなわけでサンミュージックのお笑い芸人としてはもっとも古株の部類ですし、上の立場ではあるんですけど、「ネタ見て下さい」とかって若手から指導を仰がれることはほぼないですね。来るんだったらいくらでもアドバイスしますけど、誰も来ないんですよね、不思議と。

みなさんが思うほど暇でもなく収入もきつくない

――しかし以前、小島よしおさんに取材したときは大好きな先輩としてダンディ坂野さんの名前を挙げられていました。

ダンディ それは小島が自分の好感度をあげようとしたんじゃないですかね(笑)。ただ誰がいい悪いじゃなく、我々「一発屋」と呼ばれるカテゴリーでもっとも花火がデカかったのは、小島だったんじゃないかと思います。それこそ、レイザーラモンHGさんやコウメ太夫さんといった一発屋のメンバーで「もっともでかい“一発”を放ったのは誰か?」みたいな話をしたことがあるんです。そのとき参加していた髭男爵の山田ルイ53世が、「ダンディ坂野が1発だとしたら小島よしおは2発」みたいなことを言ってましたが、それくらい小島のブレイクの仕方はすごかったんです。

 ただ、急激に仕事が増えて突然、全国民に顔を知られるという特性を持つ「一発屋」だけに、その副作用で、ちょっとテレビで見なくなっただけでものすごく落ちぶれたように見られがちなんです。

 テレビに呼ばれたとしても、「あの人は今」枠。こちらも演出の意図に沿って「いやいやもう、僕らなんて昔に比べたら全然」みたいな態度をとるんですけど、実際には先ほどお話ししたように、事務所のおかげもあってみなさんが思うほど暇でもなく収入もきつくないという、まったくテレビ的に面白くない真実があったりして。かといって嘘をつくのも嫌だし、企画の意図を逸脱するのも申し訳ないので、そういうときはなるべく黙ってるようにしてるんです。せっかくテレビ出てるのに黙ってちゃダメなんですけど(笑)。

写真=末永裕樹/文藝春秋

「ゲッツ!」で15年…ダンディ坂野53歳「なぜ老けない?」 フジモンが見抜いた「働き方の“秘密”」 へ続く

(小泉 なつみ)