市場調査や街頭アンケートなどを基にしたデータは、果たして信用できるのか。長野県立大学の田村秀教授は「アンケートの中には無茶苦茶なものも少なくない。国連という権威ある機関に関わる人間さえ、出所のはっきりしないデータを引用することがある」と指摘する――。

※本稿は、田村秀『データ・リテラシーの鍛え方 “思い込み”で社会が歪む』(イースト新書)の一部を再編集したものです。

写真=時事通信フォト
児童ポルノ問題などの視察で来日し、記者会見する国連特別報告者の人権専門家マオド・ド・ブーア・ブキッキオ氏=2015年10月26日、東京・内幸町の日本記者クラブ - 写真=時事通信フォト

■国連特別報告者の発言に外務省が抗議

アンケートの中には、フェイクニュースと言ってもいいくらいに、無茶苦茶なものも少なくありません。そのようなデータの信ぴょう性を検証するに当たっては、その出所がどこなのかについて必ず確認すべきです。出所が明らかでなかったり、分析がいい加減だったりするアンケートの結果が独り歩きすると、とんでもないことになってしまいかねません。しかし残念ながら、繰り返し同じようなことが起きています。

「日本の女子学生の13%が援助交際を経験」

これを聞いて、ショックを受けた人も少なくないでしょう。それも国連の特別報告者が発言したとなれば、本当なのだろうと思ってしまっても無理もない話です。しかも当初は通訳のミスで、13%を30%と訳してしまったというおまけつきでした。しかし、その後の報道で、これが根拠のないデータであることが明らかになったのです。

この発言をしたのは児童売買や児童ポルノなどに関する国連特別報告者で、オランダ出身のマオド・ド・ブーア・ブキッキオ氏でした。2015年、日本の児童ポルノなどの状況を視察するために来日し、東京都内で開いた記者会見での発言で、これを受けて外務省は国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)に数値の根拠を開示すべきだと抗議しました。

■裏付けのないデータを使って何がしたかったのか

これに対しOHCHRは、数値は公開情報から見つけた概算であり、緊急に対応すべき事象だという点を強調するために言及したと釈明する声明を出しました。果たしてどっちが正しいのかと思ってしまいそうですが、外務省は数値の根拠が明らかになっていないことから、国連の肩書きを持つ者が発言することで事実かのような誤解を生むとして、改めて発言撤回を求めました。

当然のことながら、データの根拠を示すことは、データを使う側として最低限のエチケットのようなものです。実際、菅義偉官房長官は記者会見で、特別報告者本人から「13%という数値を裏付ける公的な最近のデータはなく、誤解を招くものだった」との主旨の書簡が日本政府に届いたことを明らかにしました。また、政府としては引き続き客観的データに基づく報告書作成を求めていく姿勢を示しました。

こんなことが許されていいのかと思ってしまいますが、官房長官が言うように、客観的データを示すことはどんな場合であっても必要不可欠です。アンケート結果と思しきデータの出所がはっきりしないようなものを、国連という権威ある機関に関わる人間が軽々に使うべきではないことは明らかですが、この報告者はいったい何がしたかったのでしょうか。日本の評判を単に貶(おとし)めたいと思っていたとは考えにくいですが、やっていることはまさにそのような卑劣なことです。

■「20代男性の40%が性交渉経験なし」は本当か

「若い男性が草食化している」などと言われて久しいですが、「20代男性の40%がセックス経験なし」というニュースも、インターネット上などでかなりの反響がありました。「そんなに多くの男性が?」と思う人も少なくないでしょう。

この報告は、性教育や不妊相談を手がけている民間の日本家族計画協会が、2013年に発表しました。実際の調査結果に関するレポートは、「第二回ジャパン・セックス・サーベイ」としてまとめられていて、全国の満20歳から69歳の男女を対象に、インターネット・リサーチを実施しています。調査配信数は10万6871人で、都道府県間の比較を行うために、47都道府県から回収順にしたがって均一に107サンプルを収集して、合計5029人を集計対象としています。

20代男性の40%が「ない」と回答しているというのは、20代女性で「ない」と回答した21%の2倍であり、30代男性で10%、30代女性で7%と差は縮まり、それより上の年代も男女差はあまりなかったとされています。

この調査が正しければ、日本人の20代男性のうち5人に2人はいわゆる童貞ということになります。日本家族計画協会という名前からして、きっちりとした調査なのだろうと思ってしまうかもしれませんが、この調査結果はどうも怪しいところがあります。

■回答率はわずか5%、未婚者が多く回答している

まず、インターネット調査であることからして、無作為抽出ではないことは明らかです。一般的な声とは異なるということは、この時点で言えるでしょう。しかも回答率はわずか5%で、なおかつ回答者は「このような調査にわざわざ回答する人」であることから、かなり偏りがあると考えていいでしょう。

おまけにこの調査では、都道府県ごとの人口数を考慮せずに同数をサンプルとしています。これは「注目されそうな都道府県」の調査などと全く同じ過ちを繰り返しています。

問題点を傍証するデータはいくつかあります。例えばこの調査における20代男性の未婚率は89.2%となっていますが、2010年国勢調査における未婚率は79.6%と約10ポイントも低くなっています。要は20代の中でも、未婚者のほうがより多く回答を行っているということです。既婚者は性交渉の経験があるでしょうから、この点だけを考慮しても経験がない男性の割合は、少なくとも数ポイント程度は減少するでしょう。

また、同じく日本家族計画協会が2年ごとに実施している「男女の生活と意識に関する調査結果」とも食い違いが見られます。この調査では無作為抽出による方法で対象者を選んでいて、回答率は42.4%となっています。若干回答率が低いところではありますが、厳密に無作為抽出を行っているので信頼に足る内容ではあります。

■別の調査と見比べても矛盾がある

この調査で、いわゆる初体験をした人の割合が、30%、50%、70%を超える年齢についても調べています。男性で30%を超えるのは、いつの調査でも18歳ですが、50%に関しては、2004年以降は19歳だったのが2014年には20歳となっています。また、70%に関しては、2006年は21歳だったのが、2014年には24歳となっています。

確かに「奥手」の傾向が強まってはいそうですが、24歳の時点で異性との性交渉の経験がない男性は3割を切っていることになります。いずれにしてもこちらの調査のほうが、無作為抽出で行っているだけに信頼性ははるかに高いということは言えます。やはり20代で約4割というのは、現実の姿よりもかなり偏ったデータということになります。

「第二回ジャパン・セックス・サーベイ」では、年代ごとに初めて異性とセックスした年齢の割合も示されていますが、これによれば20代男性では29歳までに85.5%が経験ありと回答しています。これと約4割の違いはいったい何なのでしょうか。

この協会の行った調査を相互に比較するだけでも、かなり問題があることは明らかです。回答者数を見ても、20代は343人、40代は682人といったように、実際の人口比よりもかなり偏りが大きいのも気になります。

また、信頼に値するはずの「男女の生活と意識に関する調査結果」でも、実は誤ったデータの公表がありました。当初の報告では、セックスの経験がある人が50%を超える年齢について「男性29歳、女性28歳」としていましたが、正しくは「男性20歳、女性19歳」だったとされています。計算やまとめ方にミスがあったようです。

■CNNが「日本で『中年童貞』が増加」と報じたが…

どうも日本家族計画協会のデータ・リテラシーには、大きな問題があるようです。調査結果のインパクトが強いだけに、その影響力の大きさを考えれば決して看過できるものではないはずです。例えばCNNでは「日本で『中年童貞』が増加 その背景は」と題して、次のような記事の配信を行っています。

1980年代、記者が独身女性として日本で暮らしていた頃、日本経済は絶好調で、デートシーンも熱かった。流行の先端を行く女性は結婚前に処女を失うことをためらわなかった。だが、時代は変わり、性への関心は薄れた。先ごろ発表された政府調査によると、「面倒くさい」などとして、恋愛相手を必要としない傾向が拡大。20〜30代の日本人の40パーセント近くは異性関係を持っていない。2010年に行われた調査でも、30代で独身の日本人男性のうち4人に1人が童貞だとされている。(「CNN」2015年12月27日配信より)

「政府調査によると」とあるこの記事のデータの出典は明らかではないですが、日本家族計画協会の調査結果も影響したと考えられます。先述の国連報告者の「デマ」もそうですが、根拠が全くなかったり、信ぴょう性の面でかなり怪しかったりするアンケート結果のデータが世界に配信され、それで勝手に日本人像が歪められてしまっては、たまったものではありません。

同様のことが特定の企業や特定の産業について論じられてしまえば、経済的なダメージは決して小さくはないでしょう。これは各種ランキング、特に顧客満足度調査などで顕著に表れるものです。改めて一人ひとりのデータ・リテラシーが重要になってきます。

■テレビの「100人アンケート」は話にならない

ここまで読んでいただいた読者なら、テレビでよく放送されている「緊急100人アンケート」の類は、話半分で聞き流したほうが無難だということは理解してもらえるでしょう。無作為で対象者が選ばれているわけでもなく、まさに手当たり次第に街角などでインタビューして100人の声をかき集めただけであって、世論でも一般的な声でもないのです。

一例として、麻薬取締法違反で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けたピエール瀧氏が出演している映画の上映の是非について、フジテレビの「とくダネ!」で100人アンケートの結果を紹介していて、82人が出演作の公開に賛成していました(2019年3月21日放送)。しかし、これを見て「圧倒的多数が賛成している」と結論づけることはできません。

そもそも100人程度を対象とした場合、仮に無作為で回答者が選ばれていたとしても±10%程度の誤差は避けられません。賛成が50%でも、実際は40%から60%までの可能性があるのです。実際には丸の内で聞いても、新橋で聞いても単に手当たり次第に聞いているだけでバイアスがかかってしまい、無作為ですらないので、70%が賛成だったり、30%しか賛成していなかったりということも起こりえます。

■マスコミのリテラシーが全く改善されていない

田村秀『データ・リテラシーの鍛え方 “思い込み”で社会が歪む』(イースト新書)

特に阪神上場の問題のように、賛否が激しく分かれるようなテーマの場合、あるテレビ局が聞いた場合は賛成が80%、別のテレビ局が聞いた場合は20%ということもありえるのです。

結局のところ、あることについて回答した100人の声に過ぎないのであって、一般的にそうだと考えてはいけません。それにもかかわらず、テレビ局がそのようなアンケートを延々と続けているのは、手っ取り早く一般市民の声が把握できるといまだに考えているからかもしれません。

このような安易なやり方を続けているということは、マスコミのデータ・リテラシーが全く改善されていないということを、自ら明らかにしているだけです。

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田村 秀(たむら・しげる)
長野県立大学グローバルマネジメント学部教授
1962年生まれ。北海道出身。東京大学工学部卒。博士(学術)。自治省、三重県財政課長、新潟大学法学部教授・学部長などを経て現職。専門は行政学、地方自治、公共政策。『地方都市の持続可能性』『暴走する地方自治』(ともにちくま新書)、『自治体崩壊』(イースト新書)など著書多数。
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(長野県立大学グローバルマネジメント学部教授 田村 秀)