■「収益に陰り」で9年振りの社長交代

10月末、キーエンスは山本昇則社長(54)から中田有取締役(45)に社長を交代することを発表した。

キーエンスはファクトリーオートメーション(FA、生産プロセスなどの省人化・自動化)関連のセンサーや画像処理関連のシステムを手掛ける超高収益企業だ。従業員に支払う給与水準もかなり高い。有価証券報告書によると、2019年3月20日現在、従業員数2388人、平均年齢35.8歳、平均勤続年数12.1年、平均年間給与は2110万円となっている。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/from2015

ここまでキーエンスの業績は順調に伸びてきた。ただ、2019年度に入ると、中国経済の減速の影響などを受けて収益はやや伸び悩みはじめている。そのタイミングでの社長交代だった。

今回の人事を見ると、同社は若い世代に経営のバトンをわたし、変化への適応力を高めることによって一段の成長を目指そうとしているように見える。組織全体がこれまでの成功体験に浸るのではなく、常に新しいビジネスにチャレンジする経営風土に磨きをかけることを意図しているのだろう。

その意図が期待どおりの成果を上げることができれば、業績が拡大して高い報酬を従業員に支払い、優秀な人材を惹きつけ続けることはできるはずだ。

キーエンスはいち早く世界的な時流をとらえていた

キーエンスの業績は、2019年3月期まで7期続けて最高益を達成してきた。利益率も高い。営業利益率は50%を超え、国内のライバル企業の収益性を大きく上回っている。

好調な業績の背景には、まず、同社を取り巻く経済環境がある。

世界全体で人手不足が深刻化している。労働力不足を補うために、米国や中国、わが国など世界各国の企業は、生産設備などの省人化や自動化を強化している。その需要を取り込んで、キーエンスは業績を拡大してきた。人手不足の問題は今後も続くだろう。

また、キーエンスがいち早く、自前の生産設備を持たない、いわゆる「ファブレス経営」を導入したことも重要なファクターだ。

1974年の創業以来、キーエンスはファブレス経営を貫いている。ファブレスとは、自社で生産設備を持たず、生産のすべて、あるいは大半を外部に委託する経営体制をいう。それにより、キーエンスはFA関連のソフトウェアの研究開発や設計などの得意分野に経営資源を効率的に、かつ迅速に再配分し、変化に適応しつつ、収益力・収益率を高めてきた。

米アップルの経営を確認すると、ファブレス体制の意義がよくわかる。アップルは台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業にiPhoneなどの生産を委託している。

アップルは生産プロセスを切りはなし、ソフトウェア開発やブランディングに注力し、高付加価値のプロダクトを生み出してきた。それが、アップルの企業価値の増加を支えている。一方、ホンハイは中国の傘下企業であるフォックスコンにてアップルの製品を生産し、成長してきた。

このように世界各国で分業体制の確立を重視し、自社の強みとする分野への選択と集中を進める企業が増えている。キーエンスはいち早く世界的な時流をとらえ、効率的に経営資源を再配分し、高収益体制を実現してきたといえる。

■歴代社長も「40代半ば」

2019年度4〜6月期、キーエンスは第1四半期決算として9年ぶりに最終減益に落ち込んだ。また本年度上期の純利益は前年同期比13%減少だった。

上期の業績公表と同じタイミングで同社は社長交代を発表した。

背景には、前回の社長就任から一定期間が経過したことに加え、最高益の更新がストップしたという変化を受け止め、若い人にさらにチャレンジしてもらい、さらなる成長を追求してもらいたいとの考えなどがありそうだ。キーエンスは世界経済が大きく変わりつつあるという認識を強め、それに対応する体制を整えようとしているといってもよい。

創業者である滝崎武光氏以降、キーエンスは40代半ばの人物を歴代の社長に指名してきた。40代半ばといえば、業務に習熟し、さらなる飛躍を目指してエネルギーがほとばしりはじめる時期だ。

その世代の人物に経営を任せることによって、キーエンスは組織全体に刺激を与え、過去の成功体験に浸るのではなく、常に新しいことにチャレンジする風土を高めようとしてきたと考えられる。

■現状維持で成長はおぼつかないという危機感

それは、事業環境は常に変化し、それに対応しなければならないという発想に基づいているのだろう。現状維持で成長はおぼつかないという危機感といってもよい。実際、世界経済の変化するスピードは加速している。中国経済は成長の限界を迎えた。

また、米中貿易摩擦の影響などを受け、世界全体でサプライチェーンが混乱している。その中で、キーエンスでは自社のノウハウを基にしたデータ分析ソフトウェアを開発し、他企業の営業や商品開発などの効率化をサポートするシステムの外販に着手しはじめた。

それでも、本年度上期、キーエンスは減益を回避できなかった。この展開を受け、キーエンスの経営陣は、世界経済の動きに対応するためには、これまでとはちがう発想、価値観を経営に反映させ、抜本的に新しい取り組みを進めなければならないという見解に達した可能性がある。それが社長交代に至った大きな要因と考えられる。

■高収益・高収入の体制を維持できるか

新しい経営体制のもと、キーエンスには成長力を高め、高収益・高収入の体制を維持・強化することが求められる。新しい経営トップには、FA関連のソフトウェア企業としてのビジネスモデルにデータ分析などの要素を付加し、新しいビジネスモデルの構築を目指すことが求められるだろう。

今後の世界経済の展開を考えた時、ソフトウェア開発など知識集約的な産業への需要も続くはずだ。

中国では生産年齢人口が減少に転じ、労働コストが上昇している。先行きは不透明だが、キーエンスがFAなどに関するソフトウェア開発を中心に競争力を高めることはできるだろう。これまでの業績、利益率の高さなどを踏まえれば、同社にはその力も備わっているとみられる。

今後、世界経済の変化のスピードは、さらに加速する可能性が高い。米中では、量子コンピューターなど次世代の情報処理テクノロジーの開発が急ピッチで進んでいる。中国では、ファーウェイやアリババが高性能のICチップの生産能力を増強している。

数年後には、5G通信規格がネットワークに接続されるデバイス(モノ)の数に耐えられなくなると考えるITの専門家もいる。キーエンスはこうした変化に対応していかなければならない。

■現状に満足しない経営風土

今後の展開によってはソフトウェア開発の力を応用して、ビッグデータなどの分析ソフトウェアを開発し、それを用いてより効率的な生産プロセスを提案することもあり得る。また、キーエンスがIoT(モノのインターネット化)などに関するシステムを開発・販売することもあるだろう。

今後、経営陣に求められることは、組織全体を一つに束ね、現状に満足せず新しい取り組みにチャレンジする経営風土に磨きをかけることだろう。それは、キーエンスが急速かつ大きな環境の変化に対応するために欠かせない要素の一つだ。

その上で業績の拡大が実現できれば、キーエンスが少数精鋭の高収入企業としての存在感を発揮し続けることはできるだろう。当面は、新経営トップの指揮のもと、どのようなビジネスモデルが目指されるかに注目が集まるだろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)