川島は高校時代、全国レベルのGKとして名を馳せながら文武両道を貫いた【写真:松橋晶子】

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連載「ニッポン部活考論」―日本の“インテリ守護神”が考える文武両道のカタチ

 日本の部活動の在り方を考える「THE ANSWER」の連載「ニッポン部活考論」。今回のテーマは「部活と文武両道」。登場してくれたのは、サッカー日本代表GK川島永嗣(ストラスブール)だ。

 埼玉の浦和東時代は部活はもちろん、勉強も疎かにせず、文武両道を徹底。大学進学を勧められたほど学業優秀だった。通常、スポーツ強豪校といえば、選手はスポーツに専念すればいいという風潮もあるが、若き日の川島の考えは一線を画していた。果たして、なぜ、文武両道を貫いたのか。その裏にあった哲学とは。

 そして、プロ入り後はベルギー、スコットランド、フランスと海外リーグを渡り歩き、日本語のほかに英語、フランス語、イタリア語、スペイン語、オランダ語、ポルトガル語の7か国語を操る。いかにして、語学を身に着け、日本サッカーの未来を左右する「言葉の壁」について思うこととは。独占インタビューで打ち明けた。

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 選手権、国体、インターハイと高校サッカー3大大会すべてを経験した浦和東時代。全国レベルのGKとして「川島永嗣」の名を馳せながら、文武両道を貫いたことはサッカーファンには有名な話。その理由とはいったい、何だったのか。

「『サッカー部だから』と言われるのが嫌だった。サッカー部だから勉強しなくていいと特別扱いされるのが凄く嫌で……。もちろん、部活はサッカーが中心で、全国大会で成果を残すことを考えている。でも、それで特別扱いを受けて当たり前と思ったりとか、そういう環境だからできないと思われたりとかが嫌だった。だから、勉強を疎かにしたくなかったです」

 高い意識は、とりわけ授業中に発揮されていた。人一倍の練習量を誇っていたため、当時の野崎正治監督(現・浦和南監督)に「いつ勉強するんだ」と尋ねられると「授業中に全部マスターしますから」と返したことがあるという。

「学校では試験前の1週前から練習ができなくなる。それが嫌だった。1週間も練習を休むことはしたくない。試験前に勉強をしないで済むために、どこで勉強するかと考えたら授業中しかなかった。宿題も嫌いだったくらい、授業以外でやることはしたくない。それなら、とにかく授業中に先生が言っていることを聞いておけば、それ以外がテストに出ることは基本的にないわけだから、授業は寝ないで聞く、ということは徹底していました」

 通常、運動部なら授業中に寝ないと放課後の練習に体力が持たないと思ってしまうこともざら。川島自身も「必死に起きていました」と笑う一方で「寝ているヤツは起こしていたくらい。サッカー部のヤツはもちろん、逆に隣の席から話しかけてきたら『話しかけてくるなよ、今、授業中なんだから』なんて言っていました」と振り返る。

 部活と勉強を両立させ、卒業後は大学進学を勧められたことがあった。しかし、実際には高卒でプロに飛び込んだ。最初からプロを目指すなら、勉強も必要なかったのでは? そう思いたくなるが、その裏には18歳なりの哲学があった。

「『授業中に寝ない』を守れるかがピッチ内の自分の規律に影響する」

「自分が決めたことをしっかりとやれるかどうか、ではないかと思う。『授業中に寝ない』という自分のルールを守れるか守れないか、それがピッチ内の自分の規律に影響してくる。自分が目標に向かっていく過程でも、自分のルールがなければ辿り着けないもの。そういう意味では勉強をする意味はあったと思います。

 今の若い子たちに思うのは、無駄なことは何もないということ。その時に無駄かどうかは分からない。やってみて結果的に必要なければ捨てればいい。人生において、高校は勉強する時間を与えられているわけで、勉強してみたら、後々生きることもあれば生きないこともある。やってみるだけ、やってみてもいい」

 大切なのは知識ではなく、自分が決めた目標を成し遂げる実行力。そこに意味があると、勉強の大切さを説いた。国語が得意科目だったという守護神は「いつも、自分が思っていること」として、高校生たちにメッセージを贈った。

「確かに勉強がサッカーの上手さには、そんなに関係はないと思う。ただ、サッカー選手は本当に限られた人しかなれない。どんなに部活を頑張っても、チームで1人でもなれれば凄いこと。ということはどんなに夢を追いかけても、どこかで他の夢を追いかけなければいけない時が来る。一つの夢、目標に向かっていく姿勢は若い子たちに一番学んでほしいというのが僕の考えです。

 どの分野に行っても、それを忘れないでほしい。サッカーでプロがダメだったから違う分野でも成功できないと感じるのではない。サッカーをやって、目標に対して努力する姿勢を学ぶことができたから、違う分野に行っても夢を多く持ち続けてほしい。そのために勉強できる、できないは関係ない。夢、目標に向かっていく姿勢を高校で部活をやっている間に学んでほしいです」

 熱く説いた言葉に説得力を感じるのは、川島自身、その後も“学ぶ”という姿勢をやめていないからだろう。最も特徴的なことは堪能な語学だ。今、何か国話せるのかを問うと「日本語。あとは英語、フランス語、イタリア語、スペイン語。オランダ語、ポルトガル語もちょっとくらい……」と明かす。実に7か国語を数える。

 なぜ、こうも語学を身に着けるに至ったのかについても聞いてみた。きっかけは10代だったJ2大宮時代に経験したイタリア留学。「向こうでできた友達、指導してくれたコーチたちが何を本当に考えているのかを知りたかったことが一番の欲」と明かす。

「自分が生まれ育った国の文化だけじゃなく、違う国で育った友人たちがどういう考えを持って普段、過ごしているのか凄く興味があったし、それを話し合える間柄になりたかった。サッカーに関しても、通訳が言っている言葉を聞いて分かったように感じているのではなく、実際にその人がどういう考えでトレーニングをしているのか、本当の意味で理解したかったんです」

“5か国語同時勉強法”を選んだ理由とは? 「自分を飽きさせないことがコツ」

 その勉強法も異端と言っていい。イタリアから帰国後、一気に5か国語の勉強を始めたという。「本屋に行ったら(参考書を)全部、買って帰ってきた」と明かす。「1個やっていると途中でわからなくなるし、そうしたら次の言語……みたいに」。1日1か国語のペースで日替わりで勉強したという。とはいっても、マスターすることは簡単ではない。

「自分を飽きさせないことがコツ。飽きてしまったり、自分ができないと思ったりするから、やめてしまうと思う。自分を楽しませながら、一つの勉強法にこだわらずに続けてみたり。あとは実際に自分ができること、できないことを感じないとモチベーションにならないので、その年の最後に旅行に行って、このくらい話したいという目標を持って計画を立てて勉強していました」

 自力で勉強するほか、忙しい練習の合間を縫って、週1〜2日は英会話教室にもイタリア語教室にも通った。こうした努力があって10年にベルギーで海外リーグに初めて挑んだ頃には「言っていることはなんとなく分かり、言いたいことはなんとなく伝えられる」程度になっていたという。ただ、それでも最初は「言葉の壁」を感じるシーンは多々あった。

「チームメートと食事に行って、会話に入って冗談を言う感覚ではないので、そういう時はひたすら聞くだけ。分からないけど、とにかく聞いて笑っているだけ。一番、大きかったのは“分からない”という不安。ベルギーはオランダ語圏なので、GKコーチと他のGKがオランダ語で会話しているのを見ると凄く気にしてしまった。

 分かる苦しみもあるけど、分からないことで不必要なストレスを感じてしまうもの。本来は全然、違うのに『何を話しているんだろう』『自分のことを話しているのか』と思ってしまう。相手が冗談で言っていることを本気で受け取りすぎてしまうこともあった。言葉が本当に分かるようになって、後々感じたことはあります」

 日本人選手の海外進出が当たり前になりつつある昨今。今後の日本サッカーの発展、強化につながる「日本人選手と言葉の壁」については当事者だからこそ、熱い考えを持っている。

「自分は特に、GKなので会話ができないと話にならないけど、それがスタンダードにならなくてはいけない。加えて、日本人が海外に出て行くことは日本を代表していくことになる。そういう意味でも言葉がしっかりと話すことで、その国の文化にしっかりと受け入れられることは凄く大切。今後、日本人がより多く世界に出ていく中でそうなってほしいし、それが日本という国はもちろん、日本サッカーの価値を上げていくきっかけになると思います」

 自身はスポーツを通じて外国語のコミュニケーションスキルを身に付け、多くの日本人が世界を舞台に活躍することをサポートするため、川島永嗣が発起人の1人となりスタートした「グローバルプロジェクト」で英語サッカースクールを手掛ける。だからこそ、自身が経験してきた「英語を教える」という従来の学校教育についても疑問を持っているという。

次代に思う“語学の壁”の存在「劣等感を取り払えば、もっと話せるようになる」

「それはやっぱりありますね。子供たちを指導していても、語学に対する壁、劣等感みたいなものを取り払えば、もっと話せるようになると思う。勉強と堅苦しく考えるより、楽しく学ぶことの方が大切。楽しく学んで、それが自分にプラスになると考えた方がいい。言葉が話せることで広がる世界は大きい。それが語学の最大の楽しみの一つと思います」

 勝手に語学に劣等感を覚えず、コミュニケーションを図れるようになること。そうすることで、日本サッカーの可能性も広がる。語学を理解することで自身の人生はどう変わったのか。「本当の意味で周りを理解できるし、その国にどういう文化があるか理解できる。自分自身の壁を取っ払ってくれるし、世界感を広げてくれるのは醍醐味かな」と笑う。

 サッカーは国籍のないスポーツ。プロ・アマのレベルに限らず、海外に挑戦できることが魅力の一つでもある。最後にこれからサッカーで世界を目指す若者について、思いを明かしてくれた。

「挑戦したいと思うなら、とにかく思い切って行ってみるのが一番。その上で言葉、文化が分からない苦しみを味わうかもしれないけど、挑戦する気持ちが大事になる。自分はサッカーを通じて、いろんな国に行かせてもらい、住まわせてもらうことで感じることもたくさんあった。

 サッカーがなければ、これだけ多くの世界を見させてもらってないと思う。語学を通じて、今後の日本人のアイデンティティ、世界から見た日本像は変わっていくと思う。素晴らしい価値は日本にあるし、それをこれから海外に出ていく若い人たちに担ってほしいと思っています」

 高校時代から誰よりも「学び」に対して貪欲であり、35歳となっても成長をやめようとしない。だからこそ、自身を育ててくれた日本の部活と、人生を変えてくれた語学について、熱い思いを抱き続けている。

(17日掲載予定のインタビュー後編は「やりたい人がいない日本のGKと未来」)(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)