なぜトヨタ車は世界中で売れ続けるのか。その理由のひとつは、リーマン・ショックとリコール問題で直面した倒産危機にある。日経クロステック編集委員の近岡裕さんの著書『日産 最後のサバイバルプラン』(日経BP)より一部を紹介する――。(第3回)
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■トヨタが考える「3つの売れる理由」

「なぜトヨタ車はよく売れるのか。トヨタ自動車の考えを聞かせてほしい」――。

筆者は日産自動車をはじめ販売に苦しむ企業に解決のヒントを提供したいと考え、トヨタ自動車にストレートにこう聞いた。すると、トヨタ自動車からは「3つの理由が考えられる」という回答が得られた。

1つ目の理由は、モジュラー設計であるTNGAの導入だ。先述の通り、これは複数の異なるセグメント(車格)間での部品の共通化を大胆に進める設計手法で、最大の狙いはコストの削減である。

個々の車種に専用の部品を使っていると、部品の種類も開発設計の工数も増えてコストが跳ね上がる。そこで、部品の共通化を最大限に進めてコストを抑えるというのが、モジュラー設計の特徴である。実際、トヨタ自動車はこれでコストを大幅に抑えた。

だが、同社が実現したのはそれだけではない。この大幅な部品の共通化に併せて、低重心や高剛性といった設計上の工夫を施し、クルマの走行性能や居住性を高めた。要は、大幅なコスト削減を実現しつつ、クルマの基本性能を引き上げて、販売面での魅力を高めたというわけだ。

■2015年から種をまき、ようやく結実

なお、こうした設計改革に合わせて、同社は生産技術の共通化を図った生産ラインとして「TNGAライン」も開発。日本の工場だけではなく、世界の工場に横展開(他にも導入・活用を広げること)することで製造コストの最小化に努めている。

このTNGAをトヨタ自動車は2015年に発売した4代目プリウスから導入した。そこから「10年以上愚直に取り組み、改善を続けることで、ようやく今の(良く売れる)状況になった」(同社)という。

2つ目の理由は、カンパニー制の導入だ。トヨタ自動車は、2016年に製品群ごとに7つに分かれるカンパニー体制に移行した。狙いは、各カンパニーが商品計画や製品企画を担い、責任および権限をカンパニープレジデントに集約することだ。これにより、各カンパニーは製品企画から生産まで一貫したオペレーションを実現した。

その結果、素早い意思決定と業務の遂行を図れるようになったという。

そして3つ目の理由が、地域化の推進である。

■「顧客と市場の声」を何よりも優先

「購入するクルマを選ぶのは、あくまでも顧客である」という基本的な考えに基づき、世界の各地で売るクルマはできる限りその地で造るという取り組みである。その典型が、米国市場に投入したカムリだ。

日本側からの支援は受けたものの、開発設計の主体は米国の拠点が担い、外観デザインから開発設計、そして生産までの一連の業務を現地で進めた。こうした取り組みにより、米国においてより多くの顧客が好む外観デザインや走行性能などを備えたクルマに造り込んだという。

この地域化の取り組みに併せて、トヨタ自動車は「群戦略」も採用している。群戦略とは、同じ車種名でありながら、外観デザインや走行性能といった特徴が異なる複数のクルマを開発してラインアップを増やす方法だ。

例えば、カローラにはカローラ(セダン)のほか、「カローラスポーツ」「カローラツーリング」「カローラクロス」「カローラアクシオ」「カローラフィールダー」「GRカローラ」がある。これらのクルマを、TNGAの思想を踏まえて開発設計した同一のプラットフォームを使って造り分けるのである。

しかも、同じカローラ(セダン)であっても、販売する市場によって全長を微妙に変えるなど、地域ごとにきめの細かい開発設計を行っている。興味深いのは、トヨタ自動車がこうした取り組みに着手したきっかけが、倒産への危機感だったということだ。

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■一度潰れかけたからこその「原点回帰」

「我々はリーマン・ショックおよびリコール問題が発生した時に潰れかけた。その経験から『もっといいクルマ』を造るという原点に戻ることの重要性を学び、これらの(3つの)取り組みを行ってきた」(トヨタ自動車)

危機感をばねに組織体制を変え、知恵を絞って新しいものを生み出す。さらに、それに改善を加えて、世界各地域の顧客に向けてより良いものに仕上げていく。こうした取り組みを10年近く粘り強く続けた結果、現在の好調な販売があると、トヨタ自動車自身は分析しているというわけだ。

トヨタ自動車の好業績を支える特徴の1つに、世界のどの市場でも満遍なく売れているというものがある。これは地政学的リスクや災害リスクに強く、事業継続計画(BCP)対応に優れていることを示す。このことから、同社は経営の安定性や持続可能性が高いという評価を得ている。

実際、トランプ関税に多くの自動車メーカーが苦しむ中、トヨタ自動車はその影響を受けながらも、他社がうらやむほどの営業利益を確保している。なぜトヨタ自動車のクルマは、世界で広く受け入れられているのか。

この疑問について、かつて同社副社長だったディディエ・ルロワ氏が見解を述べている。2020年と少々時間がたっているが、当時は新型コロナウイルス禍で世界の多くの自動車メーカーが販売台数を落とす中、トヨタ自動車は際立った売れ行きを示していた。

■減速した中国市場でも売れ続ける理由

逆風においても売れる取り組みの事例として、今の日産自動車にとっては役立つ情報のはずだ。

ただし、製品企画というよりも販売面における取り組みとなっている。トヨタ車が世界中で売れている理由に対するルロワ氏の見解を端的に表現すると、「顧客にトヨタ車の魅力を伝える当たり前の活動を、愚直に進めてきたから」ということになる。

その上で、ルロワ氏は世界の4大市場、すなわち(1)中国市場、(2)米国市場、(3)欧州市場、(4)日本市場――のそれぞれでトヨタ自動車が進めてきた具体的な活動を紹介した。

まず、(1)の中国市場は2017年から減速しており、これが世界の自動車市場にブレーキをかける主因となった。そして、2019年に中国市場は前年比で8%減少したのだが、トヨタ自動車は販売台数を9%増加させることに成功した。

その一因は、新型カローラと「レビン」の好調な販売にある。これらの車種にはTNGAを採用して走行性能を高めたのは先述の通りだ。重要なのは、このTNGAの導入によって実現したこの特徴を、販売員の1人ひとりが顧客に丁寧に説明し、体感してもらえるように力を入れたことである。

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加えて、安易な値下げを回避し、中古車価格が下がらないように努めたという。こうした活動により、中国市場の顧客に「クルマの品質の高さや燃費効率、性能に加えて、リセールバリュー(再販価値)も(トヨタ車の)魅力だと感じてもらえるようになった」とルロワ氏は語った。

■弱点を徹底的に克服するトヨタ

続いて、(2)の米国市場では、ハイブリッド車に関して世間に広まった「非力」、すなわちパワー(出力)不足というイメージを拭い去ることに力を入れた。ルロワ氏が例に挙げたのは5代目RAV4だ。

米国市場において、前モデル(4代目RAV4)におけるハイブリッド車の比率は13%程度にとどまっていた。そこで、トヨタ自動車は、顧客や販売店の意見を詳細に調査し、「ハイブリッド車はパワーが劣る」という負のイメージを多くの顧客が持っていることを突き止めた。

これを踏まえ、5代目RAV4の販売では、燃費と走行性能の良さを強く打ち出す戦略に出た。この方法が奏功し、RAV4のハイブリッド車に「パワフル」な印象を持つ顧客の比率を従来の27%から38%まで伸ばすことができた。

そして、このイメージの刷新によって5代目RAV4のハイブリッド車の販売台数も増やし、ハイブリッド車の比率を25%と、前モデルのそれから12ポイントも引き上げることに成功している。

■粘り強い活動がハイブリッド車の普及拡大へ

次に(3)の欧州市場では、ディーゼルエンジン車の突然の失速という追い風が吹いた。

独フォルクスワーゲンが起こし、2015年9月に米環境保護局(EPA)が不正の事実を発表したことで発覚した排出ガス不正問題、いわゆる「ディーゼルゲート」の影響である。

この事件をきっかけに、それまでフォルクスワーゲンをはじめ欧州の自動車メーカーが演出してきた「ディーゼル車は環境に優しい」という好印象が崩壊し、欧州の顧客の目が「真の環境車」に向かった。

欧州市場のこの転換点において、トヨタ自動車が長年にわたって粘り強く展開してきたハイブリッド車の普及活動が実を結んだ。欧州市場で真の環境車としてハイブリッド車を選択肢に入れる顧客が増えてきたからだ。

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「欧州市場では当初、ハイブリッド車は未知の技術だった」(ルロワ氏)。そこで、トヨタ自動車は販売店にハイブリッド車の技術の優位性、具体的には燃費や静粛性、耐久性、ランニングコストなどの利点を伝え続けた。併せて、顧客にうまくセールスできるように、販売員にハイブリッド車の技術をゼロから学ばせた。

その結果、ハイブリッド車の優位性を認める顧客が少しずつ増えていった。こうしてトヨタ自動車が魅力を伝える取り組みに努め、実際に乗ってもらったところ、クルマの良さが想像以上に伝わった。

■欧州市場の7割はハイブリッド車に

幸運だったのは、購入した顧客がハイブリッド車の優位性を口コミで広める役割を果たしたことだ。注いだ努力が何倍もの利益になって返ってきたというわけである。かつて、欧州市場ではハイブリッド車の技術について誤解している人が多かった。

「壊れたら修理しにくい」「ハイブリッド車は充電が必要だ」といった誤解だ。こうした誤解は、魅力を伝える取り組みで徐々に払拭されていったという。

結果、欧州市場で売れているトヨタ車(レクサス車を含む)の5割以上がハイブリッド車となった(2025年には7割近くに達している)。このハイブリッド車人気が欧州の販売全体を押し上げている。

そして、(4)の日本市場では、販売店ネットワークの改革に着手した。

狙いは、日本の全ての販売店でトヨタ自動車の全ての車種を提供できるようにすることだ。当初は2025年に導入する計画を2〜5年前倒しし、2020年5月からスタートさせた。ルロワ氏は直接販売店の代表者に会い、取り組みに対する本音や懸念を聞いたという。

その結果、多くの販売店が「人気車種の供給が追いつかなくなるかもしれない」と不安を覚えていたことが分かった。この不安を解消すべく、トヨタ自動車は生産体制の調整を行い、準備を着々と進めているという。

■「誰かのために」精神が根付く企業風土

以上の4大市場における活動に加えて、ルロワ氏は世界に広がる同社の「チームワーク力」の強さにも触れた。

近岡裕『日産 最後のサバイバルプラン』(日経BP)

「各国、各地域で、販売に携わるトヨタの従業員は、自分の持ち場で1台でも多く売ろう、1円でもコストを下げようと考えて販売活動に取り組んでいる。彼らは仲間たちが直面している販売の苦しさも理解している。販売で苦戦する地域があれば、自分の地域で挽回しようと考える。『自分以外の誰かのために』という精神が全世界のトヨタには根付いている」とルロワ氏は語った。

トヨタ自動車のこうした努力は、「クルマづくりに王道なし」という現実を改めて我々に気付かせてくれる。トヨタ自動車も危機に直面して変わったのだ。日産自動車にできないはずはない。そのためにも、日産自動車は今、抱えている問題から目をそらしてはならない。

日産自動車出身で、リバイバル・プランの時には生産部門の再編などで活躍した経験を持つジヤトコ(静岡県富士市)社長の佐藤朋由氏は、「一番の問題は販売だと思う」と言う。

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■造る側に責任を押し付ける日産の営業

「日産のクルマ自体は悪くない。他社のクルマと比べても、決して引けを取ってはいない。世界中に良いクルマはあり、販売網もあるのだから、うまく販売の軌道に乗せるべきだ。だが、かねて日産では『クルマをもっと売ろう』という話をしていると、必ずと言ってよいほど商品力の話に切り替わっていた。

販売側が開発側の責任を追及するのだ。それは違うのではないか。もう少し顧客との距離を詰めることや、ディーラーの力を引き上げるなどの工夫を考えるべきではないか」(同社長)

ものを造る開発側と売る販売側で衝突する企業は珍しくない。

だが、互いに責任をなすりつけ合う関係を続けていては、販売台数の増加にはつながらない。ルロワ氏の言葉を借りると、日産自動車は「顧客に日産車の魅力を伝える当たり前の活動を、愚直に進めなければならない」ということになる。

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近岡 裕(ちかおか・ゆたか)
日経クロステック編集委員
1995年3月早稲田大学理工学部機械工学科卒業、1997年3月早稲田大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年4月日経BP社入社。日経メカニカル編集、2004年日経ものづくり編集、2014年日経ものづくり副編集長、2018年日経クロステック副編集長などを経て、2021年より日経クロステック編集委員。入社以来、29年間一貫して日本の製造業を強化するための記事を執筆し続けている。日経クロステックおよび日本経済新聞電子版で高ランキング記事を多数執筆。著書に『検証トヨタグループ不正問題技術者主導の悲劇と再生の条件』『技術者天国日亜化学工業、知られざる開発経営』(日経BP刊)がある。
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(日経クロステック編集委員 近岡 裕)