【福田萌】福田萌、5年間暮らしたシンガポールから日本へ帰国を告白。家族で選んだ大きな決断
数年前にシンガポールに移住し、12歳の女の子と9歳、2歳の男の子、夫の中田敦彦さんと暮らしている福田萌さん。
タレントとしての仕事をしながら、母親同士がつながるサロンを提案したり、防災士の資格をとったり……一人の母として、女性として、妻として、仕事人として、感じたことを福田さん自身の言葉で綴ってきたこの連載が書籍化され『「中田敦彦の妻」になってわかった、自分らしい生き方』として刊行。「妻に合わせる気が全くない“ジェット機型走者”」の夫・中田敦彦さんとの激動の人生、ジェットコースターのような毎日がまとめられている一冊だ。
今回で最終回を迎えるこの連載。福田さんが家族とともに決めた大きな選択と、そこに至るまでの思いを綴る。
娘の中学受験を経験して感じたこと
振り返れば、大冒険だった。
私が日常にちょっとしたスリルと冒険が欲しい、と切望して始まったこの連載も気がつけば6年の時が経過していた。
私は何者なんだろう?
中田敦彦の妻であり、子どもたちの母。
前はその肩書きが自分のすべてのような気がして、そこから脱皮したい、日常の中の2時間だけでもいいから、と宇多田ヒカルさんと椎名林檎さんの「二時間だけのバカンス」の楽曲に想いを馳せていたりした。
だけど、中田敦彦の妻も3人の子どもたちの母も、気がつけば私に大冒険をもたらしてくれた。もちろん、海外移住という大ハプニングが起こることは、連載の始まった当初は予想だにしていなかったけど。でも移住も5年が経てば日常になり、日常に起こるちょっとしたことではあまり驚かなくなった。だけど、家族を持つってなんて冒険の連続だろう、と思う。
長女は日本の中学受験を経験した。中受の母を海外にいながらやるのは、すごく苦しい日々だった。長女を全面的に信じて、プレッシャーをかけてはいけないと、私も資格試験に集中することで自分の圧を逃したりした。中受の結果なんて大したことない、「失敗」なんて言葉は受験にはなくて、なんだって「経験」になるのだから、そう自分に暗示をかけ、「どこの学校に受かろうが受からなかろうが、あなたのことが大好きだし誇りに思ってるよ」と長女に言葉をかける傍ら、「無事に受かるのだろうか。こんだけ頑張っても報われなかった時に傷つく彼女を見たくない」と不安で私が枕を濡らす夜もあった。
昨年冬に長女は願っていた通りの結果を受け取ることができ、私の心配はシュワシュワと入浴剤のタブレットみたいに溶けてどこかに行ってしまった。図らずもこの2年間くらい、ある意味スリル満点の日常を味わわせていただいた。
英語育ちの長男と、母の試行錯誤
9歳の長男は長男で、英語が実にコンフォタブルな言語になってしまっていた。だって4歳からシンガポールで暮らしているんだもん。友達との会話も、見るYouTubeも、生活のほとんどが英語なんだもんね。そんな彼を日本人としてどこまで取り戻すのか、それとも取り戻すという考えをやめて、グローバル人として育てるのがベストなのか。でも、彼の中にもムクムクと日本が大好きな思いもあったりして、ただ日本語を読んだり書いたりにはあんまり興味がないみたい。いろんな人に相談したり、経験談を聞いたり、学校や塾を見に行ったりして、親としての迷いは消えない。夫は私に全幅の信頼を置いてくれているので、こちらも私が主導で進めなくてはならない大冒険だった。というか、今も冒険の途中。長男のコンフォタブルを何よりも大切にして、目の前に膨大に広がる選択肢と向き合っているところだ。
学びの選択肢以外にも、子どもが怪我をした、だの、子どもの入院、だの、私自身の手術、だの、愛犬チョビのシニアライフ、だの、夫と共通の趣味を楽しもう(テニス)、だの、どうしても自宅にマシンピラティスが欲しくてアメリカから個人輸入してみた、だの、冒険とスリルは次々に止まらない。
特別な用意をしなくても、自分を振り回す何かが降りかかり、それにどう対処していくか。思考を巡らすことが、家族のいるありがたみ、楽しさ、可笑しさ、常にエンターテインメントな毎日だと思い知らされる。しかも海外に暮らしていたから、その難易度はさらにググッと上がっていたわけだ。
そんな私たち家族は、冒険のチャプターを日本に戻すことにした。
「日本に戻る」という決断
シンガポールはもう十分にわかったから、と日本に帰りたいと言い出したのは夫だった。私は不安や迷い、子どもたちの将来のことなどいろいろ考えたけれど、結局はまた夫の船に乗るという冒険を選んだ。帰国もまた、シンガポールに移住した時とは違う種類の体力を消耗した。移住が勢いよく身を投げ出す冒険だったとしたら、帰国は何もかもを整えていく、まるで一度散らかしたものを、引き出しに一個一個収納していくような終わりの見えない作業だった。それでも、やはり中田敦彦というジェットコースターにやみつきな私がいるのも事実だ。
想像以上のものを与えてくれたシンガポールでの暮らし。
海外で暮らし、子育てする楽しさと難しさを教えてくれた5年間。
子どもたちも全身で異文化と多様性を享受していたけど、私自身にも価値観の変化と自分への自信を取り戻すかけがえのない経験を与えてくれた。間違いなくこの5年間は人生のハイライトになるだろう。日本に家族で戻ることは、正直迷いも不安もあるけれど、でも家族の全員が納得して出した結論だ。
本帰国して数ヶ月が経った今思うのは、元のチャプターに戻ったというより、新章の始まり、という感じ。映画だったら「〜リターンズ〜」とサブタイトルがつくのかもしれない。2歳の第3子という新キャラもいるしね。彼もいい感じに家族を引っ掻き回してくれている。
これからどんな冒険が私たちを待ち受けているのか、それはわからないけれど、40代になって気持ちも体力も元気になってきた私と、海外で暮らして得た鋼のメンタルを携えた私がどうなっていくのか、まだまだ面白いことが起こりそうな予感がする。今は日本の気候に癒され、野菜や食材のおいしさや人々の思いやりの心に日々感動を味わっているところだ。
今回でこのFRaU webでの連載は終了してしまいますが、これまで見守って応援してくださった皆さま、ありがとうございました。皆さまに支えられて、この連載を通じて私も成長をすることができたこと、心から感謝しています。今は連載が始まった時より自分を好きになれたことが嬉しいです。
また会う日まで、どうか皆さまお元気で。

