徹夜でW杯を観戦したら“完全に使い物にならない”状態に…若者に伝えたい“50歳を過ぎて出来なくなったこと” ラーメン屋での注文も「大盛り」から「麺半分」に
人は加齢とともに、体がどんどん衰えていく。現在FIFAワールドカップ北中米大会が開催されているが、現地時間と日本時間が完全に逆転しているため、52歳の筆者は深夜2時開始の試合を最後まで見ようものなら、その日の午前中は完全に使い物にならなくなる。
いや、正直に言おう。その日の午前中どころか、数日間はこの観戦による時差ボケと睡魔と闘うことになったのである。思い起こせば20代の頃は徹夜なんて当たり前だったし、朝まで飲んで、そのまま出社するなんてことも平気でやってのけていた。会社の同期が嬉しそうに「いや〜、もう3徹! でも、ここまで来るとハイになってくるんだよな!」などと言ってきたことも記憶している。【中川淳一郎・ネットニュース編集者】
【写真】50代筆者が“一週間使い物にならなくなった”2大原因「深夜のイカ釣り」と「ワールドカップテレビ観戦」の様子
イカ釣りで徹夜からのアルバイト
当時でさえ「さすがに3徹は嘘だろ」と思っていたのだが、案外本当にこの男は3日間徹夜を続けていたのでは、とも今となっては思える。睡魔に対して強い人間なら、3徹も可能だったのではなかろうか。「ただし若者に限る」わけだが。

今回のW杯で筆者は、6月30日の朝4:30に寝た後は13:30まで起きられなかった。実に9時間も熟睡し続けたのだ。当然その間仕事はできない。だからその後は「こんなに寝てしまったのか!」と呆れるとともに、急いで仕事を進めた。「9時間も寝ているのだから大丈夫では?」と思うかもしれない。が、ワールドカップの観戦の前にもう一つ、徹夜の用事があったのだ。
6月25日の16:30から、翌26日の4:30までイカ釣りに行っていたのである。イカ釣りから戻ってきたら、8:00からの日本vsスウェーデンを友人と見ることになっていた。その時にイカの刺身を持って行くことを約束していたため、イカを捌くのに手間がかかり、一切眠ることなく8:00に間に合わせた。
試合終了の10:00過ぎに家に戻り、原稿を書いたのだがどうしても眠く、1時間半寝た。すると、毎週金曜日の飲食店のバイト時間になり、14:45から、20:30まで店に立ち続けた。バイト前も、バイト先のスタッフ用にイカを捌き続け、出勤ギリギリまで休めなかった。
バイト終了後に、お客さんから飲みに誘われたものの、さすがに疲労困憊で家に帰ってすぐに寝た。それでも体力は数日間回復せず、日中はグースカ寝る日が続き、そして30日のブラジル戦から一夜明けた7月1日もまだ体力は回復していない。6月25日のイカ釣りから6日間、体力が回復しなかったのである!
腕相撲で中学生に負ける
普段から運動をしている人はさておき、相当割合の50代(40代もそうかもしれないが)は、もはや生きているだけで体力的にキツいと感じることが多いのではなかろうか。私自身、30代後半からは以下のような不具合が発生している。コレらが多過ぎるために、もう諦めの境地に入っている。
・ニラ・ネギ・春菊・エノキなどの野菜に加え、肉類やイカが奥歯、そして特定の歯の間に毎度挟まり、デンタルフロスで食後は除去する
・信号が点滅しても、呼吸が上がるためキツ過ぎて走る気にはなれず、諦める。電車の駆け込み乗車も絶対にしない
・3次会なんて参加できない。23時を過ぎても飲むなんてことは言語道断。翌朝に影響する
・机でパソコンを前に作業をしていると1時間半ほどで首が痛くなり、ベッドに寝て首のコリをほぐす「中山式」というツボ押しマッサージ器具を首に20分ほど当てる
・ラーメン店で「大盛り」はあり得ない。むしろ「麺半分」を頼む
・少し転んだだけで上腕を骨折する
・ご飯を1合炊いたらこれが3回分の食事になる
・腕相撲で中学生に負ける
徹夜ができなくなったということから身体の衰えについてこうして書いたが、世の中には超人的な中高年がいる。それこそ50代・体重60kg台でベンチプレス120kgを上げる人。50代でフルマラソンを3時間台で走れる人。59歳の三浦知良選手がプロで居続けること、ロナウジーニョが46歳でイタリアリーグの3部に加入したことなど色々あるだろう。
また、「美魔女」と称される60代女性なども存在するし、この人達の努力と研鑽というものは、凡人には真似できるものではない。林家ペーだって御年84で著名人の誕生日をことごとく記憶している。こうした人々は「超人」である。だからこそ、50代を超えた人々は己の身体能力と認知能力が衰えたことを認め、「それなりに」生きていくべきではなかろうか。
これは筆者の勝手な言い分ではあるものの、「老い」を恥だと捉えると人生がラクではなくなってしまうと考える。それこそ整形手術を繰り返したり、日々ジム通いをし、エステに通ったり、といった時間とカネを使う無間地獄に陥ってしまう。
人間が衰えるのは自明の理と考え、どこかで成長と美・体力向上・身体的魅力を諦めることが、これからの人生100年時代には必要なのではなかろうか。
ネットニュース編集者・中川淳一郎
デイリー新潮編集部
