「打吹つながるモビリティ実証実験」の看板には「20km/h」の文字も目立つ(筆者撮影)

時を超えて、
今も静かさにたたずむ
古き町並み。
人々の温もり優しさを
漂わせながら
日本の古きよき時代を
思わせる風情。

鳥取県のほぼ中心に位置する、倉吉(くらよし)市の観光案内冊子の表紙に刻まれた一説だ(句点など、原文ママ)。

実際、倉吉を訪れてみると、確かにそうした風情を肌身で感じる。

代表的な観光スポットである「赤瓦・白壁土蔵群エリア」では、休日でも観光客がごった返すことはなく、平日は静かな街並みの中でたまに観光客に出会う程度。こうした、「ほどほど」「ぼちぼち」な感じが、心地よいのだ。


「ほどほど」「ぼちぼち」といった言葉がぴったりな風情ある町並み(筆者撮影)

また、商売の目線で少々きつい表現をすれば、「観光地であることを主張し過ぎるような、(モノを売らんがための)いやらしさがない」ところが、気持ちいいとも言える。

人口は5万人弱、年間観光客数は約60万人。この町が今、「場所と場所」「人と場所」そして「人と人」がつながる新たなプロジェクトに乗り出している。

プロジェクトの名称は、「倉吉市周遊滞在型観光地モビリティ向上計画」。そこから、全国の市町村が“学ぶべきこと”がいろいろあるように思う――。

2025年「県立美術館」開館が契機

倉吉市内には、古き良き時代を感じる「赤瓦・白壁土蔵群エリア」のほか、梨の産地であることから全国唯一の梨テーマミュージアム「鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館」、日本最古の円形校舎をリノベーションし、約2000点のフィギュアを展示した「円形劇場くらよしフィギュアミュージアム」など、さまざまな観光スポットがある。

これらに加えて、2025年には鳥取県立美術館が開業する。現在、その工事が着々と進んでいる状況だ。

こうした観光スポットは、東西約2.5km、南北500mほどのエリアに点在している。だが、それぞれを巡るためにクルマを駐める市営駐車場がエリア内に分散しており、利便性が悪く、観光客の市内滞在時間が短いことが長年、観光施策のネックとなってきた。

「クルマだと近いが、徒歩だとちょっと遠い」といった距離感だ。


「鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館」の外観(筆者撮影)

特に休日は、赤瓦・白壁土蔵エリアに近い駐車場にクルマが集中してしまう。それが、倉吉市や商用関係者、地元住民の間で共通認識となっている課題であった。

倉吉市では、こうした状況を打破する観光環境の整備が必要であることは、もちろん理解している。また、街の魅力づくりをさらに進め、倉吉のファンやリピーターを増やして、できれば移住促進にまでつなげたい。そんなイメージも、持っている。

しかし、なかなか思い切った解決策を打ち出すことができないでいた。それが、“あるきっかけ”で事態は変わってきた。前述にように、鳥取県立美術館が2025年に開業することになったのだ。


2025年開業に向けて工事が進む、鳥取県立美術館。その手前は7世紀に創建された山陰最古の古代寺院、大御堂廃寺跡(筆者撮影)

年間約10万人の入館者が予想される美術館の設立が、地域住民や観光客の市内交通に対する意識変革を促す「よきタイミングではないか」という議論が、市役所内や市議会で持ち上がったのだ。

論点の1つが、観光を促進するための市内を周遊するモビリティだ。今、「倉吉市周遊滞在型観光地モビリティ向上計画」として進められている。

地域住民との合意形成を徹底追求

「倉吉市周遊滞在型観光地モビリティ向上計画」に至るまでの経緯を、もう少し詳しく時系列で見ていこう。

2020年、市議会議員の1人が石川県輪島市のグリーンスローモビリティの事例を現地調査し、同年9月の市議会で「こうしたモビリティを倉吉でも検討してはどうか」という趣旨の質問をした。これに対して、前市長が「市として調査する」と回答。

市は、グリーンスローモビリティの導入には地域住民などとの合意形成に十分な時間を取るべきだと考え、2025年の県立美術館開業から逆算したうえで「遅くとも2021年には調査研究を始めるべき」と判断。本件を2021年12月の市議会で検討し、2022年度の当初予算にあげた。

国土交通省によれば、グリーンスローモビリティとは「時速20km未満で公道を走行できる電動車を活用した小さな移動サービスの総称」だ。さまざまな利活用の方法があり、例えば千葉県松戸市の事例を以前に記事化している。

ここからの市の動きはとても早く、ことの進め方としては正攻法で、街づくりを考えるうえで実に当を得ている印象がある。


2022年に就任した広田一恭市長。エリア20を含めたグリーンスローモビリティの導入に積極的な姿勢を示す。「鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館」にて(筆者撮影)

まず、合意形成のために、「観光まちづくりを考える会」を立ち上げた。ここには観光業、商業団体、地元住民、まちづくり団体、PTA、警察、道路管理者、交通事業者などが参加。WEBアンケート調査を実施したうえで、実際にグリーンスローモビリティを知ってもらうための地域試乗会を行っている。

第2期、計3つの実験を実施

倉吉市は、徹底した合意形成を目指して、汗をかきながら仕事を進めた。その結果を受けて、2022年3月に「倉吉市周遊滞在型観光地モビリティ向上計画」の素案をまとめるに至る。

この素案は、単なる行政書類ではなく、各種データが分かりやすくまとめられた“皆の思いがこもった未来の街の設計図”となっていることが特徴だ。同年10〜11月の2カ月にわたり市が独自に行った実証実験が、実りあるものになったのだと感じる。

この実証実験は、2カ月という十分な期間で行われ、かつ目的や内容を変えて前半の第1期と後半の第2期に分けて実施している点で、とても戦略的である。


「倉吉市周遊滞在型観光地モビリティ向上計画」の策定に携わる、倉吉市総務部企画課・課長補佐兼企画係長の鳥飼真輔氏。倉吉市役所にて「くらすけくん」グッズを持って(筆者撮影)

グリーンスローモビリティや自動運転など、一般的な交通関連の実証実験は、数日間から長くても2週間程度の場合が多く、内容も複数の案件を同時に行う形式でないことが多い。それが倉吉市では、多様な内容を効率的に盛り込んで行われた。

具体的には、第1期(2022年10月1〜31日/延べ3658人乗車)では、グリーンスローモビリティ(1周3.6kmと3.0kmのルートを日中それぞれ10便)と、市内周辺の循環する大型バスの定時定路線(1周7.8kmルートを日中16便)を同時に走らせた。

次いで、第2期(同年11月5〜30日/延べ632人乗車)では、グリーンスローモビリティ2台で、3つの実験を行っている。

実験の1つ目は、白壁エリアのみを巡る、土・日・祝日のみ運行の定時定路線(1周1.6km・日中16便)で、予約不要のもの。

2つ目は、予約制観光ガイド付きの観光モデルコースで、1日2便を火・水・木曜日の週3日、走らせるものだ。ルートは予約時に、「歴史建造物をめぐるコース」(約5km)、「倉吉の歴史ヒストリアコース」(約2.4km)、そして「福の神にあえるコース」(約2.8km)から選択する。

そして、倉吉市がもっともこだわったのが、3つ目の「お試しお出かけツアー」だ。予約制で、運行は月曜日のみ。地元地域の成徳地区(約2.9km)、また明倫地区(約4.2km)を日中に2便、走らせたもの。


実証実験では観光エリアなどをめぐるルートが用意された(筆者撮影)

市では「グリーンスローモビリティは、地域住民にも貸し出し、そしてその存在がしっかりと受け入れられないと、運用が長続きしない可能性がある」として、住民がグリーンスローモビリティを利活用できる方法を探ったのだ。

実際、「お試しお出かけツアー」に参加した4人の地元住民は、車内から改めて街の風景を眺めることで昔話が自然と出てきたり、魚屋やたい焼き屋など、距離的には近くても長らくご無沙汰になっていたお店で買い物をしたりして、自身もお店の方も皆が笑顔になったという。

「人と人」をつなぐことを実感

こうして、さまざまな観点で行った2022年度実証をベースとして、今回筆者が取材した2023年度実証実験へとつながっていく。期間は2023年10月1〜31日の1カ月で、その内容は大きく3つある。

1つは、2022年実証のような、地域住民お出かけツアー(月)、観光モデルコース(火・水・木)、定時定路線運行(金・土・日・祝)。2つめは、自動車交通静穏化(エリア20)の実証実験。


小川氏庭園にて停車するU-MO。車両後部に「低速車走行中」の表示をつける(筆者撮影)

そして3つめは、利用者が集中しがちな琴櫻(ことざくら)・赤瓦観光駐車場の運用停止と、琴櫻・赤瓦バス回転広場の利用転換の実証実験(期間中の土日のみ)。琴櫻は、地元出身の大相撲力士で第53代横綱だ。

実際に、定時定路線に乗車してみた。全体を3つの区間として、Aコース/Bコース/Cコース(それぞれ乗車時間は約15分間)としていて、基本的には終着点で待っている人が優先で乗るが、今回はたまたま3コースとも乗車定員以内だったので、筆者は3コースを連続して乗った。

通称は、地元に公園などがある打吹(うつぶき)にちなんで「U-MO(ウーモ)」という。

倉吉市の赤瓦・白壁土蔵群エリアを中心とする古い町の道路幅は全体として狭く、場所によっては乗用車1台がギリギリ通れるような幅の狭い道路もあった。

また、プロムナードと呼ばれる旧国鉄倉吉線廃線跡を整備した区間は、路面の凹凸が大きいものの、周囲には地元の方が丁寧に手入れをしている花々があり、きれいであった。


クルマ1台がやっと通れる程度の狭い道も多い(筆者撮影)

市によれば、こうした花々を植えている地元住民が「孫に見せてあげたい」と孫と一緒にU-MOに乗ったところに観光客が乗り合わせ、「おばあちゃんと孫の仲の良い会話にとても癒やされた」という声があったという。

今回の試乗でも、打吹公園を行くルートで「この子がこれに乗ってみたい、というので初めて体験した」というおばあちゃんと孫に遭遇した。

「いつも一緒に散歩に行こうといってもなかなかきてくれないので、今日はとても嬉しい」という。そんな2人の微笑ましい姿を見ていたら、こちらも自然に笑顔になった。

また、通行する人や地元の人にこちらが手を振ると、自然な笑顔を返してくれる。なんだかホッとした気持ちになった。

こうした実証実験を通じた観光客や地域住民の声が、市にとっては実証実験の“真の成果”となり、市議会、警察、交通事業者に対してグリーンスローモビリティ導入に向けた説明がしっかりとできることにつながっていく。

運転するのはタクシードライバー

ドライバーのガイドが良かったことも、付け加えておこう。U-MOのドライバーは普段、地元のタクシーを運転しているとのことだ。

市によれば、当初は地域住民が自ら運転する方法も検討したが、幅の狭い道や高低差が大きい場所があることもあり、「運転はプロドライバーにお願いしたい」という声が多く、「そうした意見を尊重した」と説明する。


打吹公園内の狭い道路を注意深く走行するドライバー(筆者撮影)

タクシードライバーの中で「ぜひ、グリーンスローモビリティを運転したい」と自ら志願する人は少ないというが、ドライバーは皆、親切だし運転も丁寧だ。

中には、観光ガイドツアーではない定時定路線の場合でも、乗車した人に十分な地元情報を提供できるよう、自ら地域の写真を撮って個人的な資料としてまとめている人もいる。

運転についても、ドライバー自らが自然な加速と減速を心がけており、特に停車する際のブレーキでは、車両の構造的に起こりやすい、いわゆる“かっくんブレーキ”を抑えるよう、丁寧な操作をする人が多い。

こうした目立たないところで“おもてなし”の精神が自然と広がっていることが、倉吉市という街の魅力の1つなのだろう。

要の1つ「エリア20」とは何か?

今、日本ではドライバーの高齢化や2024年問題をともなう公共交通や物流での人手不足が、社会問題化している。そんな中で、倉吉市が地元のタクシー会社やバス会社を支援し、若い世代をドライバーとして呼び込むことも考えられるのではないだろうか。

また、倉吉市は冬場の積雪が比較的多い地域なのだが、白壁土蔵群エリアなどは道幅が狭くて除雪車が入れず、人力による除雪作業を行っている。

グリーンスローモビリティを通年運行させるため、除雪を含めて他の地域から倉吉の街づくりを応援する人たちが集まり、それが雇用に結びつく仕組みづくりも考えられる。


U-MOの停留所。「のんびり」した雰囲気(筆者撮影)

理想論ではなく、「おもてなしに対する意識が高いこの街ならば、それが可能なのではないか」という気持ちを、U-MOに乗車しながら自然に抱いた。

「おもてなし」の意識は、自家用車やレンタカーで倉吉を訪れる人たちの中でも、「皆でこの街を大切にしていこう」という観点で共有できるのではないか。

それを具現化する方法の1つが、実証で用いられた「エリア20」だ。グリーンスローモビリティの最高速度である時速20km未満で、しかも「お出かけツアー」運行時に各所で一時停止しても、「のんびりいこう」という気持ちになってもらえるかもしれない。


古い町並みは道幅も狭く、グローンスローモビリティがぴったり(筆者撮影)

市が把握している速報値では、エリア20内を走行している乗用車や貨物車の最高速度は“概ね時速20km台”だという。

すでに、白壁土蔵群エリアは「ゾーン30」を実施しているが、交通規制の有無にかかわらず、「もっとゆっくり走ろう」「少し離れた場所に駐車して、徒歩またはU-MOで街を巡ろう」といった、人々の行動変容が自然に起こることが望ましいと感じる。

今回の実証実験を経て、倉吉市は2023年11月にアンケート調査を取りまとめる予定だ。その結果を精査したうえで、2025年度からグリーンスローモビリティを購入しての社会実装の判断を下すことになる。

仮に社会実装が決定した場合、2024年度は今回の実証で走行したエリアとその周辺で、蓄積したクルマや人の移動に関するデータを活用する。

具体的には、日時によってエリア中心部の駐車場を有料化して付加価値を高め、周辺の無料駐車場への行動変容を促進させるために、スマートフォンアプリの拡充など、DX(デジタルトランスフォーメーション)をともなうインフラ整備などを進めるという。

また、2022年に実施した大型バスによる周回ルートについては、路線バスのルートやダイヤを一部変更して対応する可能性がある。

このように、「倉吉市周遊滞在型観光地モビリティ向上計画」は、立案から社会実装まで効率良く話が進み、実効性の高い施策であると感じる。その理由について、私見として次の3点を挙げたい。

(1)鳥取県立美術館開業という目標があり、事業のバックキャストのイメージが掴みやすかったこと

(2)技術や法規改正などを優先するのではなく、「人中心」「地域社会中心」という目的意識を関係者全員が継続的に抱いていること

(3)当初の想定以上に、グリーンスローモビリティが「人と人」を結ぶ良き媒体になっていること

「しっくり」くるU-MOへの期待

今後の課題としては、事業性(マネタイズ)がある。アンケートで得た地元住民の希望料金から見て、単独事業として黒字にすることは難しいかもれない。


「鳥取二十世紀梨記念館 なしっこ館」の中で遊ぶ子どもたち。地域社会の重要性を感じるスペースだ(筆者撮影)

だが近年、地域公共交通に対して、福祉や観光需要などの視点での社会インフラとして、市町村が運用コストの一部を負担することが一般化してきている。

生活の持続性が保たれ、また地域経済活動を支え、そして地域住民やそこを訪れる人が笑顔になることが、地域公共交通の役目であるという概念である。


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その視点で、倉吉市のU-MOは「しっくり」くる。「お出かけツアー」は、サブスクリプションでの仕組みも考えられるかもしれない。

「懐かしき頃を想い出す」倉吉。

また近いうち、のんびり気分でふらっと立ち寄ってみたい。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)