超党派議連「石橋湛山研究会」幹事長の古川禎久元法相

東洋経済新報社の記者として帝国日本の植民地主義を批判し、戦後は政界に転身して内閣総理大臣に上りつめた石橋湛山。没後50年の節目にあたる今年6月、政界では超党派の議員連盟「石橋湛山研究会」が発足した。

『週刊東洋経済』11月13日発売の創刊記念号特集では「今なぜ石橋湛山か」を組んだ。メディアや政界で再び脚光を浴びる湛山について、政界、経済産業界、研究者それぞれの視点から捉え直した。

「石橋湛山研究会」幹事長に就任した古川禎久元法相は、「アメリカ中心の秩序が徐々にしぼみつつあるこの時代、道しるべとなるのは石橋湛山だ」と語る。その意味するところを聞いた。

――超党派「石橋湛山研究会」が発足した経緯を教えてください。

米中対立や台湾有事危機など日本を取り巻く国際環境が緊迫度を増している。


このような時代に日本はどんな国として、どう生きていくのか。そう考えたとき「道しるべとなるのは石橋湛山ではないか」と考えていた。

すると、「実は自分もそう思っていた」という議員が自民党のみならず野党にもいると知った。同じタイミングで、先に立憲民主党の篠原孝議員が石橋湛山議連を立ち上げていたので、「国の舵取りの話だから一緒にやりませんか」と持ちかけたところ、「その通りだ。一緒にやろう」と言ってくださった。立民の議連は発展的に解消し、超党派議連として国の進路を模索していく形ができた。

米中が衝突すれば日本が戦火に焼かれる

――設立の背後には、どんな問題意識があったのでしょう。

私が危機感を覚えるのは、国会議員の口から出てくる勇ましい言説だ。「日米同盟で中国を封じ込める」と言ってみたり、台湾有事について「戦う覚悟」と言ってみたり。そうした言説の行き着く先に何が待ち受けているのか、冷静に考えてみてほしい。

米ソ冷戦時代、アメリカとソ連は直接戦火を交えることはなかった。アメリカと中国も直接はぶつからないよう互いに注意を払っている。仮に衝突が起きるとすれば、矢面に立たされるのは日本だろう。日本が戦火に焼かれる可能性が極めて高い。最悪の場合、国を失うほどの悲惨な事態にもなりうる。

重要なのは「日米同盟で中国を封じ込める」ことではなく、戦争を回避することだ。それが日本の国益だ。韓国にとってもASEANにとってもグローバルサウスにとっても、米中対立に深く巻き込まれないことが国益だ。こうした国々と連携し、米中を衝突させないルールや枠組みを提案できないか。

そんなことが、日本にできるわけないだろうという声が聞こえてきそうだが、ここで石橋湛山を思い出したい。

石橋湛山は1921年に『東洋経済新報』で社説「一切を棄つるの覚悟」や「大日本主義の幻想」を書いた。朝鮮や台湾、満州など近代日本が獲得した植民地をすべて放棄せよという、いわゆる小日本主義だ。

理想論を唱えたのではない。当時の植民地国との貿易額はアメリカやイギリスとの貿易額に比べるとはるかに少なかった。その事実を客観的なデータで示し、植民地政策をやめて交易したほうが日本の国益になると主張したのだ。

湛山はさらに、時代の潮流を見極めていた。

アメリカはウィルソン大統領が国際協調や民族自決、国際連盟構想を掲げ、軍縮会議をワシントンで開催すると打ち出した。アメリカは、第1次世界大戦後の世界秩序作りを着々と進めていたのだ。明治維新後の日本は西洋列強の後を追うように植民地経営に乗り出していたが、このまま日本が植民地主義の道を走り続ければ、国際社会の非難の的になるときがくる。

時代の変化に気づいたからこそ、湛山は、植民地を放棄せよ、そうすれば新しい世界秩序の中で日本が優位に立てると訴えた。本当に植民地を放棄すれば、困るのはむしろアメリカやイギリスのほうだと。小日本主義は、そんなしたたかな外交構想だった。

当時の日本人の中で、湛山は一段も二段も高いところから時代を見つめ、日本の真の国益となる構想を作ってみせた。

今、われわれに求められているのは、当時の湛山のような構想力だと思う。

日本の政治家が「戦う覚悟」言ってはならない

――現代に眼を移せば、隣国の中国は台湾への武力侵攻も辞さない構えです。

台湾について日本が確認しておかなければならないのは、1972年の日中国交回復の際に取り交わした「日中共同声明」の第3項だ。ここには、台湾をめぐって「平和的な話し合いで統一するのであれば日本は受け入れる」という原則が織り込まれている。

日本は日中共同声明に軸足をおき、中国に対して「武力統一はダメだ」と主張しなければならない。返す刀でアメリカにも「戦争を煽ったらダメだ」と主張しなければならない。もちろん米中は激しく対立しながらも、この点については互いに気を使っている。

何よりも尊重すべきは台湾人自身の意思だ。彼らは豊かさや平和を求めているのであって、中台関係の“統一か独立か”といった極端な展開は望んでいない。

しっかりすべきは日本だ。戦火に焼かれるかもしれない日本の政治家が「戦う覚悟」などと言ってはならない。与党だけではなく野党にも、勇ましい言説を吐く政治家がいる。いったい何を考えているのかと思う。

日本外交は日中共同声明の原則を重んじ、戦争回避をもって大義とすべきだ。

――アメリカに安全保障を依存している以上、アメリカには強くものが言えないというジレンマもあります。

その理屈は米ソ冷戦時代には成立したが、現代も同じように通るだろうか。いまや日米安保は、日本の安全保障上のリスクにもなっていることを忘れてはいけない。


ふるかわ・よしひさ 1965年宮崎県生まれ。東京大学法学部卒業。財務副大臣、財務金融委員長などを歴任し、岸田内閣で法務相。当選7回。石橋湛山と西郷隆盛を尊敬する

そもそも、アメリカに守ってもらっているから意見は控えようという態度は自発的隷従だろう。湛山は「向米一辺倒にならず」という姿勢を堅持した。アメリカにも言うべきことを主張した。

自らの力で未来を構想する

――石橋湛山研究会はどこへ向かっていきますか。

米中対立やBRICSの拡大、グローバルサウスの台頭など、アメリカ中心の秩序が徐々にしぼみつつある。湛山が小日本主義を展開した時代のように、現代も世界秩序が大きく変わろうとしている。

石橋湛山研究会は、日本の進むべき未来を構想できるよう研究を重ねていく。われわれの理念に共鳴し、石橋湛山研究会に加わる議員の数はじわじわと増えている。国民に新たなステージ、選択肢を示せるよう研究会を盛り上げていきたい。


(野中 大樹 : 東洋経済 記者)