「ガザ紛争」原油価格を左右する"危険シナリオ"
イスラエルの空爆を受け、破壊されたガザ南部の住宅街(写真:Ahmad Salem/©2023 Bloomberg Finance LP)
イスラム組織ハマスがイスラエルを奇襲後、イスラエル軍がガザ地区の地上侵攻を進めて双方の合計で1万人以上の死者が出るなど混迷を深める中東情勢。世界最大の石油輸出地域で起きた大きな衝突は、世界の原油市場にどのような影響を与えるのだろうか。物価高が国内経済に影を落とす日本にとっても、中東の原油価格に大きな変動が起きれば、暮らしへのさらなる揺さぶりとなりかねない。
『地政学から読み解く! 戦略物資の未来地図』の著者・小山堅氏(日本エネルギー経済研究所 専務理事・首席研究員)に足元の状況と今後の展望を聞いた(本記事は日本エネルギー経済研究所で開催のセミナーをもとにしています)。
マーケットの原油価格はどう動いたのか
10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエル奇襲を受けて、マーケットの原油価格は大きく動きました。全体の原油市場の流れを把握するために、2023年6月から現状に至るまでのWTI価格を見てみましょう。
(出所)ニューヨーク・マーカンタイル取引所の資料等より筆者作成
2023年6月は70ドルを切る局面が見られていましたが、徐々に原油価格が上昇しているのが見て取れます。これは7月以降からのサウジアラビアやロシアをはじめとしたOPECプラスの協調減産によって市場に下支えの力が生まれたからです。
7月以降は原油価格のグラフは上下を繰り返していますが、これは世界経済への不安からとOPECプラスの追加減産が延長されることによるものです。この時点では、原油価格を下支えしてきたのはOPECプラスでした。
しかし、10月7日にハマスからイスラエルへの奇襲攻撃があると、市場には上昇圧力がかかり、18日にイランがイスラエルに対する禁輸を産油国に呼びかけるとさらに高騰。ブレント価格では90ドル超の値をつけました。
最近までのOPECプラスの減産から、今回は地政学的なリスクが下支え要因になった、というのがひとつの特徴と言えるでしょう。すなわち、中東情勢の悪化によって原油の供給が減るのではないのかという不安から市場に「買い」の注文が入ったのです。
しかし、当座の原油価格を見てもわかるように、中東からの供給は通常の状態を維持しています。読者の皆さんが知りたいのはこれからどうなるかということでしょうが、地政学的なリスクのみで原油価格を動かすことには限界があり、市場の関心が大きな視点で需給のファンダメンタルズに立ち返る可能性が高いのではないかと私は考えています。
というのも、中東情勢が原油市場に影響を与えるとしたら、そもそもその時点での原油市場の需給がどのような状態にあるのかが重要だからです。
IEA(国際エネルギー機関)の資料「Oil Market Report」によれば、2023年後半までは世界全体で石油の需要が超過する状態が予測されています。
今後の原油価格を左右するポイント
一方で、先物市場は2023年末ではなく、2024年の頭も意識し始めており、その予測では来年の前半は供給超過を予測するデータが出ています。これらは世界経済への予測に大きく影響されているわけであり、中長期的な原油市場ではやはりファンダメンタルズからの視点が重要というわけです。
もちろん、今後の原油価格を左右するポイントとして、中東からの石油供給に支障が出るかどうかも非常に重要です。
先ほど述べた通り、イランはイスラム諸国に対してイスラエルへの石油禁輸を呼びかけましたが、その効果については不透明です。OPECは政治的な問題とは距離を置くスタンスを取っていますし、仮に禁輸を開始した場合世界の石油離れを加速させることになり、産油国自体にマイナスに働くことも想定されます。
あくまで仮定という前提でお話を進めますが、今回の奇襲攻撃における「イランの関与」がこれからのシナリオにおけるひとつの焦点になってくるでしょう。イランは直接関与を否定していますし、関与を示す証拠も出ていません。アメリカも現時点でそれを認めています。しかし、この関与の疑惑が今後どのように展開して、それをアメリカとイスラエルがどう認識するのかが重要です。
もし仮に今回の奇襲攻撃への「イランの関与」の疑惑が強まれば、アメリカはイランへの経済制裁強化に動く恐れがあります。これは、イランによる国際市場への石油輸出を低下させる圧力を発生させるとともに、原油価格の上昇を促すでしょう。
原油価格=ガソリン価格の上昇は、来年に大統領選挙を控えたバイデン政権にとって好ましくないのは明らかです。それでも、アメリカ国内からの圧力が働いてイランに対して厳しい姿勢を求められる可能性は少なくありません。
また、イスラエルが今回の奇襲攻撃の背後にイランを認めるシナリオはどうでしょうか。その場合、イスラエルは報復に動くことも考えられ、経済的なダメージを与えるために石油関連施設への攻撃の可能性も想定されます。
この場合も、イランの石油供給が減り、イスラエルとイランの双方が直接対峙するために地域の地政学的なリスクがさらに高まります。イランの反応次第では、中東地域全体の石油供給そのものに影響を及ぼすリスクは増大するでしょう。
いずれのシナリオも蓋然性は低いが…
繰り返し述べますが、いずれのシナリオも蓋然性は現時点では非常に低いと思います。それでも、現実に起きればインパクトは大きいでしょう。もし今後、原油市場に不安定化が起きれば産油国・消費国ともに速やかな市場安定化への対応が求められます。産油国には増産が、消費国では備蓄放出などが必要になる場合もありうるでしょう。
また、中長期的な観点でも、中東の石油は市場において最も競争力があり、世界各国は脱・中東石油を実施しようとしても難しい面があります。主要プレイヤーであるOPECプラスとサウジアラビアがどのような動きに出るかが今後とも重要なポイントになり続けることは間違いないでしょう。
(小山 堅 : 日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員)