画像センサーの性能を示すためのジオラマ。左奥に並ぶのがソニー製のセンサーが搭載されたカメラ(記者撮影)

世界シェア42%と名実ともに画像センサーの領域で王者の地位にあるソニーグループ。だが、そんなソニーにもまだ攻略できていない市場がある。それが車載向けの画像センサーだ。

自動車に搭載する画像センサーは、開発競争が激化している自動運転や安全運転支援で、自動車の「目」に当たる役割を担う重要部品。それだけに、性能はもちろん、高い信頼性が求められる。

車載向けの画像センサーは今後急激な成長が見込めるマーケットだ。ソニーの半導体事業会社、ソニーセミコンダクタソリューションズの推計によれば、2022年から2030年までの年平均成長率は13%に達する(数量ベース、200万画素以上が対象)。

全体はトップシェアでも車載向けでは3位

かつて車載向け画像センサーは、後方を確認するために1つだけしか搭載されていなかった。それが安全運転支援や自動運転のために、車1台あたりに搭載される画像センサーの数がどんどん増えている。

量販車の自動運転技術で先端を走るアメリカのテスラは、モデル3などの上位機種で8つのカメラを搭載している。ホンダと折半出資して設立したソニー・ホンダモビリティが開発を進めるAFEELAではさらに多く、20個以上のカメラが載っている。

先述したように画像センサー市場全体では圧倒的なシェアを握るソニー。だが、車載向けに限ってみると、足元の金額シェアは15%程度で、3位に甘んじている。

シェアトップはアメリカのオンセミ(Onsemi)だ。ナスダック市場上場の大手半導体メーカーで、パワー半導体では世界2位。画像センサー技術ではコダックやマイクロンを源流とする。

2位のオムニビジョンもアメリカに本拠地を置く画像センサーの大手メーカーだ。2016年に中国資本に買収され、現在は中国の大手メーカー、ウィル半導体の傘下にある。


現時点でソニーのシェアが低い理由は明確だ。ソニーが車載向けの画像センサー市場に参入すると表明したのは2014年。先行するオンセミは2005年に車載専用の画像センサーを発表しており、自動車メーカーや部品メーカーとの付き合いにも一日の長がある。

スマホ向けが頭打ちの中での成長領域

「現在でこそ話を聞いてもらえるようになったが、当初は『ソニーは本当に車載をやる気があるのか』と問われたことすらあった」。ソニーセミコンダクタソリューションズの車載事業部担当部長である薊(あざみ)純一郎氏は、そう振り返る。

それでもソニーにとって車載の領域は今後も成長していくために重要な市場だ。というのも、ソニーが得意としているスマホ向けの画像センサー市場が頭打ちになってきているからだ。

近年はハイエンド機を中心にスマホ1台に複数のカメラが搭載されるようになった。そのため画像センサーの数量が増える余地はまだある。性能を引き上げるために、センサーを大型化させる「大判化」というトレンドも進んでいる。スマホ向け市場の成長が完全に止まったわけではない。

とはいえ、世界中に普及したことで、スマホ販売台数の増加ペースが落ち着いてきている。画像センサーの数量が爆発的に増えるフェーズは過ぎている。今後も画像センサーでトップの座を維持するためには車載でもトップレベルのシェアを確保することが欠かせない。

ソニーが今後トップレベルのシェアへ登り詰めるためにカギとなるのが車載向けに専用設計するセンサーの性能と品質だ。

2023年9月、ソニーは新型の車載向け画像センサー「IMX735」を発表した。自動車用途では業界最多の1742万画素という高画質で、車載向けで求められる耐候性や高温・低温耐性などの基準もクリアした。

自動運転での採用を前提に設計

主に自動運転での採用を狙ったというこのセンサーの最大の特徴は、電気信号を読み出す方向を従来型のセンサーから90度回転させ、横方向での読み出しができるようにした点だ。


通常の画像センサーでは、受け取った光を電気信号に変換していく際に、上から順番に電気信号を読み出していく。読み出しにかかる時間はごくわずかだが、センサーの上下で読み出すタイミングに差がある。

一方、自動運転などで画像センサーと組み合わせて用いられるLiDARセンサーは、横方向に回転しながらレーザー光を照射して対象物の距離や形を測定する仕組みだ。横回転するため、画面に対して水平方向に順番にデータが出てくる。

従来のセンサーとLiDARを組み合わせるためには、上から順番に出てくる画像と水平方向に出力される物体との距離や対象物の形状のデータを、制御する自動車の側で変換する必要があった。

ソニーが新たに開発したセンサーでは、最初から画像データが水平方向に出力されるため、LiDARセンサーからのデータとの同期が容易になる。データ処理が高速になれば、自動運転開発で有利になる。

もちろん、先行するライバル企業は指をくわえて見ているわけではない。

シェアトップのオンセミは車載向けセンサー事業の責任者と社長がこの10月末から11月上旬にかけて相次いで来日。自動車OEM(完成車メーカー)や部品メーカーなどの顧客と商談を重ねた。

オンセミが用意した記者向けの説明資料では、競合先のセンサーとしてソニー製の画像センサーを使ったカメラが掲載され、オンセミ製のセンサーのほうが小型・高性能だと主張している。それだけ強くソニーを意識している。


オンセミが記者に配布した資料。消費電力や発熱、センサーの大きさなどで自社製品が“競合”より優れていると強調した(記者撮影)

オンセミのシニアバイスプレジデント、ロス・ジャトウ氏は、記者会見で「競争環境が厳しくなっていることは認識しているが、われわれのセンサーは他社のものに比べて性能的に優れており、首位の座を譲ることはない」と牽制した。

2025年度の目標はシェア39%

ソニーは今年5月に開いた事業説明会で、2025年度には車載向けのシェアを2021年度の4.3倍にすると発表した。ソニーによる推計では2021年度時点のシェアは9%。それを39%まで引き上げると公言したのだ。中長期ではトップシェアの座を狙う。

2023年度の車載向け画像センサーの見通しは、11月9日の中間決算発表で若⼲下⽅修正した。だがグループの十時裕樹社長は、「極めて一部の(自動車)OEMさんの事情とか、シェアの変化によるもので、中長期的なトレンドを変えるものではない」と、目標達成に自信をのぞかせる。

日本企業の撤退が相次いだ半導体分野で唯一勝ち残ってきたソニー。カメラやスマホ向けで培った技術で車載向けでも勝ちきれるか。テクノロジー分野の底力が試されている。

(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)