『ポトフ 美食家と料理人』は12月15日より全国公開 (©Carole-Bethuel ©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANC )(東洋経済オンライン読者向けプレミアム試写会への応募はこちら)

19世紀末フランス、もっとも華やかで美しき時代と呼ばれた“ベル・エポック”。さまざまな芸術や文化がその繁栄を謳歌していたこの時代、“食”もまた芸術として大きく花開いた。そんな時代を背景に、食の中に愛と人生を見出した人たちがいた――。

料理への情熱で強く結ばれた美食家と料理人の愛と人生を描きだした映画『ポトフ 美食家と料理人』が12月15日よりBunkamura ル・シネマ渋谷宮下、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開となる。

『青いパパイヤの香り』『ノルウェイの森』の名匠トラン・アン・ユン監督7年ぶりの新作となる本作は、本年度カンヌ映画祭で最優秀監督賞を受賞した人間賛歌である。

1冊の本との出会いから始まる


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本作の企画は、ガストロノミー(食事を通じて、その料理の背景にある文化、歴史、芸術などの視点を交えて考察し、楽しむこと)についての映画をつくりたい、と考えたトラン監督が1冊の本と出会ったところからはじまった。

その本とは、マルセル・ルーフが1920年に出版した小説「La vie et la passion de Dodin Bouffant gourmet(原題)」(美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱)で、主人公のドダンは「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人か当ててみせよう」というアフォリズム(箴言)で知られる19世紀フランスの美食家ブリア=サヴァランをモデルとしている。

そんなガストロノミーに魅了された点について、トラン監督は「ガストロノミーとはほかの芸術とは異なり、味覚に焦点を当てている。ガストロノミーのアーティストは、わたしたち一般人がはっきりと区別できない味をも峻別できる。さらにそれを混ぜ合わせ、吟味し、風味、香り、質感、濃度のバランスを測る。わたしはそんな彼らに魅せられた」と語っている。

出演は『イングリッシュ・ペイシェント』『ショコラ』のジュリエット・ビノシュと、『ピアニスト』のブノワ・マジメル。1999年の『年下のひと』で共演し、プライベートでも実際にパートナー関係にあった2人だが、本作は、2人がパートナーを解消後、およそ20年ぶりに共演したことも話題に。撮影現場では非常に良い雰囲気が流れていたというが、それは画面越しにも伝わってくる。

美食家と料理人の深いきずな

本作の舞台は19世紀末のフランスの片田舎。主人公は、食を芸術の域にまで高めた美食家のドダン(ブノワ・マジメル)と、彼のもとで20年間働いてきた料理人のウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)。

彼女は、ドダンがひらめいたメニューを完璧に再現するだけでなく、時にはそれを凌駕するひと皿をつくり出すこともできる。ドダンだけでなく、彼女もまた真のアーティストであった。2人は確かな信頼と、深いきずなで結ばれていたが、プロフェッショナルとしての自立を尊ぶウージェニーは、ドダンのプロポーズには応えることはなかった。


料理に対する熱い思いと信頼感で結ばれたドダン(左)とウージェニー(右)(©︎Stéphanie Branchu ©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANC )

そんなある時、ドダンはユーラシア皇太子の晩餐会に招待されるが、豪華なだけでそこに何の哲学もない料理に辟易してしまう。そこで自らが信じる“食”の神髄を示すために、もっともシンプルな家庭料理「ポトフ」で皇太子をもてなすことを決意する。

だがそんなある日、ウージェニーが突然倒れてしまう。ドダンは自分の手でつくった料理で、ウージェニーを元気づけようとするが――。

本作の魅力といえば次々とスクリーンを埋め尽くす極上のフランス料理の数々。その撮影には本物の料理を使用しており、そのあまりの美味しさでキャスト陣を虜にしたという。

彼らは監督の「カット」の声がかかっても、夢中になって食べ続けていたといい、しかもスタッフが「お皿を離してください」と頼むまで手が止まらなかったというから、よほどの美味しさだったと思われる。

また本作には音楽がほぼ登場せず、その代わりに素材を調理する音が、音響効果としてスクリーンを彩る。

畑で野菜を収穫する音、井戸から水をくみ上げる音、肉や野菜などを焼く音、食材を混ぜ合わせる音、グツグツと湯気が立ちあがる鍋の音、鍋をかきまぜる音、忙しく厨房を移動する調理人たちの足音など、厨房の中で繰り広げられる手際のいい調理過程の数々は実に音楽的で、その音を聴いているだけでも食欲が刺激されるような気分になる。

今年10月に開催された第36回東京国際映画祭のイベントに参加したトラン監督は、この調理のシーンについて「今回描いているのは高級料理なので、その料理を美しく撮ることはできたと思う。だがそういうことはやりたくなかった。それよりも調理というアートに取り組んでいる彼らの手の動き、身体の動き、そして肉や野菜といった素材が少しずつ形を変えていくさまをカメラにおさめたかった」と明かした。


フランスの三つ星シェフ監修の極上のフランス料理がスクリーンを彩る(©2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANC )

さらに「編集のときに調理をしている音を聞いていたら、そこにはまるで伴奏をするかのような音楽性があることに気付いた。料理をするときに奏でられる音というのは、とても豊かなサウンドだ。でもそこに(BGMとしての)音楽をつけるとそうした料理の音を排除することになってしまう。だから音楽は排除することにした」とその意図を説明していた。

フランスの三つ星シェフが料理監修

そんな本作の料理監修には、フランスの三つ星シェフ、ピエール・ガニェールが参加。トラン監督が考えたすべてのメニューをチェックし、その組み合わせなどを指導したほか、準備段階で、映像になった際の見栄えなどを確認するため、劇中に登場する料理を準備。観る者の五感に訴えかけるような、極上のメニューが楽しめる。

トラン監督は、本作を公私にわたるパートナーであるトラン・ヌー・イェン・ケーに捧げている。『青いパパイヤの香り』や『シクロ』などでは女優としても出演していた彼女だが、それのみならず美術、衣装、メイクなど裏方としても献身的にサポートし続けてきた。

彼女がもたらす色彩感覚は、トラン・アン・ユン作品に欠かせないものとなっており、本作ではアートディレクションと衣装を担当している。

一方で、彼女自身がメインとなって手掛ける展覧会では、映画とは逆に、トラン監督がアシスタントとしてサポートするなど、理想的なパートナーシップを育んでいる。

映画の中で引用したある言葉

「この映画の中で、中国の詩人の言葉を引用した部分があります。その詩人の言葉とは、1年は休まずに働き、その翌年は妻のために1年を捧げるというもの。僕自身もそういうことができたらいいなと思ってます」と語るトラン監督。

映画で描かれたドダンとウージェニーの関係性と比べて、「われわれもこの映画の2人に似ているところはあると思います」と認めている。まさに「食と同時に、愛についても語りたかった」と語るトラン監督ならではの作品となっている。

(壬生 智裕 : 映画ライター)