「デフレ完全脱却」と謳いながら物価高対策(写真:Bloomberg)

岸田文雄内閣は、2023年度補正予算を11月10日に閣議決定した。今臨時国会での成立を目指す。この補正予算は、11月2日に閣議決定された「デフレ完全脱却のための総合経済対策」を踏まえてのものであった。

総合経済対策では、所得税・個人住民税の定額減税(納税者と配偶者含む扶養家族1人につき2024年分の所得税3万円、2024年度分の個人住民税1万円の減税)が何かと注目を集めた。この減税には賛否が交錯した。

2023年度補正予算の規模は、13兆1911億円となっている。2020年度から2022年度までの3年間の補正予算による歳出追加額は年平均で46.9兆円だった。2022年度だけをみても、2次にわたる補正予算による歳出追加額は31兆6231億円だった。

だから、2023年度補正予算は、2022年度の2次にわたる補正予算よりも、歳出追加額は半減未満となった。減税論議に気を取られている間に、規模は半減となっていた。

2022年度より半減したが、コロナ前の4倍

総合経済対策を取りまとめる前までは、15兆〜20兆円程度の規模で打ち出すべきだとの声が与党内にはあった。実は、その時でさえ、すでコロナ禍での3年間の補正予算の規模よりも半分近くに減った要望になっていた。

それもそのはずである。今は、物価高に直面しているのである。物価高騰の折に、財政支出で需要を刺激したのでは、さらに物価が上がるだけである。さらなる物価高騰を補正予算であおらないようにするには、規模縮小は当然である。

もっと言えば、新型コロナ対応前の2015年度から2019年度までの5年間における補正予算による歳出追加額は、年平均で3.1兆円だったのだ。2023年度補正予算の規模は、その規模よりも4倍超もあってまだ大きい。コロナ前の水準に戻す正常化への道のりはまだ遠い。

正常化への道のりはまだ遠いというのは、国債発行についてもいえる。

2023年度補正予算は、一般会計で8兆8750億円も国債を増発して歳出追加額を賄うこととしている。一般会計では、当初予算で国債を35兆6230億円発行することとしていたから、この国債増発を合わせると、2023年度は国債を44兆4980億円発行することとなった。

一般会計の歳出総額は、当初予算で114兆3812億円だったが、補正予算での歳出追加額が13兆1992億円となったので、これらを合わせると127兆5804兆円となる。その歳出総額を、前掲の国債発行で賄うこととなるから、その比率を意味する公債依存度は、34.9%となる。

2022年度の決算での公債依存度は、38.1%だから、それよりは下がるとはいえ、依然として3分の1を超える歳出を国債発行で賄う状況である。

年度途中で国債を大量発行すれば買い手がつかない

加えて、その補正予算における国債発行の賄われ方もコロナ禍から脱していない。

国債発行は、国債市場において民間金融機関に円滑に消化してもらうべく、予見可能な形で発行年限(満期までの年数)や発行額やスケジュールを事前に公表している。それを取りまとめているのが国債発行計画である。

国債発行計画をみると、コロナ禍で補正予算時の一般会計での国債増発をいかに腐心しているかがわかる。

前述のように、前代未聞の規模の巨額の補正予算で国債を大量増発すると、年度途中で国債発行計画を大幅改定しなければならない。年度途中で、当初の予定よりもはるかに多い国債を市中で消化しようとすれば、それに応じてくれる民間金融機関がいなければ、円滑に消化できない。

日本銀行が国債を大量に買い入れるとしても、日本銀行の直接引き受けは財政法第5条で原則禁止されており、まずは民間金融機関が国債を購入してくれなければならない。

民間金融機関が欲してもいないのに無理に国債を大量に発行しようとすれば、買い手がつかず国債価格を下げる、つまり国債金利(利回り)を上げなければ消化しきれない。だから、無理に大量の国債を市中消化しようとすれば、国債金利が急騰する可能性がある。

そこで、コロナ禍での巨額の補正予算において一般会計での国債増発は、どのように工面されたか。

コロナ対応の財投債を補正予算に充ててきた

それは、財投債(財政投融資特別会計国債)で発行予定だった国債を、一般会計での国債に振り替えたのである。

財投債は、一般会計ではなく、財政投融資特別会計で必要とする融資の原資とするために発行される。特にコロナ禍では、民間企業の資金繰り支援の要請があり、それを政策金融機関等を通じて行うための原資を、財投債で賄うこととしていた。

コロナ禍では、当初予算において、資金繰り支援の融資枠が不足して支援が滞ることがないようにするため、多めに資金繰り支援の融資枠を確保していた。だから、それだけ多く財投債を発行する必要があるとして、その見込みを踏まえて国債発行計画を策定した。

国債市場においては、日本国債は、一般会計の建設国債や赤字国債も、財投債も、同一券面で取引されるから、金融機関側にとっては両者に区別はない。

ところが、年度途中になると、新型コロナの感染状況も経済取引に制約がかかるほどひどくなく、当初見込んでいたほどに資金繰り支援の融資枠は必要ないという見通しが立ってくる。

そうしたところに、永田町から巨額の補正予算の要求が上がってくる。その歳出をこなすには、一般会計で国債を追加発行しなければ賄えない。

そうした、ある種の偶然の一致があって、補正予算編成に合わせて、一般会計で追加発行しなければならない国債を、当初で財投債として発行する予定だったものを振り替えて、国債発行を総額としてはできるだけ増やさないように腐心したというわけだ。国債を円滑に消化するためである。

現に、2022年度には、一般会計の補正予算のために、財投債の発行を8兆5000億円も減らして一般会計の国債増発に回した。そして、2023年度補正予算でも、財投債の発行を7兆円も減らして一般会計の国債増発に回している。

これにより、一般会計での国債増発は前掲の8兆8750億円だが、その他のやりくりも含め、年間を通した2023年度の国債発行総額は3557億円の増加にとどまった。

上がる金利、国債の利払い負担は増す

こうした芸当ができるのも、コロナ禍だからである。つまり、コロナ禍での資金繰り支援のために、財投債を多く必要としていたが、見込みよりは少なくなったために、補正予算で一般会計の国債増発に振り替えることができた。

その意味で、2023年度補正予算はコロナ禍から脱却できておらず、まだ正常化していない。

しかし、新型コロナが収束すれば、資金繰り支援は不要となり、補正予算で一般会計の国債増発に振り替えられるほどに財投債の発行枠を多くする根拠がなくなる。10年物の国債金利が1%に迫り、その上昇を表立って抑え込むことはしない方向に金融政策も動いているのだから、補正予算時には国債発行を減らしこそすれ、増やしていてはより重い金利負担にさいなまれることとなる。

総合経済対策の名の冠には、「デフレ完全脱却」とある。その名の通りに奏功すれば、政策立案の発想も「デフレ完全脱却」しなければならない。つまり、需要喚起の財政出動ではなく、物価高騰抑制のための財政政策が必要である。

需要喚起の財政出動という、「デフレマインド」丸出しの政策立案の発想から完全脱却しなければならない。

(土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授)