山梨県内のリニア実験線を走るL0系試験車。リニア中央新幹線・品川ー名古屋間の中間駅は神奈川・山梨・長野・岐阜の4県に設置される(写真:Jun Kaida/PIXTA)

JR東海が建設を進めるリニア中央新幹線の全線開業に伴って東海道新幹線が静岡県内の駅に停車する回数を増やした場合、10年間で1600億円を超える経済効果が生まれるという試算を国土交通省がまとめたことが話題になっているが、リニアでも中間駅の存在がにわかにクローズアップされつつある。

「中間駅」がもたらす地域活性化

リニアの開業により品川―名古屋間が40分、品川―新大阪間が67分で結ばれれば、首都圏・中京圏・近畿圏が一体化した巨大都市圏が生まれる――。リニアが描く未来像は3大都市を短時間で結ぶことによる経済効果に着目したものが目立つが、中間駅の存在を忘れてはいけない。

神奈川、山梨、長野、岐阜。リニアの品川―名古屋間で中間駅が設置される4県の知事が一堂に会するシンポジウムが11月6日、東京都内で開かれた。JR東海の丹羽俊介社長も出席し、中間駅がもたらす地域活性化のメリットについて熱弁を振るった。

このシンポジウムを主催したのは「リニア中間駅(4駅)を中心とする地域活性化に関する検討委員会」。委員長を務める森地茂・政策研究大学院大学名誉教授は中間駅について「3大都市圏への近接性がもたらす駅周辺開発効果に議論がとどまる傾向にある」としたうえで、「中間駅経由で高速道路と結びつけるなどすればそれぞれの地域が新たな広域中核地方圏として活性化され国土構造が大きく変革する」と述べた。


中間駅が設置される4県の知事が集まったシンポジウム=2023年11月6日(記者撮影)

たとえば、長野県の中間駅は飯田市内に設置される。東京と飯田、大阪と飯田を結ぶ高速バスの所要時間はどちらも4時間を優に超えるが、リニアなら1時間もかからない。この時間短縮効果を中間駅周辺だけでなく、高規格の幹線道路などと組み合わせれば、ほかの都市にもその効果が広がる。さらにICT技術と組み合わせてリアルとバーチャルを融合すれば日本の国力向上につながるという。

森地名誉教授が中間駅を核とした広域中核地方圏を形成する構想を発表したあと、4県の知事が中間駅を活用した地域活性化の取り組みを発表した。神奈川県の黒岩祐治知事は、「羽田空港から品川まで京急で15分。品川から神奈川県駅までリニアで約10分。乗り換えに5分かかるとして30分で羽田空港とつながる」と、リニアのメリットを強調したうえで、「リニアが通れば人を吸い取られてしまう」と危機感をあらわにした。

そこで、神奈川県内の中間駅で降りたくなる取り組みとして、日本国内の先端技術を結集してロボットの社会実装の加速化に取り組む「さがみロボット産業特区」と中間駅を連携させる構想を示した。JR東海と連携して中間駅付近にR&Dセンターを設置するなどの検討が進められている。


リニア中央新幹線神奈川県駅(仮称)の工事現場(写真:haku/PIXTA)

「プライベートジェット向け飛行場」構想も

他県の知事もそれぞれ独自の構想を披露した。たとえば、山梨県の長崎幸太郎知事は山梨県にできる中間駅と中央自動車道、中部縦貫自動車道がつながる交通結節点として整備するとともに、「プライベートジェット向け飛行場の建設を視野に入れる」と大胆なアイデアをぶち上げた。さらに、東京圏からリニアで25分という近接性を活かして、テストヘッド(実証実験の場)として機能させ、「山梨県を世界に先駆けて新たな価値を創造する近未来の窓口にしたい」と意気込んだ。

長野県の阿部守一知事は「リニアと高速道路を一体化する関連道路の整備」を推進するとして、そのための国の財政支援を要望した。岐阜県の古田肇知事は、中間駅が地上に設けられ、長さ1.3kmにわたる高架橋が建設されることにより、「地区を隔てる壁にならないよう、周辺整備に取り組む」とした。また、駅舎についても「地域景観になじむ岐阜県らしい駅」にするなどの提案をした。


リニア中央新幹線長野県駅(仮称)の建設予定地。2022年12月22日に起工式が行われた(記者撮影)

このように各県の知事のコメントを並べてみると、中間駅を活用した地域振興策にとどまっており、森地名誉教授の言う広域中核地方圏の形成というレベルには至っていない。やはり、個々の県の取り組みだけではなく、中間駅を持つ自治体および、その周辺の自治体がタッグを組んで取り組む必要がある。さらに森地名誉教授は「国のコミットも必要。国土構造を変えることでできる体制を国も作ってほしい」とする。

リニア開業により東京、名古屋、大阪という3大都市圏だけが発展したとしても、ほかの地域が取り残され、地方が衰退するのは日本の未来にとって決してよいことではない。その点で、中間駅を核とする広域中核地方圏を形成するという方向性は間違っていないが、1つだけ気になることがある。それは、中間駅に列車が何本停車するかが考慮されていないことだ。


実験線にある「発車案内」。はたしてリニア中央新幹線の中間駅には何本の列車が停車するか(撮影:尾形文繁)

重要なのは「中間駅の停車本数」

黒岩知事の「30分で羽田空港とつながる」を例にとれば、リニアによる品川駅から神奈川県の中間駅までの乗車時間が10分だとしても、もし1時間に1本しか中間駅に停車しないとしたら、1本乗り過ごすと次の列車まで1時間待つことになる。となると、所要時間は30分ではなく1時間30分だ。これでは在来線(京急線およびJR横浜線)を使った場合の所要時間と変わらない。

冒頭で触れた東海道新幹線が静岡県内の駅に停車する回数を増やした場合に10年間で1600億円を超える経済効果が生まれるという試算は、停車回数増によって待ち時間が短縮し、目的地への所要時間が短くなると同時に、同じ時間で到達できる範囲が拡大することにより利用者が増えるという理屈だ。つまり、リニアの利便性を生かすためには十分な停車回数が確保される必要がある。

では、1時間に何本程度停車するのが適切なのだろうか。この点を森地名誉教授に聞いてみたところ、私見と前置きしたうえで「東海道新幹線の静岡県内区間でひかりとこだましか停まらない駅の停車本数よりは多くなってほしい」とのことだった。ちなみに県庁所在地最寄りの静岡駅や、大企業が集積する浜松駅では、日中は1時間に3本程度停車する。一方で、新富士駅や掛川駅の日中の停車本数は1時間に2本程度だ。

一方で、森地名誉教授は「1時間に何本停まるかは駅の需要動向によって決まってくる」とも話す。停車回数をむやみに増やしたところで、そのまま利用者が増えるとは限らない。需要が少なければ停車を増やしても乗客は増えないので、おのずと停車回数は減る。北海道新幹線には1時間に1本どころか、1日に7本程度しか停まらない駅もある。

リニアが完成に近づき運行計画が練られる段階になれば、中間駅に何本停まるかという議論が重要性を帯びてくる。おそらく各県から「できるだけたくさん停めてほしい」という要望がJR東海に寄せられるはずで、その際には中間駅の需要がどのくらいあるかが決め手になる。

そのためにも、各県は中間駅周辺の需要動向だけでなく、県をまたぐ広域から利用者を呼び込んで需要を大きく増やせるような計画を今から構築しておくことが重要となる。

沿線4県も静岡県に働きかけを

なお、各県の知事からはJR東海に開業時期の明確化を求める声が相次いだ。開業時期が決まらないと具体的な施策を立てられないし、その地域に進出を検討する企業にしても、開業時期が未定のままでは判断しようがないからだ。


工事中の南アルプストンネル。未着工の静岡工区とは裏腹に山梨県内では工事が進む=2021年(撮影:尾形文繁)

とはいえ、静岡県の反対により静岡工区の工事が始まらない状況では、JR東海も開業時期を決めようがない。4県の知事たちは壇上から降りたその足で首相官邸に出向き、岸田文雄首相に面会して、「リニア開業時期の見通しをつけてほしい」と迫った。これに対して、岸田首相は「ぜひ知事のみなさんも全体のプロジェクトが進むように、関係自治体等にも働きかけてもらいたい」と返した。

他人事のような返答が気になったが、岸田首相の発言には正しい部分もあると思う。4県の知事はJR東海や国を当てにするだけでなく、自らも静岡県に対して工事の早期着工を働きかけることが必要だ。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)