地球の衛星である月の成り立ちについては複数の仮説がありますが、中でも約46億年前にテイアという天体が地球に衝突してその破片が月になったとするジャイアント・インパクト説が有力とされています。新たにイギリスのダーラム大学、グラスゴー大学、NASAのエイムズ研究センターの研究者からなるチームが、スーパーコンピューターを用いてジャイアント・インパクト説をシミュレートした結果、「月は惑星衝突からわずか数時間で形成された」ことが示唆されました。

Immediate Origin of the Moon as a Post-impact Satellite - IOPscience

https://doi.org/10.3847/2041-8213/ac8d96

Collision May Have Formed the Moon in Mere Hours, Simulations Reveal | NASA

https://www.nasa.gov/feature/ames/lunar-origins-simulations

How did the moon form? A supercomputer may have just found the answer | Live Science

https://www.livescience.com/moon-formed-in-hours-new-simulations-suggest

「月はどのように形成されたのか?」という問題は長年にわたり天文学者の興味を引きつけてきました。近年有力となっているのは、約46億年前に火星とほぼ同じサイズだったテイアという惑星が地球に衝突し、その破片が月になったとするジャイアント・インパクト説です。

しかし、ジャイアント・インパクト説の中にも複数のパターンがあり、月がどのように形成されていったのかについては議論の余地があります。「地球に衝突したテイアが数百万もの破片と地球から気化した岩石やガスが混ざり合い、ゆっくりと地球を回る円盤が形成され、数百万年かけて冷却されていき月となった」という仮説では、月の多くがテイア由来の物質であるにもかかわらず、同位体組成が地球と似ていることの説明がつきません。また、「月はテイアの衝突によって地球から気化した物質からなる円盤の中で形成された」とする仮説では、現在の月の軌道を説明しにくいとのこと。



そこでダーラム大学の計算宇宙学者であるJacob Kegerreis氏らの研究チームは、大量の物質に作用する重力と流体力学的な力をシミュレートする「SPH With Inter-dependent Fine-grained Tasking (SWIFT)」というコンピュータープログラムに目を向け、ダーラム大学の宇宙研究用スーパーコンピューターであるCOSMAを利用したシミュレーションを行いました。

研究チームはCOSMAを利用して、さまざまな角度、回転、速度で地球とテイアの衝突をシミュレートしました。Kegerreis氏によると、一般的なコンピューターではモデル化できる粒子の数は10万〜100万個程度ですが、COSMAを使えば1億個もの粒子をモデル化できるとのこと。

Kegerreis氏は、「高分解能のコンピューターを使うことで、大きな望遠鏡が遠くの惑星や銀河を高解像度で撮影できるように、私たちは月の形成についてより詳細な研究ができます」「次に、低すぎる分解能を使用したシミュレーションでは、誤解を招いたり単に間違っていたりする答えを出すことがあります。たとえば、おもちゃのブロックで車の模型を作って衝突時の壊れ方をシミュレーションする場合、数十個のブロックで作れば真ん中で完璧に割れるかもしれません。しかし、数千個、数百万個のブロックで作れば、よりリアルな壊れ方をするようになるかもしれません」と述べています。

COSMAを用いた高分解能のシミュレーションにより、研究チームは「惑星衝突によって放出された地球の物質と粉砕されたテイアの破片から、わずか数時間で月が形成された可能性がある」と結論づけました。実際にNASAが公開したシミュレーション動画がこれ。

New Supercomputer Simulation Sheds Light on Moon’s Origin - YouTube

画面の左に写っているのがテイア、右が原始の地球です。



2つの天体が衝突し……



ドロドロに溶けた大量の破片に分かれます。



しかし、地球の方はすぐに形を取り戻して、そこから尻尾のように溶けた破片が伸びる形に。



破片は2つの塊となり……



地球に近くて大きな方はすぐに取り込まれましたが、地球から遠くて小さな方は吸収されずに残りました。これが月となったとのこと。



動画では、さまざまな角度からテイアと地球の衝突および月の形成を眺めることができます。



今回のシミュレーションでは、月がわずか数時間で形成された可能性があると示されました。このシナリオでは、月の外層は約60%が原始地球由来の材料で構成されており、採取された月サンプルと地球の同位体組成が似ていることの説明がつくほか、月の傾いた軌道についても説明がつくとのことです。



このシナリオが正しいことを証明するには、将来の月探査で月面深くから岩石などのサンプルを採取し、マントルの混ざり具合などについて分析する必要があります。Kegerreis氏は、今後より多くの月サンプルが手に入れば、その分析結果をモデルに反映することでさらに精度を高めることができると主張。「このようなミッションや研究は、月と地球の実際の歴史についての可能性を絞り込み、太陽系内外の惑星形成についてより深く知るためにしっかり役立っています」と述べています。

また、論文の共著者であるダーラム大学のVincent Eke氏は、「月がどのように誕生したのかを知るほど、私たちが住む地球の進化が見えてくるのです」と述べました。