ロボットベンチャー「シャフト」の売却後、アメリカで水道管の破損確率を解析するAIベンチャー「フラクタ」を立ち上げた加藤崇氏。来日時に自身がオーナーを務める渋谷のカフェで取材に応じた(記者撮影)

日本のベンチャーをグーグルが買収――。2013年の年末、一躍世界の脚光を浴びたヒト型ロボットのベンチャー企業「シャフト」。この売却を成功させたのが、当時最高財務責任者(CFO)を務めていた加藤崇氏だ。

東京大学大学院の博士課程でロボット研究をしていた中西雄飛CEOをはじめとするエンジニアたちは、ヒト型ロボット実用化の夢を描いていた。「彼らの情熱を支えたい」。銀行出身の加藤氏はシャフトに仲間入りした。

「世界を変えられる技術だとは思っていたが、おカネを出してくれる人がいなかった」。そう考えていた矢先に出会ったのが、スマホOS「アンドロイド」の生みの親として知られるグーグルのアンディ・ルービン氏だった。当時、グーグルでロボット開発のプロジェクトを率いていたルービン氏は、ロボット関連のスタートアップを矢継ぎ早に買収。シャフトもその1社だった。

シャフト売却後、「配管点検」に注目

シャフトの売却後、加藤氏は退社。新たな事業の立ち上げを模索するうちにたどりついたのが、「配管点検」だった。2015年にアメリカで会社を創業し、当初はロボットが配管の中を動き回って点検するビジネスの可能性を調査。いくつかの水道事業者が興味を持ったという。ただ中規模の都市でも水道管の長さは数千キロにも及ぶ。「ロボットでは限界がある」。そう考えた加藤氏は、ソフトウェアによる“寿命診断”に転換した。


フラクタのツールの画面。赤い部分は選択した地域内で破損確率が高い水道管を表している。個々の水道管をクリックすると、画面右のように1年以内の破損確率などの詳細データが表示される(画像:Fracta)

こうして立ち上がったベンチャー企業「フラクタ」は、水道管の破損や漏水の可能性を、機械学習などの人工知能(AI)で解析するツールを提供する。世界初の試みだ。「水道管は土の中に埋まっているため、人間が掘り起こして状態を確認することができなかった」と、加藤氏は説明する。破損確率の高い水道管から更新することで、メンテナンスへの投資を効率化しつつ、配管の破損・漏水事故を最小限に抑えることができる。

鉄製の水道管の寿命は、実際は埋められている環境によって、60〜180年の差があるという。従来は腐食の度合いにかかわらず設置年数に基づいて交換していたが、「掘り起こしてみるとまだピカピカだったということもよくある」(加藤氏)。

寿命を左右するのは、水道管と土との酸化反応で腐食によるさびがどれだけ起こるかということ。AI診断のアルゴリズムは、配管素材や使用年数、過去の漏水履歴といった水道管に関する情報と、水道管の周りの土壌や気候、人口など、独自に収集した1000以上の環境変数を含む膨大なデータベースによって構築されている。例えば配管の傾斜角度もその1つ。傾斜している水道管のいちばん下にある部分は、物理的に水圧がかかりやすい。

創業からわずか4年半で全米27州で60以上の水道事業者と契約にこぎつけた。日本でも川崎市上下水道局と2019年2月から実証実験を開始し、その後神戸市水道局、埼玉県越谷市・松伏町の水道企業団が続き、この3事業者では検証が完了。アメリカでの導入先と同様の有効性が確認された。この春から実際のツールの提供が始まる予定だ。このほか神奈川県企業庁や大阪市水道局などでの検証も進められている。

“シリコンバレー精神”で地元水道局が採用

最初にビジネスが始まったのは、フラクタが本社を置くシリコンバレーに近いサンフランシスコ市とオークランド市の水道会社だった。フラクタのツールは、水道会社が一般的に保有する5種類の水道管データ(位置情報、材質、口径、設置年月、破損履歴)をアルゴリズムに取り込めば、1つひとつの水道管の劣化状態を予測できる。導入を進めるためには、水道会社から自社のデータを提供してもらわなければならない。


アメリカ・シリコンバレーのレッドウッドシティにあるフラクタの本社オフィス(写真:Fracta)

「日本ではなかなかデータを出してくれない。だがシリコンバレーのカルチャーが根付いているこの2都市では、面白いから一緒にやってみようと言ってもらえた。そこから次から次へと導入が決まるドミノ現象が始まった」と加藤氏は振り返る。顧客のうち約20社はカリフォルニア州だ。「担当者がハイテク好きかどうかは重要。とくにカリフォルニアは進取の精神がある」(同)。

加藤氏が水道会社に売り込む際にアピールするのは、フラクタのソフトウェアの費用対効果だ。契約は年間の定額課金が基本。例えばフラクタの試算では、サンフランシスコ市は、従来の配管の平均寿命で考える方法とフラクタの方法を比較すると、水道管の更新費用を4割ほど減らせるとの結果が出たという。

アメリカには100万マイル(160万キロメートル)の水道管があり、フラクタはすでに全配管データの10%ほどを押さえたという。「3割くらいのデータを押さえれば、誰も追いつけなくなるのではないか」と加藤氏は考えている。

一方で加藤氏は、「僕らの半分のデータのサイズでより精緻な解析モデルを作ってくる人たちが出てくるかもしれない。それでもいい。僕らが暴れることで天才たちが競争相手として入ってくれば、技術が広まる契機となり、業界全体の配管更新が最適化される。水道料金は誰しもが払わなければならないもの。競争を促せば、今の半額になることだってありうる」と、興奮気味に語った。

親会社の栗田工業と世界展開へ

アメリカで実績を残してきたフラクタは、世界進出ももくろむ。「自分たちだけでは限界がある」という加藤氏がタッグを組んだのは、国内水処理大手の栗田工業だ。

2018年に同社が40億円を出資し、フラクタの株式の過半数を取得。今後最大4年の間に完全子会社化される予定だ。「水道会社は地元に根付いた企業であることが多く、技術だけでは売れない。オフィスを構えて10年、20年が経つ栗田ブランドのほうが現地に入っていける」(加藤氏)。


アメリカの展示会に出展した際の加藤氏。写真内のパネルは旧ロゴ(写真:Fracta)

シリコンバレーを生活の拠点とする加藤氏は、「イノベーションを起こすには、自分が世界を変えられると思っているかが大事。グーグルのアンディ・ルービンだってそうだった。シャフトはグーグルに売ったのではなく、アンディに売ったと思っている」と話す。

「ここの成功者たちは皆口をそろえて、小さく成功しても意味がない、本当に世の中がよくなるようなものを開発しなくちゃいけない、と言う。数%のテクノロジー業界のエリートたちに囲まれていると、いろいろなことを吸収できる。そういう系譜が脈々と続いている」(加藤氏)

ここ日本でも事業が本格化し始めたフラクタは、2022年までに100以上の水道事業者にツールを導入する計画だ。シリコンバレー流のイノベーションは、日本の巨大インフラにも根付くか。まだ挑戦は始まったばかりだ。