微妙な言葉の違いを聞き分け、記憶力もいいのです(写真:Pangaea / PIXTA)

人の心を見透かしているようでもあり、まったくわかっていないようでもあり……。

猫は人の言葉を理解しているのでしょうか。ベストセラー『ざんねんないきもの事典』シリーズ、『わけあって絶滅しました』の監修者としても知られる動物学者の今泉忠明氏が、解剖学、動物行動学の知見を駆使して、猫脳の謎に迫った『猫脳がわかる!』から、一部を抜粋してお届けします。

猫は人の言葉を理解しているの?

何千年も前から人と生活してきた猫ですが、この長い間、体の形や大きさなどが起源種からほぼ変化していません。すなわち奇跡的に野性味も残したまま、人の側で生きてきたわけです。大雑把にいうと、「自分を変えない自由な生き物」である猫は、人間のことをどう捉えているか不思議に思いますよね。

飼い主は、猫に向かって「ニャニャニャニャニャ」なんて鳴いて話しかけるわけではなく(中にはそのような人もいるでしょうが)、「ミーちゃんおいで」などと、いつもの言葉で話しかけているわけですが、そもそも猫は人の言葉を理解しているのでしょうか?

ここに興味深い研究結果があります。2019年4月、英国の科学誌に発表されたもので、飼い猫は、「自分の名前」と「一般名詞」と「同居猫の名前」を聞き分けられることが、実験で明らかになったというのです。日本の上智大学の研究チームが行ったのは要約すると次のような実験です。

飼い猫や猫カフェの猫など約70匹に、それぞれ実験の対象となる猫の名前と、同じようなアクセントや長さの単語と、同居猫などのほかの猫の名前を、続けて4回呼びかけてから、最後にその猫の名前を聞かせるというもの(すべて自動音声)。

その結果、最初の4つの言葉では猫の反応がだんだん小さくなっていったのに対して、自分の名前になると反応が大きくなったそう。この実験結果から、猫は自分の名前とほかの単語の違いがわかり、自分の名前を理解していることが証明できたというのです。

猫を飼っている人なら、「うちの猫は、もちろん自分の名前をわかっていますよ、何を今さら」なんて思うかもしれませんね。しかし、この研究結果が画期的だからこそ、英国の科学誌に取り上げられたともいえるでしょう。なんせ気まぐれな猫ですから、実験自体難しいわけです。

猫は音を聞き分けて単語を区別している

翻って猫脳から考察する、猫の人の言葉に対する理解度はどうでしょうか。言語機能をつかさどっている脳の部位は、大脳新皮質です。「霊長類の脳」といわれる部分で、猫にはうっすらとしかなく、あまり発達していないことがわかっています。その意味では、単語は理解できても、単語の組み合わせまではわからないのではないか、と考えられています。

他方、猫は高い聴覚機能を誇ります。人が発した言葉の微妙な音の違いも聞き分けられるため、前出の実験でも単語の違いを聞き分けている可能性があります。また、猫は記憶力が非常に優れているので、経験から言葉を覚えることができます。食べ物や、身の危険に関することは死活問題なので、とくによく覚えます。

2011年に、米国のボーダーコリーが猛特訓によって、モノの名前を1000個以上覚えられたとのニュースがリリースされました。猛特訓というところが犬ならではですが、脳の構造や知能については、犬も猫もさほど変わりませんから、猫もおそらく相当数の単語を覚えることができると思われます。ただ、猫には猛特訓できないのが玉に瑕なんですが……。

縄張りで生きる猫は、縄張り内の異変に敏感です。単独行動で生活してきたので、異変に気づけないと、野生では命を落とす危険性があったからです。人と暮らす猫にとって、飼い主もいわば縄張りの範疇。その意味では、日ごろから人のことをよ〜く観察しています。

人が言葉を発したとき、そのトーンや長さ、強弱、さらにその時の人のしぐさを猫は・ガン見・しているのです。そして言葉を状況とともに記憶し、猫脳に張り付けておき、その時々で引き出して理解しています。

言葉の理解は、経験が肝要になってくるので、飼い主は猫にポジティブな言葉をかけるときと、ネガティブな言葉を伝えるときでは、声の大きさや高低、抑揚をはっきり変えて話しかけたほうがいいですね。例えば、猫を褒めるときは、高い声でやさしく、語尾を上げながら。反対に、危険なことを諭したりする場合は、低い声で大きく語尾を下げて。

名前を呼ぶときは、ポジティブな状況のみに

そして猫が自分の名前をわかっていると仮定すると、猫にとってマイナスな状況で名前を呼んで話しかけると、嫌な記憶として覚えてしまうので、猫の名前を呼ぶときは、ポジティブな状況のみにしたほうが身のためですね。


このような事柄からわかるのは、猫は人の発する言葉を、そのときの状況や人の様子から全体像としてどんなものか察知はできるということです。

ですが人の言葉はある程度理解していても、猫脳の構造からすると、残念ながら猫は人と会話することはできません。そりゃ当然? 「いや、うちはできる」との反論が、猫の飼い主さんから聴こえてきそうですが……。

猫は人の言葉や感情は理解してくれているわけだから、それでよしとするのはどうでしょうか。猫サイドの言い分からしたら単なる縄張りチェックだとしても、側にいてじっと観察してくれている、人が言わんとしていることを理解しようとしてくれている、そう捉えることが猫と幸せに暮らす秘訣かもしれません。