1月7日に東京・日本橋のグローバル本社で記者会見した武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長(中央)(撮影:今井康一)

1月8日、日本史上未曾有となる、6兆円の巨額M&Aが正式に成立した。

武田薬品工業による欧州製薬大手シャイアーの買収だ。売上規模でほぼ同格、時価総額では自らを上回る欧州製薬大手を巻き込み、売上高約3.4兆円に達する日本初のメガファーマ(世界製薬大手)がようやく誕生にこぎつけた。

その前日の7日、武田薬品は報道向けとアナリスト向けにそれぞれ会見と説明会を開いた。「8カ月間、素早く動いてきた」。買収を主導したクリストフ・ウェバー社長は満足げな表情を浮かべ、一仕事を成し遂げた後の自信がにじみ出ていた。

平坦ではない買収までの道のり

だが、ここにこぎ着けるまでの道のりは決して平坦ではなかった。買収が表面化したのは2018年の3月下旬。武田薬品側が提示する買収価格や条件に対し、シャイアー社の経営陣は「ノー」を連発。度重なる交渉を経て5月初旬に買収に合意した。

その後も武田薬品創業家の一部や社員OBなどからなる有志の個人株主団体から強烈な買収反対運動が起き、最後の関門である臨時株主総会での買収同意にこぎ着けたのは、2018年末のことだった。

その間、株価はほぼ右肩下がりだ。現時点でも買収報道が出る直前から3割近く下落している。買収成立が確実になった後も4000円前後で推移し、世紀の巨額買収に対する株式市場の評価は厳しい。

それでも、「ウェバーでなければ買収はできなかった」(大手製薬会社役員)と声があがるように、力業で巨額買収を成し遂げたウェバー社長が自信を深めるのは当然かもしれない。

しかし7日の会見は、臨時株主総会で約9割の株主の賛成票をもって買収に成功した会社が、勝利宣言をするための儀式にすぎなかった、と言われても仕方のない内容だった。約30分間のプレゼンテーションでウェバー社長が示した内容はこれまでの繰り返し。報道陣との質疑応答に使った時間はわずか15分にすぎず、質疑応答で新しい内容に言及することもほとんどなかった。


ウェバー社長は巨額買収に自信を深めている(撮影:今井康一)

個人株主でつくる有志団体「武田薬品の将来を考える会」などは買収に関する疑問を呈してきた。それに答えることは武田薬品経営陣の責務であることは言うまでもない。

6兆円の巨額負債を減らせるのか

買収に伴って有利子負債は現状の1兆円から6兆円近くへ膨らみ、それを5年内に大きく減らすのが会社が描く青写真だ。シャイアーが叩きだす高いキャッシュフロー(現金収支)や統合後のコスト削減、資産売却によって有利子負債を返済し、財務の健全性を急回復させるという見通しを示している。しかし、その内容はこれまでの説明と何ら変わりはない。

市場や一部株主が疑問視しているのは、たとえば借金返済の原資となるシャイアー買収後の「新・武田薬品」のキャッシュフローが、買収時点の高い状態のまま持続可能なのかという点。

武田薬品は財務健全性の指標として、債務の返済能力を示すEBITDA(営業利益+のれん代・税金・利子支払い)に対する有利子負債の比率をよく使う。株主の支持を集めるための半ば「公約」である180円配当が中長期で持続可能であるためには、キャッシュフローなどの数字ではなく、財務会計(IFRS)上、十分な利益があることが不可欠になる。これこそ個人株主がいちばん知りたいポイントだった。2021年度から、財務会計上の1株利益が増加するとは言うものの、今回の会見でもその道筋は明確には示されなかった。

この点で深く関係するのが、シャイアーの収益柱である、世界シェア約4割と推定される血友病治療薬の売り上げ縮小懸念だ。中外製薬が創製し、世界最大手の製薬企業ロシュ・グループが2018年から発売する新薬「ヘムライブラ」が、その革新的な利便性・効果の高さから、シャイアーの基盤を急速に切り崩すという見方が市場にはある。

この点について、ウェバー社長は「それは理解しているが、その行方を注視している」と答えるのみだった。「(新しい薬に対し)慎重な患者もいる」と、ロシュの新薬の浸透が遅れることへの期待感もにじませたが、具体的な数字を示しての影響や将来見通しは提示できずじまいだった。

今年5月開催予定の決算説明会で、武田薬品は2019年度の業績見通し(ガイダンス)や統合の最新の進捗状況、長期に目指す絵姿を開示する予定だ。買収完了後は、将来の利益予測を開示できない理由に以前挙げていたイギリスのルールの縛りはなくなり、会社の自由意思で、将来の利益予想は示せるはず。株主や市場が持つ疑念をどこまで払拭できるか。

シャイアーの研究開発力はない?

後期段階の新薬開発プログラムはシャイアー買収で21に増える。180以上ある外部との研究開発提携などオープンなイノベーション手法も駆使することで、「こうした研究開発が長期の成長を牽引する」ことをウェバー社長会見で強調した。しかし、武田薬品はこれまで有望新薬の開発に10年以上失敗してきた。シャイアー買収によって、長期低迷の元凶である低下した研究開発力の本格的回復につなげられるのか。

そもそも希少疾患では世界のリーダーと言われるシャイアーだが、その研究開発力のポテンシャルには市場に疑問視する声がある。シャイアーが買収を繰り返して急成長してきたこともあり、オリジナルの研究開発力はないというのだ。シャイアーが進める後期開発品の中でも、市場は大型薬に育つ可能性はあるものは数少ないとみている。

それでも研究開発費は従来の年間3000億円規模から、シャイアー買収で4000億円台に拡大する見通しだ。新薬の開発対象が難度の高いものに移り、新薬成功までにかかる研究開発費が1製品当たり2800億円までに膨脹。成功確率も3万分の1以下に下がってきているとも言われるグローバルな創薬研究開発の環境にあって、研究開発への投資余力の大きさはプラスに働くことは確かだ。

「グローバルをめざすなら研究開発費で5000億円は最低限必要」(中外製薬の永山治・会長)という声は世界的には決して少数ではない。グローバル基準である5000億円には届かないが、日本の製薬会社にあって武田は初めて、明確にその方向に足を踏み出した。

ブリストル・マイヤーズの8兆円買収

くしくも、2019年の新年早々、アメリカ製薬大手のブリストル・マイヤーズ・スクイブがアメリカのバイオ医薬大手セルジーンを8兆円で巨額買収することを発表した。研究開発費がますます巨額になり、一定の時期が来れば稼ぎ頭の大型薬といえども、特許切れで売り上げが急落する製薬業界にあって、大型M&Aは成長や売り上げ維持のための「特効薬」であることは否定できない。ウェバー社長が言うように「世界の製薬大手で買収は不可避」だ。

買収成功のカギは実はシンプルだ。良い相手を選び、適正価格で買収したうえで、買収金額を払っても1+1=2以上の収益が出るようにシナジーを発揮できる。そして、統合をうまく進めることのできる経営手腕があるかどうかだ。

ウェバー社長の目利きの力や経営能力は今回の買収成立後に収益の数字となってまさに丸裸になる。乾坤一擲の賭けでもある巨額買収で、武田薬品が本物のメガファーマに脱皮できるのかどうか。真贋が判明するのはそう遠い時期ではない。