習近平国家主席の不機嫌そうな表情も話題になった

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【朝倉秀雄の永田町炎上】

 11月10日、2年半ぶりに安倍総理と習近平国家主席との日中首脳会談が実現した。会談では尖閣諸島に関して、日中間の合意文書で「異なる見解を認識」という表現にとどまり日本政府の立場は一応、守られた。冷え込んでいた日中関係も修復に向かって歩み出し、一定の「外交的成果」を上げたと言えよう。だが、警察庁による『警察白書』も警鐘を鳴らすように、外交の表舞台の裏では中国の露骨な「対日有害工作」が日夜繰り広げられていることを忘れてはならない。

昭恵夫人に接触する「謎の男」、呉汝俊

 日本は俗に「スパイ天国」と言われるくらい、防諜(カウンター・インテリジェンス)の緩い国で、多くの中国や北朝鮮の工作員が跋扈跳梁し、その「魔の手」は政府高官や政権与党の実力者だけでなく、総理の身辺にまで及んでいる。

 そんな工作員の一人だと思われるのが、呉汝俊(ウー・ルーチン)だ。呉は表向きは中国の古典演劇の一つ「京劇」で用いる弦楽器「京胡」の奏者だが、その正体は中国の情報機関「国家安全部」所属の工作員--というのが日本の公安当局の認識だ。

 そもそも昭恵夫人と呉が知り合ったのは、安倍首相がまだ若手議員だった時代。1996年に呉が大分県の湯布院でソロコンサートを開き、昭恵婦人を招待したのがきっかけだ。当時の安倍首相は「政界のプリンス」と呼ばれ、いずれば最高権力者になることが予想されていたから、呉は将来に備え、妻の昭恵夫人に狙いを定めていたと思われる。

 2004年には王毅駐日大使(当時)が改めて、幹事長夫人であった昭恵夫人に呉を紹介。それから呉夫妻は安倍家と家族ぐるみの付き合いをするようになるが、むろん中国大使館や本国政府の意向が働いていたことは間違いない。

 安倍首相が官房長官だった2006年5月、昭恵夫人は呉とともに訪中。同年9月には第一次安倍内閣が誕生。ファーストレディとなった昭恵夫人は呉と一緒に、上海や、呉の生まれ故郷である南京を訪問し、中国政府関係者と再会している。以来、今日に至るまで両者の密接な関係は続いている。

中国側の最大の関心事は「安倍総理の健康状態」

 ちなみに昭恵夫人は、「呉氏とは何十年もの付き合いがあるが、私は主人についての情報を漏らしたこともないし、呉氏からそんなことを訊かれたこともない」と主張している。しかし、プロの工作員が露骨に国政に関することを尋ねるわけがない。

 中国に対して強硬姿勢を取る安倍総理は、習近平政権にとって決して「好ましい宰相」ではない。一日も早く辞めてほしいというのが本音だろう。そうなると、安倍総理の健康状態が最大の関心事となる。それが判れば、安倍政権がいつまで持つかどうか、ある程度予測できるからだ。

 誰よりも夫の体調を知る昭恵夫人に近づくことができる実益は大きい。日常の何気ない会話から重要な情報をキャッチするのがスパイの手口だから。昭恵夫人が知らず知らずのうちに機密情報を取られている可能性は、決してなくはないのだ。

工作員の暗躍を許す、貧弱すぎる日本の情報機関

 安倍内閣は昨年、特定機密保護法と国家安全保障会議(日本版NSC)設置法を設立させたが、NSC設置に向けた有識者会議では「日本も本格的な対外情報機関を設けるべきだ」との意見が相次いだ。たとえ法律を作っても、スパイを摘発する本格的な機関を備えなければ絵に描いた餅になってしまうからだ。

 ちなみに、日本の情報機関には、核となる内閣直属の「内閣情報調査室(約170名)」、法務省の外局の「公安調査庁(約1530名)」「警察庁警備局公安課(約1000名)」「警察庁公安部(約2000名)」などがある。

 このうち、米国のCIAのカウンターパートとなる内閣情報調査室は、次官級の内閣情報監を室長に、国内、国際、経済の3部門に分かれ、各々約50名体制。全体では約170名しかいない。しかも、人員の多くは警察庁をはじめ各省庁からの寄せ集めで、古巣との「併任」も多く、いかにもまとまりがない。

 しかも、内閣審議官、同参事官と「お偉方」だらけ。実際に情報収集活動に従事する者の数は極めて少ない。拠点も、官邸の真向かいにある「内閣府ビル」6階の1カ所のみ。何万人ものエージェントを擁して米国内だけでなく世界中に支局を張り巡らせているCIAとは比べるまでもなく、その情報収集能力には大いに疑問符がつく。

 また、公安調査庁は破壊活動防止法に基づき、主として共産党や中核派などの極左集団、オウム真理教(現・アレフ)のようなカルト集団などを対象とするが、専門の訓練を受けた外国の工作員を相手にするのはやはり荷が重い。

 一番頼りになるのは、約2000名を擁し「日本最強のスパイ機関」とも言われる警視庁公安部の、中国と北朝鮮を担当する外事一課および二課ということになる。しかし、捜査員たちの身分が「地方公務員」であることに加え、縄張り意識が強く、仕入れた情報を他の機関に流さないなど情報を共有できないのがネックだ。

 いずれにせよ、日本の情報機関は分散していて、統一的な防諜活動ができていない。それが中国や北朝鮮の工作員のやりたい放題を許し、日本を「スパイ天国」にしていることは間違いない。

 尖閣問題をめぐってますます緊張の度合いを強める中国の露骨な挑発を考えれば、例えば「情報省」のような統一的かつ本格的な対外情報機関を早急に設置することが求められるのである。

朝倉秀雄(あさくらひでお)ノンフィクション作家。元国会議員秘書。中央大学法学部卒業後、中央大学白門会司法会計研究所室員を経て国会議員政策秘書。衆参8名の国会議員を補佐し、資金管理団体の会計責任者として政治献金の管理にも携わる。現職を退いた現在も永田町との太いパイプを活かして、取材・執筆活動を行っている。著書に『国会議員とカネ』(宝島社)、『国会議員裏物語』『戦後総理の査定ファイル』『日本はアメリカとどう関わってきたか?』(ともに彩図社)など。