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「「主役は音楽」ということの意味──コーチェラ2017とBeats Houseの意義」の写真・リンク付きの記事はこちら

フェスが憧れるフェス

「コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティヴァル」、通称コーチェラは、いまや世界の音楽ファンにとって憧れのフェスティヴァルだ。始まったのは1999年。カリフォルニアの砂漠地帯にあるインディオという町のポロ競技場「エンパイア・ポロ・クラブ」で行われる。2016年のチケット販売数は20万枚を超え、その売り上げは過去最高の9,500万ドルにも上った。音楽ファンから信頼されるばかりでなく、興行面においても大きな成功を収める、世界のフェスが憧れるフェスでもある。

会場は、芝生が敷き詰められた78エーカー(東京ドーム7つ弱ほどなので、べらぼうに広いというわけでもない)の敷地に、2つの屋外ステージ、6つの屋内ステージが設置され、2017年には、総勢238組のアーティストがラインナップされた。会期は4月の2つの週末を使って行われ、金土日の3日間、同じラインナップで2度開催される。

2017年の今年はヘッドライナーを、レディオヘッド、レディ・ガガ(出演をキャンセルしたビヨンセの代役として)、そしてコーチェラ出演に合わせるかのように新作『DAMN.』をリリースしたケンドリック・ラマーが務めた。

過去には、AC/DCやガンズ・アンド・ ローゼズ、プリンス、ブラー+ストーン・ローゼズ、ザ・キュアなどがヘッドライナーを務めたのをみればわかるように、コーチェラの魅力は、若い先進的なアーティストを積極的に起用する一方で、オールドスクールな音楽ファンも楽しめる内容となっていることだろう。ライトな音楽ユーザーから、熱狂的な音楽マニアまで受け入れる、コーチェラの懐は深い。ジャンルも多種多様だ。そこそこの情熱と貧しい体力をもって、3日間会場をめぐったヘタレな参加者(筆者)が観ることができたアーティストを並べてみれば(全部のアーティストをフルセット観たわけではないが)、その音楽的多様性は理解いただけるかもしれない。

Klangstof、Tennis、Stormzy、Sampha、Bonobo、Father John Misty、The xx、DJ Shadow、Little Dragon、Travis Scott、Radiohead、Chicano Batman、Thundercat、Bastille、Tycho、Future、Bon Iver、Nicolas Jaar、Lady Gaga、Grouplove、Future Islands、Kaytranada、Hans Zimmer、Lorde、Kendrick Lamar.

ざっと、こんなところだ。

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PHOTOGRAPH BY KEI WAKABAYASHI

社交場としてのコーチェラ

全体にレイドバックした雰囲気は、もちろん観客のリラックスした様子に負うことは大きいが、やはり、ポログラウンドという会場がもつそもそもの優雅さによるところもある。「砂漠の真ん中で行われるフェス」とはいうものの、実際はかなり設えのしっかりした会場なのだ。考えてみれば、インディオの町、そしてとりわけ近隣のパームスプリングスは全米有数の別荘地として知られており、かのオバマ前大統領もこの地に物件を探しに訪れたともいわれるほどだ。リゾート地ならではの「ハイソサエティ感」が、実はコーチェラの背後にあって、鷹揚さやゆとりを与えてもいるようだ。

実際、コーチェラは、音楽関係者にとっての一種の社交場として機能していることも見てとることができる。「VIPエリア」では、テレビで観たことのあるような顔もちらほら見かけた。また、そうした環境にあやかって、会場の近隣では独自のパーティが、無数に開催されていたようだ。なかでも、際立ったパーティを催したのは、Beats by Dr. Dre(以下Beats)だった。

Beatsは会場から通りをひとつ挟んだ緑溢れる屋敷に居を構え、これまたレイドバックした雰囲気の社交場「Beats House」をこの週末のためにつくりあげた。フリードリンク、フリーフードが振舞われるなか、エリカ・バドゥがDJを務め、ケンドリック・ラマーが「Beats 1」の収録のために訪れ、Charlie XCXの新作PVの撮影も行われ、筆者の至近距離では、あのリック・ロスがにこやかに談笑していた。業界のビッグショットからミュージシャンまで、全世界最高の音楽の祭典を祝うべく、みながコーチェラに顔を揃える。

「ぼくらのルーツは、何よりも音楽にあるからね。この間、ぼくらはスポーツに注力してきたところだったから、今年はコーチェラで、昔ながらの仲間たちと、音楽を祝福するのはいいタイミングだと思ったんだ。この『Beats House』のテーマは『#FORTHELOVEOF』というものなんだけど、音楽への愛をぼくらなりに表現したものなんだ」

そう語るのは、ジェイソン・ホワイト。Beatsでチーフ・マーケティング・オフィサーを務める彼は、しかしながら、この取り組みがブランディングのためのキャンペーンでも、セレブリティ・エンドースメントを誇示するためのものでもない、と語る。

「Beatsと、音楽アーティストたちとの関係を、ぼくらはインフルエンサーを使ったブランディングだとは思ってないんだ。ぼくらはアーティストたちの才能にコミットしているつもりで、それは長い関係性を前提としたものなんだ。ぼくらがコミットしたいと思うアーティストは『自分であることを恐れない』人たちであって、それはBeatsの社是でもある。『Do You』、つまり、『自分をする』『自分である』ことを恐れない人たちとともに、音楽への愛を祝福することが目的で、それをするのにコーチェラ以上にふさわしい場所はないでしょ」

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1/7コーチェラ2017にあわせるかたちでオープンしたBeats Houseの様子。リラックスしたムードのなかに音楽への愛が溢れでる。上の写真はBeats CMOのジェイソン・ホワイト。PHOTOGRAPH COURTESY OF Beats by Dr. Dre

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必然性と意義が、最も大きい声となる

「もちろん、いまアメリカはもちろん世界的にも大きな混乱が起きているなかで、ブランドがどういったメッセージを出していくのかというのは、とても大事なことだとは思っているけれど、Beatsのやり方っていうのは、誰よりも先に、誰よりも大きな声を発していくというものではないんだ。むしろ、ぼくらはメッセージの必然性と意義とを大事に考えている。自分たちがいまどこに立っているのかをきちんと見定めて、語る。昔から親父に言われてきた格言があって、それは『2度測って、1回で切れ』というもので、まさにそのやり方にしたがって出てきたのが『#FORTHELOVEOF』というテーマだったんだ。それが本当に意味あるものなら、結果として、それはみんなに届くというのがぼくらの信念だよ」

「Beats House」は、たしかに人を驚かせたり、ド派手なインパクトを与えるようなものではない。居心地の良さのなかに、じんわりと音楽の楽しみが染み入ってくるような伸びやかな空間で、それはまさにコーチェラの会場の気分ともシンクロしている。

コーチェラの魅力が、商売っ気が決して前面には出てこない鷹揚さにあって(実際スポンサー色が驚くほどになく、ブランドロゴなどはほとんどと言っていいほど目につかない)、だからこそ出演するアーティストも口を揃えて、この場でパフォーマンスすることの栄誉を語るのであれば、そこに「ブランドでござい」の体でしゃしゃり出てくるようなことは興ざめ以外の何ものでもない。主役は、あくまでも音楽。ブランドばかりではない、アーティスト自身もまた、そのことを強くわきまえている。

初日に観たコロラド出身の2人組ユニットTennisは、そういえばステージでこんなことを語っていた。

「私とバンドの相方は、6年前、このコーチェラにお客さんとして来て、ともにレディオヘッドのステージを観ていました。当時私たちはまだ知り合いではありませんでしたが、ふたりの人生がのちに交わってバンドを結成し、そして今年、レディオヘッドがヘッドライナーを務める日に、ここコーチェラで演奏できるなんて感慨深いものがあります」

音楽の遺産は、こうやってひそやかに着実に受け継がれていくものなのだろう。必然性があり、意義のあるものは、結果として、最も大きな声となる。コーチェラは、たしかに、そのことを十分に信じさせてくれる場所ではある。

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PHOTOGRAPH BY KEI WAKABAYASHI

※ 『WIRED』日本版では、Apple Musicのオフィシャルキュレーターとして、さまざまなプレイリストを公開中。下記、毎週更新のプレイリスト「今週のWIRED:Art of Listening Weekly」では、コーチェラの会場から注目曲を追加している。