「ばぁば、もう行かないね」〈年金月22万円・貯蓄1,600万円〉74歳女性…援助を断って初めて気づいた“家族との距離”
子どもや孫のためなら、多少の出費は惜しくないと考える人もいるでしょう。しかし、祝い事や外食代として始まった援助が、いつしか家族の生活費を補うものへ変わることもあります。お金を出すことで保たれていた関係に気づいても、孫と会えなくなる不安から断れない高齢者は少なくありません。
「今月だけ助けて」孫が来るたびに増えていった援助
「お母さん、今度の日曜日に行ってもいい?」
長女の理恵さん(仮名・45歳)から連絡が来ると、真由美さん(仮名・74歳)は朝から買い物へ出かけました。
小学5年生と2年生の孫が好む菓子やジュースを用意し、昼食にはすしを注文します。夕方になると、理恵さん一家を近所の焼き肉店へ連れていくのが恒例でした。
真由美さんは夫を7年前に亡くし、現在は一人暮らし。遺族年金などを合わせた収入は月約22万円、預貯金は約1,600万円あります。住宅ローンを完済したマンションに住み、日常生活に差し迫った不安はありませんでした。
理恵さん一家は車で30分ほどの場所に住んでいます。夫婦共働きですが、住宅ローンや子どもの習い事が重なり、家計には余裕がないと聞いていました。
最初は、孫の誕生日や入学祝いに数万円を渡す程度でした。ところが、理恵さんから「給湯器が壊れた」「車検代が足りない」と相談されるようになります。
「今月だけ助けてもらえない?」
そう言われるたび、真由美さんは5万円、10万円と渡しました。返してもらうつもりはありませんでしたが、数年間で援助額は300万円近くに達していました。
孫が遊びに来る日にも、帰り際になると理恵さんがお金の話を切り出します。
「上の子の塾で、夏期講習代がかかるの。少しお願いできないかな」
孫の前で断れば、楽しかった一日を台無しにしてしまう気がしました。
「ばぁば、今度は水族館に行こうね」
そう言って手を振る孫を見ると、お金を渡したことへの迷いも消えたといいます。
しかし真由美さんも、この先の老後を考えると、これまでと同じように援助を続けられるわけではありませんでした。マンションの管理費と修繕積立金は上がり、家電の買い替えや将来の介護にも備える必要があります。
総務省『家計調査報告(家計収支編)2025年平均結果』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得が月11万8,465円である一方、消費支出は14万8,445円。収入や資産額には個人差がありますが、平均では毎月の収支が赤字となり、貯蓄の取り崩しを伴う生活になっています。
真由美さんは、自分の年金額が平均より多いから大丈夫だと思っていました。それでも、家計簿を確認すると、娘一家への援助や外食費を含め、年間100万円以上を預金から取り崩していたのです。
「お金はもう渡せない」…翌月から鳴らなくなった電話
転機になったのは、理恵さんから30万円を求められたことでした。
「下の子の歯の矯正を始めたいの。お母さんの貯金から出してもらえない?」
真由美さんは、治療の必要性や総額を尋ねました。しかし、理恵さんは詳しく説明せず、「孫のためなのに」と不機嫌になります。
「これまで渡したお金もあるし、これからは自分たちで払ってほしい。お金はもう渡せない」
真由美さんが初めてはっきり断ると、電話の向こうはしばらく無言になりました。
「分かった。もう頼まない」
その週末、理恵さん一家は来ませんでした。翌週も、その次の週も連絡はありません。
真由美さんから「遊びに来ない?」とメッセージを送ると、理恵さんは「予定がある」とだけ返信しました。
約2ヵ月後、偶然電話に出た上の孫が言いました。
「ママが、ばぁばのところはもう行かないって。ばぁば、もう行かないね」
孫は聞かされたことをそのまま話したのでしょう。それでも真由美さんは、返事ができませんでした。
「孫に会いたくてお金を出していたつもりはありません。でも、断った途端に誰も来なくなって、結果的には同じことだったのかもしれません」
寂しさに耐えられず、30万円を振り込もうと考えたこともあります。しかし、それで再び訪ねてきたとしても、「会いに来た」のか「援助を受けに来た」のか分からなくなると思い、思いとどまりました。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、65歳以上人口に占める一人暮らしの割合は2025年に男性18.3%、女性25.4%と推計されています。家族が近くにいても交流が少なければ、孤立感を抱える可能性があります。
真由美さんは、地域包括支援センターが開く高齢者向けの交流会を紹介され、月2回参加するようになりました。地域包括支援センターでは、高齢者の生活に関する総合相談や権利擁護などを行っています。
今でも、孫の誕生日にはカードを送ります。ただし、現金は同封しません。理恵さんから返信はなく、以前のようなにぎやかな週末は戻っていません。
それでも真由美さんは、孫に会うために預金を取り崩す生活には戻らないと決めています。
「静かになりましたよ。日曜日になると、今でもインターホンが鳴る気がします。でも、お金を渡さなければ続かない関係を、老後の支えだと思うことはできません」
家族への援助は、大切な支えになる一方で、その境界線が曖昧になると、関係そのものに影響を及ぼすこともあります。だからこそ、無理のない範囲で支え合える関係を築くことが、長く家族と向き合うためには欠かせないのかもしれません。
