「実業家爆破負傷事件」の容疑者が突然死亡……戦争の裏で浮き上がるウクライナの陰影
プーチン関与を思わせる殺人群
拙著『プーチン3.0』の55頁に、下に示した「[表2-1] 21世紀における海外での殺害(未遂を含む)」を掲載した。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が関与している可能性のある数々の殺人事件である。海外で殺害事件を起こすというのは、各国の国家主権を歯牙(しが)にもかけない暴挙と言える。これだけをみると、プーチンが相当の「悪人」であると思われても仕方ないだろう。
だが、同じような殺害事件を起こしている可能性のある政治家は世界中にいる。たとえば、インドのナレンドラ・モディ首相には、スパイ機関である調査分析局(RAW)がある。2024年4月29日付の「ワシントンポスト」(WP)の長文記事「米国国内で企てられた暗殺計画が、モディ政権下のインドの暗い側面を暴露している」には、2023年6月22日に「インドの指導者が米国からの称賛を浴びていたまさにその瞬間、インド情報機関のある将校は、米国在住のモディ首相に対するもっとも声高な批判者の一人を殺害するよう、雇われた暗殺チームに最終的な指示を伝えていた」と書かれている。この情報機関こそRAWだ。
この記事は、WPの調査報道であり、この記事のために、ポスト紙の記者はニューデリー、ワシントン、オタワ、ロンドン、プラハ、ベルリンで、当局者、専門家、標的となった人物に何十回ものインタビューを行った。その結果、「米国とカナダにおけるインドの暗殺計画は、他国で保護を求める反体制派に対する侵略の波の拡大の一部」であり、彼らの母国政府、インドは、「これらの国の主権を無視し、政敵を鎮圧するために国境を越えて諜報員を送り込むことをますます厭(いと)わなくなっている」とのべている。モディが直接命令したかどうかは定かではないが、きわめて怪しいと言えるだろう。
同じ穴の貉(むじな)?
最近になって、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領も同じ穴の貉(むじな)であることを疑わせる事件が起きた。
モナコで6月29日の夕方、爆発が発生した(下の写真を参照)。住宅の一棟のロビーで、爆弾が爆発したのだ。公式情報によると、50歳から60歳の男女1人ずつ、および「彼らと関係のある」13歳の少年のほか、近隣住民の合計5人が負傷した。後に、ウクライナ人実業家ヴァディム・エルモラエフと13歳の息子、そして実業家の同伴者アンナ・ナソビナ(元ドニプロペトロウシク州検察庁第一副検事長の娘であり、社交クラブ「Club Éclectique」の共同設立者の一人)をねらった犯罪であるとわかった。
世界中の富豪が安全に暮らせると評判のモロッコで起きた事件に、当局は事件解決を急いだ。7月3日には、モナコ当局はウクライナ人のアナスタシア・ベレゾフスカ(ベレゾフスカヤ)を容疑者として特定し、国際逮捕状およびインターポール(国際刑事警察機構)の指名手配を発行した(下の写真を参照)。
同日付の「ニューヨークタイムズ」(NYT)によると、モナコ副検事のモーガン・レイモンドは、海辺のレストランでの夕食後、自宅へ歩いて帰っていた実業家、女性、および子供の3人を殺害しようとした疑いがあるとのべたという。インターポールの指名手配書によると、ベレゾフスカは殺人未遂、犯罪的意図をもって公道に爆発物を設置した罪、および共謀罪で告発されていた。レイモンドによると、彼女は襲撃の数日前から、しばしば男性に扮して被害者らの住居を張り込んでおり、その後フランスとイタリアを経由してドイツへ逃亡したという。
殺人容疑者が遺体で発見
ところが、事件は急展開をみる。ウクライナ当局が7月7日、右腕には蛇のタトゥーがあるとされるベレゾフスカ容疑者が遺体で発見されたと発表したのだ(下の写真を参照)。
同日付のNYTは、ウクライナ検察庁によると、ウクライナの捜査当局は、ベレゾフスカさんが7月1日にウクライナに戻った後、家族や2人の男性と連絡を取り合っていたことを突き止めた。 さらに、検察庁によると、捜査当局は、この2人の男性が暗号通貨や銀行口座を通じてベレゾフスカに繰り返し送金していたことを把握しており、その結果、この2人はモナコでの襲撃事件の共犯者である可能性があるとみられ、捜査の対象となっていたという。その結果、情報機関の職員への事情聴取をきっかけに、当局は犯行現場の再現調査を実施し、それがベレゾフスカさんの遺体発見につながった。女性は頭部を銃撃されて死亡していた。
ウクライナの情報によると、拘束されたのは、ウクライナ国防省情報総局(GUR)の職員と元法執行官だった。殺害を自供したGURの職員は、ベレゾフスカと接触し、上層部に報告することなく自らの判断で彼女に送金していたと供述した。元法執行機関職員の自宅からは、拷問室のような地下室が発見された。
ほかにも、エルモラエフへの殺害未遂の依頼料として、依頼主側が15万ドルを支払ったという情報もある。
恨みを抱く人々
命をねらわれたとみられるヴァディム・エルモラエフに対して、ウクライナの国家安全保障・国防会議は、2023年に制裁を発動した。その理由は、クリミア併合後、ヴァディムが同半島における事業の一部をロシアの法律に基づいて再登録し、経営を継続していたからだった。クリミアでは、「Villa Krim」、「ジャン=ジャック」、「Klinkov」といったブランド名で、ワインやコニャックの大規模な製造事業を展開していた。
ただし、エルモラエフからみると、この制裁は、ゼレンスキー政権が彼のこうした資産を接収し、簒奪(さんだつ)する試みにみえた。制裁発動後、資産は凍結され、関連するライセンスは取り消されるからである。メディアの報道によると、エルモラエフは資産を制裁の対象から外すため、複数の法人の名義を変更し、対抗してきた。このような状況下では、所有権を巡る紛争が発生する可能性は排除できず、その紛争には当局や治安機関の代表者が積極的に関与していた可能性を浮かび上がらせる。
より深刻なのは、息子アルトゥール・エルモラエフをめぐる問題だ。彼は、ドニプロを拠点に長年にわたり活動し、ロシア国民だけでなくEU諸国の住民をも騙してきた詐欺コールセンター「Cosmo」のネットワークを支配していたとみられている(「ストラナー」を参照)。父ヴァディムは、これらのコールセンターが設置されていたオフィススペースの受益者であったとされている。
昨年末、アルトゥールはインターポールの要請に基づき、キプロスで拘束され、エストニアへ身柄を引き渡された。エストニアの捜査当局の調べによると、アルトゥールは3人の共犯者と共に、ウクライナで詐欺コールセンターのネットワークを構築し、EUの住民に実在しない投資機会を提案していたという。
捜査当局は、2019年から2022年にかけて、この詐欺スキームの参加者らが1億ユーロ(1ユーロ≒185円、以下同)以上を詐取し、そのうち540万ユーロはエストニアの住民から騙し取ったと主張している。今年5月、アルトゥールは捜査当局と司法取引を結び、執行猶予付きの判決を受け、850万ユーロを支払った後、エストニアへの再入国禁止措置を課されて同国を離れた。
こうした過去の出来事から、エルモラエフ父子に恨みをいだく人物は多いとみられている。
なぜ彼女は帰国したのか
紹介した殺傷および殺害事件には、いくつかの謎が残されている。第一に、殺傷を依頼したのはだれかという謎がある。GRU職員が関係していたことが事実であるならば、元GRU長官だったキリル・ブダノフ現大統領府長官にとって打撃になるかもしれない。
彼は、大統領候補者として名前の挙がる有力政治家の一人にまでのし上がった人物であり、敵が多く存在しても不思議ではない。ウクライナ政府の中枢にいる人物が、海外の国家主権を侵害して殺傷事件をもくろみ、その犯人の口封じのために殺害させた可能性がある。
第二の謎は、あまりに簡単に実行犯が特定され、その実行犯の口封じをはかった犯人もあっけなく捕まってしまったという経緯である。そもそも、一度ドイツに逃げたベレゾフスカが、なぜウクライナに帰国したのかも不可思議だ。ドイツにいたほうがウクライナに戻るよりもずっと隠れやすいような気がする。それにもかかわらず、帰国したのは、GRUのような諜報機関による庇護を確信していたからなのだろうか。もしそうであれば、相当に高い地位の人物からの依頼に基づく殺傷事件であったのかもしれない。そして、ベレゾフスカは自分がまさか殺されるとは微塵(みじん)も思っていなかったことになる。
少なくとも、現段階でゼレンスキーと今回の事件を直接結びつける情報はない。だが、ウクライナ政府に関係する者が殺傷事件を委託し、実行犯を口封じしたという可能性はある。そう考えると、ゼレンスキーもまた、プーチンやモディと同じ貉だという疑いも浮上することになる。
わかってほしいのは、こうした振る舞いを他国で行うウクライナの傍若無人さだ。代理戦争にかりたてられているウクライナは、他国の主権侵害をしてもかまわないとでも思っているのだろうか。私からみると、プーチンもモディもゼレンスキーもみな、権威主義的で非民主主義的な指導者にしかみえない。
【こちらも読む】『実はいま、ロシアで「ウクライナ戦争終戦」に向けたシナリオ作りが始まっている…日本人が知らない具体的な中身』
【こちらも読む】実はいま、ロシアで「ウクライナ戦争終戦」に向けたシナリオ作りが始まっている…日本人が知らない具体的な中身

