(※写真はイメージです/PIXTA)

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「うちの親はまだ元気だから大丈夫」と思っていても、介護の始まりはある日突然、なんの前触れもなくやってきます。本記事では、親の介護の事前準備不足と兄妹間の溝が原因で、退院直前に途方に暮れてしまった事例をもとに、要介護になる前にやっておくべきだった4つのことについて、CFPの山粼裕佳子氏が解説します。

40歳で出戻り…母娘の穏やかな「二人暮らし」

「あ〜、もう、今まで何もしてこなかったのに口出ししないで!」

キヨコさん(仮名・57歳)の語気が強まります。口論の相手は、実兄のシゲルさん(仮名・60歳)です。

キヨコさんとシゲルさんは幼少期から仲のよい兄妹ではなく、思春期になるころには会話もほとんどありませんでした。

シゲルさんは、25歳のときに結婚して実家を出ています。一方で、キヨコさんは30歳のときに一度結婚しましたが、40歳のときに離婚。それを機に実家に戻りました。

以来、キヨコさんは母・タエコさん(仮名・87歳)と二人暮らしを続けてきました。近所でも評判の仲のよい母娘でした。

残された資産1,000万円と、徐々に実感する「老い」

タエコさんは、控えめで優しく働き者。48歳のときに夫を心筋梗塞で突然亡くして以来、60歳まではスーパーで働き家計を支えました。

月9万円の遺族年金を受給していましたが、当時、家のローンが残っており、高校と大学に入学したばかりの子供の教育費も必要だったのです。

60歳でスーパーを退職。そこからの収入の柱は、自分の年金と遺族年金で月15万円ほど。ただ、その後もしばらくは、「何もしないとボケちゃうから」といって、コツコツ内職をしていました。

その甲斐もあり、定期預金は1,000万円になっていました。ただ、子どもたちに自分の資産の話をしたことはありませんでした。

タエコさんは、80歳を過ぎても持病もなく、病院とは無縁の生活でしたが、最近は足腰が弱ってきているのと、物忘れが多くなってきたと感じていました。

年金支給日の悲劇…「ただの尻もち」が生活を一変

その日は年金支給日でした。タエコさんは運動を兼ねて、徒歩20分の場所にある銀行へ出かけるのを恒例としています。

ところがその帰り道、家まであと100メートルというところで、小さな段差に足を取られ派手に尻もちをついてしまったのです。幸いなことに、通りかかった近所の人がタエコさんを家まで送り届けてくれました。転んだ直後は、恥ずかしさや申し訳なさで、痛みはそれほど感じなかったそうです。

しかし翌朝、起き上がろうとすると激痛が走り、布団から自力で出ることができなくなっていたのです。

キヨコさんが付き添って病院を受診すると、圧迫骨折しているとのことで、医師からは「しばらく安静に」といわれました。当分は、ベッドの上で生活を送ることになりそうです。

トイレに歩いていくこともできないタエコさんを見て、途方に暮れたキヨコさんは数年ぶりに、疎遠だったシゲルさんに連絡をしました。

「入院させるしかないだろ」母の介護方針で揉める兄妹

経緯を聞いたシゲルさんは、「しばらくの間、入院させるしかないだろ……」といい放ちました。

それに対して、「お母さん、かわいそうじゃない。入院なんて初めてだし、心細いと思うわ」と反発するキヨコさん。

しかしシゲルさんは、「そんなこといったって、トイレにも行けないんじゃ、日中一人にしておくこともできないだろ」と一蹴します。

あまりに冷酷で当事者意識のないその言葉に、キヨコさんは絶句してしまいました。

キヨコさんにも仕事があり、タエコさんにずっと付き添うわけにはいかなかったため、仕方なくシゲルさんの意見に従うことに。タエコさんが歩けるようになるまで、入院してもらうことにしたのです。

迫る退院、未定の介護プラン…埋まらない「兄妹の溝」

本来であれば、入院中に兄妹で今後の介護の方針についてしっかりと話し合う必要があったのですが、長い間のコミュニケーション不足によりお互いの想いと意見のすれ違いが露呈します。

まずは入院費の支払いについてです。シゲルさんは、母・タエコさんのお財布から払うのだろうと考えていたのですが、キヨコさんはタエコさんの通帳を預かっていないとのこと。仕方なく、兄のシゲルさんが3万円ほどを立て替えることになりました。

次に、退院後のタエコさんの介護方針について。「自宅介護」を主張するキヨコさんと、「施設入所」をすすめたいシゲルさんの話し合いは平行線です。

そして、リハビリ病院に転院して入院から2ヵ月が経過。タエコさんはリハビリテーションに励んでいますが、今のところ以前のように歩くことが難しい状況です。加えて、入院中に認知症の症状が進行してしまいました。

しかし、「入院で行える治療はこれ以上ない」ということで退院を迫られています。

病院のケースワーカーの勧めで介護認定の申請はしていますが、まだ認定は下りていません。今後の介護プランは未定という状況です。

【CFPが解説】親が要介護になる前に「やっておくべきだった4つのこと」

今回のような事例は珍しいことではありません。親が健康なうち(要介護前)に進めておくべきだったことをFP視点でまとめました。

1.親の財産状況の「見える化」

介護が始まると、医療費、介護サービス費、リフォーム費、あるいは施設入居費など、まとまったお金が必要になる場面があります。

「突然くるそのとき」の前に親の通帳の保管場所、預金額、年金の受給額、実家不動産の名義などを親に聞くなどしてあらかじめ確認しておくことをおすすめします。親の財産が不明だと、子供が身銭を切ることになり、のちに兄妹間で「どちらがいくら出した・出さない」のトラブルになりかねません。

2.認知症に備えて財産管理の仕組みづくり

金融機関は本人の認知能力が低下したと判断すると、詐欺被害防止のために口座を凍結します。そうなると、たとえ実の子どもであっても、親の口座から入院費や介護費などの必要資金を引き出すことができなくなります。
いったん、口座が凍結されてしまうと、通常「成年後見制度」を利用しなければならず、凍結解除まで数ヵ月かかることも珍しくありません。

回避策としては、金融機関に事前に「委任状の提出」や「代理人カードの作成」などをして、子どもが預金を引き出せる環境を整えておくことが有効です。ただし、この手続きは本人の認知機能が低下する前にする必要があります。また、金融機関が本人の認知能力の低下を知ったあとは、口座が凍結されてしまう恐れがあるので、注意してください。

3.親の意向を確認して介護方針を決めておく

妹・キヨコさんは「後悔したくないから在宅で見たい」、兄・シゲルさんは「現実的に無理だから入院・施設」と、初期段階で意見が割れています。

「もし介護が必要になったらどこで暮らしたいか、どんな医療を受けたいか」を、ある年齢になったら親本人を交えて話し合っておくべきでした。 

親の本心がわからないまま介護が始まると、キーパーソン(今回の場合、同居のキヨコさん)に負担が集中し、離れて暮らすシゲルさんが口だけを出すという、まさに今回の事例のような最悪のコミュニケーション不全に陥ります。「お母さんがこう望んでいた」という指針があれば、兄妹間も同じ方向を向きやすくなります。

4.介護者の「仕事と介護の両立計画」

「まだ、元気だから大丈夫……」と思っていても、ある日突然その日がやってくる可能性は誰にでもあります。いざというときのために、勤務先の「介護休業制度」や「介護休暇」の規定を確認しておきましょう。

親の介護のために仕事を辞めるのは極力避けるようにしたいです。50代後半での離職は自分自身の老後資金に大きな打撃となる恐れがあります。仕事は辞めず、介護保険サービスをフル活用して仕事と介護を両立する方法を模索してください。

一人で抱え込まずに「使えるものは使う」という心構えが大切です。

不仲でも避けては通れない、親の介護という「プロジェクト」

過去を悔やんでも時間は戻りません。キヨコさんがシゲルさんに感情的にぶつかってしまうのは、「一人で抱え込む不安」の裏返しかもしれません。

兄妹仲、親子仲がよいに越したことはありませんが、さまざまな事情で折り合いが悪い家庭も多く存在します。しかし、いざ親の介護に直面したとき、介護の件だけでも協力関係を築けないとお互いが苦しく、何より当の本人に不利益が生じてしまいます。

介護は終わりが見えない長距離走です。「不仲だから」と対話を避けるのではなく、感情はいったん横に置いておき、「親の介護というプロジェクトを共同経営するビジネスパートナー」と割り切って考えることも大切かもしれません。

お金の現状と介護プランを事務的・論理的に共有し、報告・連絡・相談を徹底する。一見するとドライと思える割り切りこそが、親にとって、そして介護者にとっての最善策を見つける鍵になるのではないでしょうか。

山粼 裕佳子
FP事務所MIRAI
代表