「昭和の肉じゃが」は、こうやって作っていた…“いにしえのレシピ”から読み取る「味付けの意外なポイント」〉から続く

 煮物は強火厳禁、弱火でコトコトが鉄則――そんなイメージもあるが、実際のところはちょっと違うようだ。

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 人気料理研究家・樋口直哉氏の新著『日本の定番料理10の謎 ポテトサラダはなぜ「おかず」になったのか』(NHK出版)から、文献として確認できる中で“最古の肉じゃがレシピ”とされるものを基に、煮物の火入れに関する「真理」をお届けする。


煮物=弱火でコトコトのイメージもあるが…… ©LIELOS/イメージマート

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昭和のレシピから「煮物の真理」を考えてみると……

肉じゃが――尚道子=『きょうの料理』1964年5-6月号
材料 (5人前)
新じゃがいも 500g、牛細切れ(または並肉) 200g、
新玉ねぎ(中)3コ、新にんじん 150g、さやえんどう 少々、油 大サジ3
〔調味料〕 砂糖、みりん、しょうゆ、化学調味料

1:じゃがいも、にんじんはひと口大に切る。
2: 玉ねぎは8つ割りにし、さやえんどうはすじをとり、さっと色よくゆでる。
3: なべに油を熱し、牛肉をいため、色がかわってきたらじゃがいも、にんじん、玉ねぎを加え、十分油がまわるまでいためる。
4:3に砂糖大サジ2、みりん大サジ2、しょうゆ大サジ4〜5、化学調味料少々を加え、ふたをし、時々なべ返しをしながら強火でじゃがいもが柔らかくなるまで煮る。
5: 器に盛り、さやえんどうを散らし、あたたかいうちにいただく。

ポイント
新じゃがは強火でいっ気に煮た方がおいしい。
さめたものをあたためなおしたものは、実がかたくなって味が落ちる。

 レシピには強火で煮るよう指示があります。少ない水分と調味料と食材を強めの火にかける調理法は日本料理の世界で「煮転がし」と呼ばれ、里芋の煮っころがしなどが代表的な料理です。表面に濃い味付けをし、まだ味が入っていない部分と一緒に食べることでちょうどいい塩梅になるところにおいしさがあり、尚さんのレシピは「肉入りの煮転がし」と言えなくもありません。

 強火で煮ることはポイントでも強調されていますが、「新じゃがは強火でいっ気に煮た方がおいしい」のはどうしてでしょうか。これはじゃがいもの「軟化」という現象と関わってきます。そもそもじゃがいもがやわらかくなる、あるいは火が入る、とはどういうことかというところから考えていきましょう。

「弱火でコトコト」は間違いなのか?

 じゃがいもはデンプン粒を含む何万個もの細胞で構成されています。細胞同士はペクチンとセルロースという物質でできた細胞壁でつながっていて、加熱するとペクチンが溶け、デンプンは水分を吸収して膨張し、粘りのある糊(ゲル)を形成して細胞内を満たします。

 今回の肉じゃがに使われているにんじんや玉ねぎといった野菜にはデンプンはありませんが、ペクチンとセルロースで細胞を構成している点は同じで、これらの野菜に「火を通す」とはペクチンを溶かし、細胞同士のつながりをゆるめ、やわらかくすることです。

 上のグラフは「野菜の最適加熱時間の予測」という論文から引用したもの。この論文では11種類の野菜を選んで、タイトル通りに野菜ごとに「何分煮るのがちょうど良いか?」を実験しています。縦軸にある数字(0.80や0.76)と点線は「野菜がちょうど食べ頃のやわらかさ」になったことを示しています。

 このグラフからじゃがいもは95℃以上で加熱しなければ、やわらかくならないことがわかります(隣のにんじんは90℃でも時間をかければやわらかくなることもわかります)。

 見過ごされがちなポイントがもう1つ。多くの野菜で50〜80℃、特に60〜70℃で加熱すると酵素の働きなどで細胞壁を構成しているペクチンが硬くなるのです。この現象を「ペクチン硬化」と言います。これは植物が細胞死から自分の身体を守るための現象と考えられ、一度硬くなったペクチンは再びやわらかくはなりません。

 通常の加熱調理ではいつも軟化と硬化の両方が同時に起こっています。加熱していくと食材の温度はかならず50〜80℃の温度帯を通過するからで、この時間が長いほど硬化現象が強く見られます。つまり、弱火でゆっくりと加熱=50〜80℃の温度帯を長く通過させるとじゃがいもがやわらかく煮えないのです。これが強火で煮たほうがおいしい、という理由です。

「煮物が苦手で野菜が硬くなりがち」という人は焦げるのを恐れて水を足したり(せっかく上がっていた温度が下がります)、弱火に落としたりしている可能性があります。その点、強火で一気に煮上げる尚さんのレシピは理にかなっているのです。

(樋口 直哉/Webオリジナル(外部転載))