●レスラーが抱える感情をしっかり映し出すことを意識

1980年代にカリスマ的人気で女子プロレス旋風を巻き起こしたダンプ松本の知られざる物語を描くNetflixシリーズ『極悪女王』(9月19日より世界独占配信中)。本格的な肉体改造と長きにわたるプロレス練習によって、プロレスシーンもほぼすべて自ら熱演したゆりやんレトリィバァ、唐田えりか、剛力彩芽らに感嘆と称賛の声が相次いでいるが、総監督を務めた白石和彌氏も彼女たちの本気度に驚かされたという。白石監督にインタビューし、本作に込めた思いや制作の裏話を聞いた。



様々な代償や葛藤を抱えながら最恐ヒールに成り上がっていくダンプ松本を演じたのはゆりやんレトリィバァ。クラッシュ・ギャルズを結成し国民的アイドルレスラーへと駆け上がる長与千種とライオネス飛鳥は、唐田えりかと剛力彩芽がそれぞれ演じた。プロレスシーンの再現度に驚きの声が上がっているが、プロレススーパーバイザーとしてすべてのプロレスシーンの指導に入った長与も「昔の自分たちを見ているよう」と唸るほど。セットや衣装、小道具なども忠実に再現し、当時の熱狂を蘇らせた。本作は、9月29日時点で10日間連続で日本の「今日のTOP10(シリーズ)」において1位を獲得。さらには「Netflix週間TOP10(シリーズ)」でも1位スタートを切った。

――まず、本作の制作において特に監督が大切にしていたことを教えてください。

80年代に全女(全日本女子プロレス)が日本を熱狂させていた、その熱量をどう失わずに作り込んでいけるかということを一番大事にしていました。ダンプ松本、クラッシュ・ギャルズをはじめとする当時のレスラーを再現していくわけですが、再現するだけではなく、彼女たちの良さを生かしながら、どう熱狂をドラマにしていけるかということを考えました。

――再現するだけではなく、彼女たちの内面もしっかり映し出すということでしょうか。

そうですね。ドラマをどう見せていけるか。試合がたくさん出てくるので、漠然と試合を見ているとまた同じことをやっているなという風に見えてしまうところを、戦っている人たちが抱えているその時の感情をちゃんとストーリーとして見せていけるといいなと思い、試合の前後もしっかり描くようにしました。







――プロレスを題材に実際に起きたことを作品にする難しさややりがいをどう感じましたか?

当時、彼女たちはたぶん年間250試合〜300試合ぐらいやっていたと思いますが、それを全部描くことは無理なので、ぎゅっと感情をつなげて描かなければならず、それは難しかったです。あと、彼女たちは反目し合いながら戦っていくけれど、もともとは同期で親友で、同じ釜の飯を食べていた修行時代があったわけで、そこを物語としてどう帰結させるかというのもすごく重要なテーマでした。

――彼女たちの関係性に惹かれた部分が大きかったということでしょうか。

そうですね。『極悪女王』というタイトルでダンプ松本を描こうとなった時に、ダンプ松本がめちゃくちゃなことやって日本中から嫌われて、それでも自分なりの生き方で生きていくという話になるのかなと思っていましたが、いろいろ取材していくと、すごくピュアな少女たちがプロレスを武器に何かと戦っていくという話に変わっていき、そっちの方が青春感があっていいなと思いました。プロレスの話ですが、みんなが抱えている物語にできるといいなという思いもあり、見てくださる方たちが「私も戦おう」という風になるといいなと。

――ドラマ部分をしっかり描かれたということですが、あくまでも事実に基づいて?

もちろんドラマとして創作した部分はありますが、基本的には事実に基づいて作りました。



○ゆりやんら驚異の肉体改造「ここまでやってくれると思ってなかった」

――ゆりやんさんをはじめとするキャストの皆さんの並々ならぬ努力も感じられますが、彼女たちにはどのようにリクエストされていたのでしょうか。

オーディションの段階で、「こういう題材なので鍛えないといけないし、プロレスも練習しないといけないし、それでも大丈夫ですか?」という話をして、「やります」「やりたいです」という返事をいただいて、お願いしたという感じです。体重は、何キロぐらいにしようかと、それぞれ目標を決めて話をしていきました。ゆりやんの場合は、トレーナーの方が1カ月で増やす限界値を決めて、急に増やしすぎると病気になるリスクも上がってしまうので、定期的な検査や、増えすぎたらストップをかけたりしながらやっていました。

――40キロ増量されたゆりやんさんをはじめ、皆さん見事にプロレスラーの肉体を手に入れられましたが、その変化をご覧になってどう感じましたか?

ここまでやってくれると思ってなかったですし、本人たちも思ってなかったと思います。やっていくともう一歩先に行きたいと、みんな欲が出てきて、結果こうなったのだと思います。

●ゆりやんらキャストのプロレスの上達ぶりに驚き



――プロレスシーンも最終的にほぼ吹き替えなしでキャストご本人が演じられたそうですね。

長与さんたちの指導のもと、できることを少しずつ増やしていって、できる範囲の中でやっていこうと。できない技を取り入れたい時は、吹き替えを使いながらやっていこうと決めていましたが、結果的にほぼほぼみんな自分でやっていました。1年ぐらいかけて撮影し、クランクインした時は新人時代ですが、クランクインしてからもずっとジムや道場に通って練習しているので、半年経つと「こんな技ができるようになりました」って、みんな成長していくんです。話を追うごとに彼女たちのプロレスも高度になっていて、成長している感があると思います。

――成長ぶりに驚かれましたか?

驚きですよ! 「こんなのできるの!?」と。当時の写真と並べた写真がありますが、「同じじゃん」と思いました(笑)



――キャストの方々がプロレスの練習は部活みたいだったとおっしゃっていますね。

レスラー役は10人いて、みんなで道場に通って練習して、本当に部活のようでした。僕が見に行った時も、ゆりやんだけ何かの技ができなくて号泣していて、みんなが「大丈夫だよ!」「できるよ!」「もう1回やってみよう!」って。それでうまくいったらみんなで喜んで、一緒に泣いてあげたりとかしていて、僕が入る隙間ないなって(笑)。特に言うことないので、どうぞそのまま続けてくださいという感じでした。

――練習で培われたチーム感がそのまま映像に。

そうなんです。セコンドの人がサポートする姿なんて、もう芝居じゃなくて、普通に水を渡したり、「タオルいる?」とやってあげたりしているから、あの一体感は何なんだろうと。想像以上にリアルになって、ここまでになるとは想定してなかったですね。10人もいたらギスギスすることもあるのかなと覚悟していたんですけど、本当にそういうこともなくて。だからプロレスのシーンは長与さんと流れとかプランは考えましたが、長与さんと俳優部みんなで作ってくれたものを毎回プレゼントされていたという感じです。

――試合のシーンでは、キャストの方たちにどのような演出をされたのでしょうか。

試合のことに集中しすぎてしまうと、今どうやって見せるのかというところがおろそかになっていくので、一個一個、歌舞伎の見得を切るじゃないですけど、そういうのをポイントポイントで作りたいと話して、長与さんたちと相談しながら作っていきました。殴られて痛がっている顔を少し長めにやってもらったり、負担にならないところで、芝居としてそういう場面を作るようにしました。

――フォークなどで刺されているのも、本当に刺されている感じですし、リアルさに驚かされました。

本当にそう見えるでしょ?(笑)。刺しても痛くないゴム製のものを作ったり、刺した後は血のりを流したり、映画的な手法でやっていますが、当時は本当に血が出るくらい刺していたと思うので、びっくりですよね。

――バイオレンスな作品を多く手掛けられてきた白石監督の経験が生きているわけですよね。

そうですね。そういった手法を使いつつ、これまでとは違うピュアな作品になったと思います。





○「これほどの熱量の作品はもう二度とできないと思います」

――ゆりやんさんが演技中に怪我をされ、撮影が中断した時期もあったそうですが、その後、どのように撮影を進められたのでしょうか?

3話まで撮り終わって、編集も進めている中で、すごく手応えもあったし、彼女たちも本気で体を作って挑んでいたので、どのタイミングでどうするのがベストかという話でした。僕もスケジュールが入っていて、再開後にべったり現場に付くことができないというのが一番問題で、彼女たちは鍛えた体をキープしないといけないから、1年も2年も待てない。だから、僕が行ける時は当然行くけど、茂木(克仁)監督と2人で作っていくという提案をしたら、みんな賛成してくれたので、そういう体制で撮影を再開しました。

――中断前後で変えたことがありましたら教えてください。

もちろんケガをしないように細心の注意を払ってやっていましたが、本番になると気合が入りすぎて受け身が深く入ってしまったりするので、そこは冷静にやろうと。そして、回数をできるだけ減らすということも、話し合って決めました。とはいえ、ここまで頑張ってきて、プロレス自体を縮小化して無難なものにしすぎるのもよくないので、何ができて何ができないかということを長与さんたちともう1回整理して、吹き替えにするところは勇気を持って吹き替えにしようという判断もしました。

――80年代の熱狂を見事に再現された本作。監督はどんな人たちにどのように楽しんでもらいたいと考えていますか?

エンタメとして作っているので、誰が見ても面白いと思いますが、何者でもない少女たちがプロレスを手に入れたことによって、松永兄弟の全女や、テレビ局などに反旗を翻していくという、熱く戦っている姿は、衝撃を受けると思います。小学生や中学生にも見てほしいですね。衝撃的なものを見たけど、なんかグッと来たという感じになってほしいなと。「私も何かやりたい!」と、そういう衝動や熱量がある作品だと思うので。

――特に注目してほしいシーンを挙げるとすると?

やはり試合ですね。コスチュームも当時のまんま再現していたり、凝りに凝っているので。そして、彼女たちの頑張り……ここに至るまでどれだけ努力したんだろうと、想像してもらえたらそれだけで胸アツになると思います。僕も未だに見直すと「どうやってこんなことができるようになったんだろう」と思うので。これほどの熱量の作品はもう二度とできないと思います。

■白石和彌

1974年12月17日生まれ、北海道出身。道内の映像技術系専門学校を卒業後、95年に上京し、中村幻児監督主催の映画塾に参加。講師の一人だった若松孝二に師事し、映画『17歳の風景 少年は何を見たのか』(05)ほかの助監督を務め、行定勲、犬童一心の作品に参加。10年に『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編監督デビューし(共同脚本も兼務)、第2作『凶悪』(13)で新藤兼人賞金賞など多数受賞。『日本で一番悪い奴ら』(16)で綾野剛、『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)で蒼井優、『孤狼の血』(18)で役所広司と松坂桃李に日本アカデミー賞をもたらせ、自身も多数の監督賞を受賞。『止められるか、俺たちを』(18)と『サニー/32』(18)でも監督賞を受賞。11月1日には名脚本家・笠松和夫の遺稿をもとにした『十一人の賊軍』が公開される。