“遺体なき殺人事件”に秘められた、悲しき真相とは… 人気警察小説「二係捜査」シリーズ最新刊!

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 どんなに自己分析できているつもりでも、自分に何が向いているかなんて、実際のところは始めてみなくちゃわからない。だけど就職してから「やっぱり向いてなかった」と思っても、簡単に転職できる人ばかりではないし、結婚したあとに「やっぱり無理だった」と思っても、控えめに言って地獄である。『潜伏 二係捜査(4)』(本城雅人/角川文庫/KADOKAWA)で起きる事件は、そんな、己を知らなかったがゆえに起きた悲劇が重なった結果であるような気がする。

永田町を裏で操るひとりの新聞記者。昭和のフィクサーをめぐる政界とメディアの闇を描いた『キングメーカー』

 主人公の一人は、警察官の信楽京介。家庭の事情で進学をあきらめ、「正義感が強いから警察官になったらどうだ」という教師の言葉に従ってみたものの、教官や巡査から「覇気が見られない」とどやされ続け、未然にテロを防ぐ快挙を果たしたものの、現場の凄惨さに耐えきれず毎回トイレに駆け込む始末。退官を視野に入れ始めたころ、命じられた異動先が捜査一課の殺人二係。遺体なき殺人事件――明らかな容疑者はいないが不審な行方不明を遂げた人物の事件を調査するという、果てのない地道な仕事である。

 そんな信楽のもとに持ち込まれた、とある事件。もう一人の主人公で新聞記者の滝谷亮平は、かつて取材協力者として親しくしていた橋本という老人が、認知症で徘徊した末、行方不明になったという。一度出された行方不明届は撤回されたものの、橋本の家は売りに出されて、すでに空き家。一連の流れに関わっている男は橋本の息子だというが、長期入院中のはずである。事件というにはちょっと弱いが、何かあると睨んだ滝谷は、同僚の女性記者たちの紹介で信楽に接触するのだが……というのが、本作のあらすじ。

 信楽と滝谷は事件を追ううち、ある女性が関わっていることを知る。中盤から、その彼女の視点も織り交ぜながら物語は進んでいくのだが、彼女の抱えていたものが明かされていくうちに、ひどく切ない気持ちになった。これといって情熱を燃やせるものもない……というより、心が動かされるまでにかなり時間がかかる彼女は、コミュニケーションもへたで、誤解されやすい。それでも懸命に、目の前にあるものに対し誠実に対応しようとしていたはずが、悪い方へ悪い方へと事態が転がっていってしまうのだ。

 きっと、流されていくだけでは、人は居場所を見つけられないものなのだとも思う。信楽のように「現場が向いていない」ことに気がつくのも、二係にたどりつくまでの大事な過程であったし、一見警察には向いていなそうな性格だからこそ、誰もが務まるわけではない地味な部署でも、成果を発揮できると知った。何ができるか、だけでなく、何ができないのかを自覚し、主張することもまた、道を切り開いていくうえでは必要なのだろう。……といって、どんなに観察眼がすぐれていても、信念が強くても、ほんの少しの気のゆるみで被害者になってしまうのもまた現実ではあるのだけれど。理不尽な荒波に翻弄されながら、たどりつくラストはちょっと、いやかなり、胸が痛い。

 追う者と追われる者、どちらの視点も描き出す群像劇のおもしろさもある本作だが、そもそもシリーズ自体が信楽を中心に、著者の既刊作品に登場するさまざまな人物がクロスオーバーするというもの。シリーズを超えて人物が関わりあうことで、多面的な顔を知ることができるのも楽しみの一つ。本作を皮切りにぜひ、ほかの作品も手にとってみてほしい。

文=立花もも