〈増える育児うつ〉「トイレに行ってる間に何かあったら…」睡眠4時間、常に双子育児の重圧と復職への不安を抱えた育休中の父親が「うつ病」に

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近年注目を集めている男性の育休。5年前の2019年度にはわずか7.48%だった取得率は、昨年度には30.1%と過去最高に。女性の社会進出とともに育児を担う男性が増える一方、これまで女性だけの問題として語られることが多かった「産後・育児うつ」を経験する父親が増えているのも現状だ。実際に、育休取得中に双子の育児をワンオペで担うことになり、うつ病を発症した男性に話を聞いた。

【画像】育児うつを乗り越えるまでの平松さん一家の歩み

「このままだと潰れてしまう…」睡眠4時間の日々、双子の育児と仕事で多忙極め

「パパー、いってきまーす!」

ランドセルを背負い元気よく家から駆け出す男女の双子の背中を微笑ましく見守るのは、都内に住む自営業、平松勇一さん(38)。

双子の誕生を機に約1年間の育休を取得し、「育児が楽しい」と話す平松さんだが、一時は双子ならではの育児の大変さなどから育児うつに陥ったこともあるという。

双子が誕生したのは2018年2月。その約1年前に妻の母が脳出血で倒れたことをきっかけに、夫婦は東京からお互いの地元である愛知県に拠点を移していた。

平松さんは転職したばかりの時期だったこともあり、双子の育児がスタートするや、その忙しさは想像を絶するほどだった。

新生児は2、3時間おきに授乳やオムツ替えが必要だが、子どもが2人いることでそれが同時に起きたり、交互に頻繁に訪れることで夜間の睡眠時間がほとんど確保できない状態が続いたという。

さらに双子が生まれた翌月の3月は年度末ということもあって、平松さんは仕事でも多忙を極め、帰宅するのは毎日午後10時すぎ。そこから夜中の3時まで双子の育児を担い、それ以降は妻にバトンタッチして睡眠を取る日々。夫婦ともに毎日睡眠4時間の状態が続いた。

「このままだとどちらかが潰れてしまう」

危機感をつのらせた平松さんは育児の状況を会社に相談し、1年1カ月の育休を取得することになった。しかし、当時はまだ男性育休が今ほど浸透していなかったこともあり、育休に理解を示してくれる社員もいることにはいたものの、社内には重苦しい雰囲気が漂っていた。平松さんも少しの負い目を感じながら育休に入った。

トイレに行くことすら怖い…、双子のワンオペ育児でうつ病に 

だが、いざ育休に入ると、育児が労役から楽しい時間へと変化した。

毎日家族4人で公園に行ったり、ショッピングモールに出かけたり、住宅展示場で物件を見たり、妻と2人で育児に集中できる時間がかけがえのないものだと感じ、「みんなこんな楽しい育休を取らないなんてもったいない」ぐらいに思うようになっていった。

そんな平松さんの状況が一変したのは、育休を取得して11カ月が経った2019年2月。
妻が週3日のパート勤務を始めたことで、日中に双子の面倒を一人で見るワンオペ状態になったことがきっかけだった。

常に自分の横にいた妻がいなくなってしまった状態での育児。週3日、日中の6時間程度であったとはいえ、2人の我が子の命を預かる重圧が急に肩にのしかかってきた。
 

離乳食を与え、オムツを変え、泣いたら抱っこしてあやす。2人はハイハイで部屋中を動き回り、つかまり立ちして転んだりもする。自分が目を離したすきに、転んで頭を強打しないか、といった最悪な状況ばかりが脳内を駆け巡り、トイレに行くことすら怖くなったという。

「妻がいたときは、子どもがミルクを吐き出したりしてもその都度感想を言い合ったりして笑いに変えていたけど、1人になった瞬間、負担が倍以上に増えたうえに、大人の話相手がいなくなってしまったこともとても大きかった」(平松さん)

あれだけ楽しかった育児が全く楽しいと思えなくなっていった……さらに頭をよぎるのは復職が迫った職場のこと。

「転職したばかりなのにすぐに1年も育休を取ってしまったし、もう居場所なんてないんじゃないか」

「今後、自分は何を楽しみに生きていけばいいのか」

と、気持ちが落ち込んだり、ふさぎ込む日々が続いた。

ある日、双子が泣きわめいている傍で抱えてあやすこともなく、ぼーっと窓の外を眺める平松さんの様子に異変を感じた妻が心療内科の受診を勧めたことで、「うつ病」であることがわかった。

 パパコミュニティ形成が鍵? 育休を強く推奨するワケとは

平松さんのうつ病が寛解したきっかけもまた“育児”の変化だった。双子の慣らし保育が始まったのだ。そうして自分1人の時間が持てたり、妻と2人で出かけたりできるようになったことで、「自分だけで見ていなくてもいいんだ」という安心感が芽生えた。

さらに翌月、会社に復職したが、自身の得意な映像制作のポジションをすぐに確立できたことで不安が一気に和らいだという。

2020年11月、平松さんは映像制作のフリーランスとして独立。妻もネイルサロンを開業し、現在は夫婦ともに自宅を作業場にして育児と両立させる日々を送っている。

育児うつの経験から平松さんが学んだこととはなんだったのか。

「『頑張りすぎない』ことですね。独立してからは、無理な仕事は受けない。子どもが帰ってきたら割り切って子どもとの時間を過ごす。本当に“無理をしない”ことですね」

さらに母親と違い、父親同士のコミュニティが形成しづらいことも今後の課題の1つだと振り返る。

「パパのコミュニティがあるかないかって結構大きいなと思っていて…。ママ同士は公園や児童館でコミュニティが形成されやすいけど、パパってなかなか難しい。今はオンラインコミュニティとか徐々に増えてますけど、自分の育休中はほとんどなかった。

もし元気なときからそういうのに参加していたら、育児で辛くなったとき、顔を出していろいろな思いを共有できて楽になれたのかもしれません。そう思うと、同じ境遇や状況の人と繋がっていることって、すごく大事だなって感じます」

 今年、家族は拠点を再び東京に移し、双子は都内の小学校に入学した。

「小学校に入学して徐々に友達と過ごす時間が増えていって、だんだんと自分たちから離れていくカウントダウンが始まったのかなって感じてます。だからこそ『一緒に遊びたい』って言ってくれるときは極力一緒に過ごしますし、『一緒に寝たい』って言われたら二段ベッドを行き来して添い寝しますよ(笑)」

平松さんは2021年7月から男性の育児参加を支援するNPO法人「ファザーリング・ジャパン」に所属し、自身の育児うつの経験を広く知ってもらおうと講演を行うほか、東京都板橋区のパパの育児参加を推進する男女平等参画の委員も務めている。

「僕にはジェンダーギャップを早く解消したいって思いがあるんです。男らしさとか女らしさから解放されて、みんなが自分の人生を主体的に生きてほしい。僕は育休を1年取ったことで働き方や生き方の価値観が大きく変わったし、『自分が大切にしたいものってなんだろう』って見つめ直すきっかけになった。もちろん自分自身が育休を取得して楽しかったこともありますが、ジェンダーギャップ解消などいろんな意味を込めて、改めて男性の育休を推奨していきたいです」

取材・文/木下未希