「特別視」をすることで、かえって差別につながることもあります(写真:polkadot/PIXTA)

多様性が叫ばれる中、LGBTQの研修をしてほしいとの依頼が来ることがありますが、それに特化した研修を行うことをお断りすることがあります。なぜなら、あえて取り上げることで、「特別視」が起こり、今までまったく気にしていなかった日和見リベラルの人たちが、こぞって気にし始めるという逆効果がみられることが多いからです。

多様性社会におけるLGBTQ

日本の民間団体による調査がいろいろありますが、電通グループ「LGBTQ+調査2023」によると、全国20〜59歳の計5万7500人のうち、LGBTQ+当事者は9.7%で、前年調査の8.9%から微増となりました。

9.7%というのは、日本人の中で多い苗字ランキング上位の「佐藤・鈴木・高橋・田中・伊藤(敬称略)」を合わせた734万7000(出典:名字由来net)が人口に占める割合よりも多いことになります。学校のクラス、職場、身近な人で、上記の苗字の知り合いは複数いらっしゃるのではないでしょうか。それよりも多いということは、基本的にあえて話題にすることではないと考えます。

身近なマイノリティーの例として、「左利き」があるかと思います。が「職場に左利きの方がいらっしゃるので、配慮のために研修しましょう」とはならないでしょう。

私にも親しい友人に左利きの人がいますが、気にするのは並んで食事をするときのみです。その人の左側に座ってしまうと、右利きの私と腕が接触することがあるので、お互いに快適に過ごすためにそうします。それは、何回かそうしたことがあったので、経験上学んだだけです。

もし、事前に「左利きの人の左側に座るなんて配慮がなさすぎる」なんて諭されていたとしたら、相手が左利きかどうかつねに気になってしまうかもしれません。

そんなささいなことで、相手を選別してしまうようになるかもしれません。ですから、友人同士おつき合いしていくうちに苦手な食べ物を知って、今度食事に行くときは、それを避けるねといった程度の話にしてほしいのです。

カウンセリングをしていても、そういった場面に遭遇することはよくあります。例えば、だいぶ前のことではありますが「同棲している相手のことなんですけど」と女性のクライアントの方に話し始められたとき、「一緒に暮らしているパートナーのことですね」と確認したら、驚いた顔をされたことがありました。「彼氏って言わないんですね」と。

思い込みが人を傷つけていることも

実は、試されていたということが後からわかったのですが、大抵の場合、女性の同棲相手は男性だろうという前提で話を進められてしまうとのこと、そうするともう話す気がなくなるとのことでした。思い込みは、経験値や価値観で形成されるものでもありますし、悪いものばかりではないと思うのですが、相手をよく見て、そのままを受け止めるというプロセスでは邪魔になることがあります。

相手と向き合い、そのままを受け止めるということが難しくなるからです。ニュートラルなコミュニケーションが取れれば、お互いを知る過程で、必要なことのみを配慮することができると思うので、決めつけないことがどれほど重要なことかと思い知らされた一件でもありました。

年齢がある程度いっている方には、容易に想像できるかもしれませんが、成人男女が一緒に買い物していると、店の人に「奥さん」とか「旦那さん」とか呼ばれてしまうといったようなことがあるかと思います。周りの人に対して、そうした思い込みが、人を傷つけているかもしれないということに少しだけ注意を向けてほしいと思います。

そして、差別をなくすためには、相手と対等に向き合い、尊重する姿勢があることが大切で、「こうしちゃダメ」という禁止や「配慮しなさい」という強制をするべきではないと思います。そうした教育は、かえって相手に対してフィルターのかかってしまうリスクがあるのです。

LGBTQの人に言ってはいけない言葉はない

ただ、多様性の中にもルールは必要で、それがないと差別につながります。例えばトイレです。私が研修講師として企業に出向くようになった25年前は、男性の多い職場だと、共用トイレのところがまだ多くありました。男女分けることで、安心して利用できるようになったことは大きな進歩で、それは差別ではないと思います。

性を決めつけられるのが嫌という意見があるのも理解できるのですが、それを悪用する人もいるのです。そうした意味から、区別は必要で、飲酒や喫煙、運転免許の取得に年齢制限があるのと同様と考えます。そうした意味では、どこにでも「だれでもトイレ」が設置されることが望まれます。

それから、本当によくあることなのですが、「LGBTQの人に言ってはいけない言葉はありますか」という質問です。答えは、「ない」です。LGBTQの人に言ってはいけない言葉は、そうでない人にも言ってはいけません。どんな人に対しても、相手を傷つけるような言動や人格否定をしないように、配慮することは必要で、「〇〇だから」という定義ではないのです。

多様性をあえて叫ばなくても、思いやりをもって、お互い認め合うことができる関係性を築けることを願っています。


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(大野 萌子 : 日本メンタルアップ支援機構 代表理事)