すしチェーン大手の元気寿司が運営する「魚べい」は2012年から直線型の「高速レーン」の導入を進め、今ではほぼ全店に設置済みだ(写真:元気寿司)

「うちもいつ被害にあうか、ひやひやしている」

決算取材の席につくや否や、ある上場外食チェーンの社長は記者にそう不安を打ち明けた。1月末からTwitterをはじめとするSNS(交流サイト)で次々と拡散された「迷惑客動画」が外食業界を震撼させた。

被害が深刻なのが、すしチェーンだ。しょうゆ差しや未使用の湯飲みをなめ回したり、流れているすしネタにいたずらをしたりと、その「犯行」手口は多種多様だ。あるすしチェーンの担当者は「ビジネスモデルの根幹である、お客さんとの信頼関係を揺るがす問題だ」と憤りをあらわにする。

そんな中、迷惑行為対策として注目を集めるのが「直線型レーン」だ。従来の「回転レーン」とは異なり、客が注文した商品のみを乗せ、直接注文者のもとに運ぶ。誤って客が商品に触れるリスクが回転レーンよりも低い。この「回らない回転ずし」は騒動前から店舗数が拡大傾向にあった。

レーン直線化で廃棄ロス3割減も

直線型レーンのメリットとして関係者が口をそろえるのが、フードロスの削減だ。回転ずし業界は「長らく『100円ずし』が維持され、商品に対する消費者の価格イメージが固定されている」(すしチェーン担当者)こともあり、値上げすることが難しく、原価率も高い。

回転ずし最大手「スシロー」を展開するFOOD&LIFE COMPANIES(F&LC)の原価率は46.3%(2022年9月期)、くら寿司は45.0%(2022年10月期)と、一般的な飲食店の原価率である3割を大きく上回る。

加えて、回転レーンでは、回ったまま食べられずに一定時間が経過してしまった商品は廃棄せざるを得ない。原価率の悪化につながる食材の廃棄を減らすことは他業態よりも重要な課題であり、直線型レーンは有効な改善策だ。

レーンの直線化を進める「はま寿司」の親会社、ゼンショーホールディングス(HD)は、直線型レーンを先行導入した271店舗(現在の国内店舗数の約5割)で、年間で1000トン弱の食品ロス削減につながったと試算。

業界に詳しい関係者は「回転ずしの廃棄ロスは7割がパック廃棄(食材が一度も開封されずに使用期限を迎えたケース)、残り3割が回転レーン上で一定時間経過してしまった商品だ」という。直線化はこの3割の食材廃棄をゼロに近づけることができ、食材コストの面からもインパクトは大きい。

廃棄量削減だけではなく、オペレーションの効率化にもつながる。通常、すしチェーンではネタや商品ごとに価格帯が分かれており、会計前に客が何円皿を何皿食べたか確認する必要がある。

一方、すべての注文がタブレット経由である場合、注文ごとに会計データが更新されるため、店員が皿数を確認する必要がなく、数え間違えるリスクも小さい。また「すしは新鮮な状態で、天ぷらなどのサイドメニューも熱々の状態で提供できることが最大のメリット」だと語る関係者も多い。

だが、すべての企業が直線型レーンに「一本化」しているわけではない。国内店舗数3位の「くら寿司」は全店舗で直線型レーンと回転レーンが併存している。担当者は「すしが流れていることが、回転ずし本来の楽しさ。だからうちは回し続ける」と語る。

くら寿司はカメラ運用変更で「回転」維持

同社は従来、客席上部にAI(人工知能)カメラを設置しており、回転レーンで流している商品も「どの商品がいつ取られたか」を把握している。今回の問題以後、カメラの運用を一部変更し、客の不審な動きも確認できるようにした。

「お客さんは食べたいものが回転レーンで流れてきたらすぐ取ることができ、流れていなくてもタブレットで注文できる。安全面さえ担保すれば、これが最も効率的だ」(くら寿司担当者)

別のすしチェーンの役員は「すしを回すことは広告宣伝の手段として有効」だと指摘する。皿がレーンで回っていないと、客は「自分が食べたいもの」を能動的にタブレットから選ぶ。すると他のネタよりも原価率が高いマグロやサーモンなど定番品の注文が増えがちになるという。

ネタを流して見せれば、客を利益率の高い高付加価値商品や期間限定品、サイドメニューへ誘導できる。こうした広告宣伝効果はレーン直線化で薄れてしまうため、「タブレットの表示や客席の装飾など、別のPR方法を導入することが不可欠だ」(同)。


回転レーンに一定の広告宣伝効果があるとはいえ、業界ではレーンの直線化が主流になりつつある。国内店舗数2位の「はま寿司」は先述の廃棄削減効果を踏まえ、全国の店舗の9割で直線型レーンを導入済み。

外食大手コロワイド傘下の「かっぱ寿司」は省人化・非接触型の店舗モデルへの改装を目下積極化しているが、改装とあわせてレーンの直線化も実施。2022年度から年間50〜60店を改装する計画で、同社全体の店舗数約300店と比べてもその規模は大きい。

はま寿司とかっぱ寿司は、開店して間もない店舗や、退店の可能性がある店舗などを除くほぼ全ての店舗で直線型レーンを導入する意向だ。こうした取り組みは市場からも評価されている。

「直線型レーン」導入は加速必至


はま寿司が導入を進める直線型レーン。卓上のタブレットで注文すると、レーンで商品が注文者に直接届く(写真:ゼンショーホールディングス)

ゼンショーHDは2022年6月、はま寿司の店舗における追加のレーン直線化や、既存の改装投資分の借り換えに要する約72億円を含む計100億円を、公募形式によるサステナビリティボンドで調達。日本格付研究所はこの資金使途に「大きな環境・社会改善効果がある」とし、最上位評価の格付けを行っている。

また、「回転派」だった企業の方針にも変化が見られる。

スシローは全店舗で回転レーンが残り、一部店舗で直線型の「専用レーン」が導入されているが、迷惑行為の被害後は運営方法を変更。専用レーンのない店舗では、客が注文した商品のみを回転レーンに流すようにした。専用レーン導入済みの店は、回転レーンで商品を流すこと自体をやめ、原則「専用レーン」での提供に切り替えた。

中堅の「すし銚子丸」は、「フードロス対策」および「迷惑行為への対策」として、回転レーンでの提供を4月26日までに全店で終了する。

スシローは今回の変更について、「今、私たちができる精いっぱいの取り組みだ。元に戻すかどうかも含めて、今後の方針に関してはまだ決まっていない」(F&LC広報)とした。

最大手のスシローの動向が注目されるが、フードロス対策の重要性は高まる一方だ。今回露呈した迷惑客リスクを下げるうえでも、業界全体として直線型レーンの導入は加速するだろう。

(冨永 望 : 東洋経済 記者)