2022年上半期(1月〜6月)にプレジデントオンラインで配信した人気記事から、いま読み直したい「編集部セレクション」をお届けします――。(初公開日:2022年2月24日)
いま「ギョーザの無人販売店」が大増殖している。2018年9月に1号店を開いた「餃子の雪松」は、たった3年で350店超に店舗網を拡大している。一体どこがウケているのか――。
写真提供=餃子の雪松

■今年4月までに400店舗の出店を目指す快進撃

快進撃。そんな言葉が外食産業で最も似合う店舗がある。2018年9月に関東からはじまった「餃子の雪松」だ。

店舗にあるのは36個入り1000円の冷凍ギョーザだけ。販売方法は「冷凍庫からギョーザを出して、賽銭箱のようなところに1000円札を入れる」という超アナログ。それでも3年余りで353店舗(2月24日時点)にまで増えている。

東京商工リサーチによれば、2019年4月の売上高は約1億5000万円。それが、2020年度の売上高は6億円で、4倍になっている。2022年4月までに北海道以南の全国へ400店舗を展開する予定という。このスピード感は前代未聞といえよう。

「餃子の雪松」を運営する株式会社YESの高野内謙伍マーケティング部長は「うどんチェーンの丸亀製麺さんのように“気がつけば身近にあった”という店舗展開にしたい」と語る。

■コロナ禍よりも前から無人販売を行っていた

なぜ、「賽銭箱に1000円」という奇抜な販売方法となったのか。高野内氏は「奇をてらったわけではない」と話す。

「まず断っておきたいのは、コロナ禍のテイクアウト需要の後押しこそあれ、成功している最も根本的な要因はギョーザだと考えています。無人販売は昔から日本にある手法を拝借しただけで、あくまでも手軽にお客さんに食べてもらうための工夫であり、またその手段なのです」

■そもそもはギョーザとは無縁の会社だった

2014年設立の株式会社YESは、当初は1000円カットや不動産業を営んでおり、飲食とはまったく無縁の会社だった。だが、2016年に現社長の長谷川保氏が突如、飲食業への参入を計画する。

「雪松」でギョーザを包む3代目(写真提供=餃子の雪松)

「代表の叔父は群馬県水上にある『雪松』の店主でした。地元で3代続く老舗の中華食堂なのですが、店主は高齢で跡継ぎもいない。80年続いた味が無くなることを惜しんだ長谷川が雪松の味を自ら引き継ぎたいと言い出したのです。とりあえず社員数名で食堂に出向き、地元で伝説と呼ばれているギョーザを食べたんです。これが、本当においしかった」

キャベツにニラ、しょうがとにんにく。肉はほぼなくともガツンとインパクトが強く一度食べたら忘れられない――。伝説のギョーザに感動した社員たちには、この味を残さなければいけないという使命感が芽生えたという。

店主に教えを乞い、試行錯誤を重ねた。2年近く経ち、食堂の味を誰でも完全再現できる冷凍ギョーザを完成させた。

■1号店はイートイン形式の店舗だったが…

2018年9月、埼玉県入間市にイートイン形式の「餃子の雪松」の1号店を開店。すると、瞬く間に行列店となった。あまりの人気にお客をさばききれず、店内での焼きギョーザの販売を中止し、持ち帰りの冷凍ギョーザ1本の販売に切り替えた。

写真提供=餃子の雪松
1号店となる入間店 - 写真提供=餃子の雪松

「ギョーザには絶対の自信がありました。なので、1号店をオープンしてすぐに大行列ができたときは嬉しかったですね。ただ、反響がありすぎて、連日のように従業員みんなで朝までギョーザを作っても、翌日にすぐに売り切れてしまう。ギョーザの味は好評なのだから、生産量を確保すればもっと売れるのではないか。そう思い、すぐに設備投資し増産体制を整えました」

2019年に12店舗目となる大泉学園店では、無人店舗が採用された。その後、出店ペースは一気に加速。規模の大きい工場と契約できたこともあり、半年で100店舗を超す驚異的なペースで全国へ拡散した。

■ボトルネックは生産量の確保だった

「大きく店舗展開できた契機は、生産量が確保できたことですね。2021年5月に入間に完成した最新の大型工場は、敷地面積が1700平方メートル超。生産量は移転前の工場と比べて5倍強の生産能力を得ました。それだけの数を確保できたことで、全国へと一気に展開することが視野に入ってきました」

雪松のギョーザは素材がシンプルなだけに水分量のわずかな違いや鮮度で味が変わってしまう。そのため野菜を切るところから冷凍まで製造の工程をすべて同じ場所で行わねばならず、味のチェックも1人の工場長の舌に委ねられる。

東北から九州まで店舗を幅広く展開していても、ギョーザはすべてこの入間の工場で作られたもの。だからこそ、店舗展開では効率の良いルート配送の開拓が重要になる。同社が誇る開発部は休む間もなく全国を飛び回っているという。

■1回の出張で1万キロ走って新規店舗を探す

「新規店舗を開発する部隊は現在3人。30代2人と20代1人です。レンタカーを借り、出店を検討している地域へ向かいます。事前に不動産情報を収集してはいますが、実際に店舗を決めるのは彼らの目です。2〜3の都市を1人が回ることもあります。5〜10店舗ほど見つけて契約してくるまでは帰ってこないので、1万キロ以上は走ることもあるようです。1〜2カ月ほど帰ってこないのはザラで、ロックバンドのツアーかと思うぐらいですね」

開発部隊が店を選ぶ場所の基本条件は、駅前や繁華街ではなく、家賃の安い住宅街。さらに、通りからの視認性のよい場所だという。どういうことか。

「人が多い繁華街は家賃が高いですし、多くの方にとってふらっとギョーザを買いに行くような身近な場所ではない。なので、駅前などの優先度は低いです。また、ギョーザの無人販売所は、まだ目新しいモノなので新規のお客さんは入りづらいと思うんです。だから通りから店の中が全て見えるような、視認性の良い場所であることも必須です」

写真提供=餃子の雪松
通りからの視認性はかなり良い。昭島店の外観。 - 写真提供=餃子の雪松

「ただ実際にどこが繁盛店になるかは店を開けてみなければわからないですね。人影が少ない田舎でも、住民同士で各自が気に入った食品を配る文化があるエリアで、1人が大量に買い付けて近所の人に配って大人気店になったなんて例もあります」

開発部隊が見つけた複数の店舗は、ほぼ同時に開店する。そうすることで、配送ルートのムダがなくなるからだ。

■「不採算店舗は1店も存在しない」

気になるのはこれだけ拡大した後の勝算だ。過去には短期間で急激に店舗数を拡大したのち、近隣店同士での客の食い合いや、従業員の質の低下などで急失速した飲食チェーンがいくつもある。しかし高野内氏は「飲食チェーン店とは根本的な損益モデルが違う」と真っ向から否定する。

「出店とは言っても、うちは店舗の特性として水回りもいらないし、持ち帰りの冷凍ギョーザを置いておくだけ。電気の動力工事には1カ月ほど時間が掛かりますが、それ以外なら1週間でおおよその店の形ができます」

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店内の様子。奥にある“賽銭箱”のような料金箱にお金を入れる。いまだ盗難の被害はないそう。 - 写真提供=餃子の雪松

「開店資金も一般的な飲食事業FC店の10分の1以下で、家賃も安い場所。人件費も少なく、ランニングコストもほぼ掛からない。なので、これだけ店を出しても過剰投資になりようがないのです。現実にこれまで不採算店舗も閉店した店舗もありません」

店舗それぞれに清掃と現金の回収を担当するスタッフは存在するが、常駐はしていない。ギョーザは本社で在庫を管理し、不足している店に必要分だけを日々ルート配送する。

感覚的には飲食店というよりも自動販売機に近い。

■「多くの人に手軽にギョーザを」という思いが原点

こんな目からウロコの商売も、「すべては“雪松のギョーザ”をひとりでも多くの人に手軽に、できるだけ安く買えるように」という思いが、この商売に行き着いた要因だという。

「もちろん、売り方もあらゆる方法を検証してきました。決算方法にしても、セルフレジや自動販売機も検討しましたが、伝説の餃子を扱う方法としては軽すぎる。そこで思い切って“賽銭箱に1000円札を入れる”というアナログな無人販売に振り切ってみたんです」

店のつくりは至ってシンプル。お客さんが迷わないよう、商品は36個1000円だけ。味のバリエーションはなく、両替機すら置いていない。

お客さんに協力を委ねる部分を残していることで、不思議と信頼関係が生まれているような気分にもなる。

プレジデントオンライン編集部撮影
高野内マーケティング部長。手に持っているのは昨年出した広告。児童養護施設へギョーザを届ける活動を行っている。 - プレジデントオンライン編集部撮影

■機能性よりも大事にしていること

「弊社の経営戦略として機能性はもちろん大事にしていますが、実はいちばん大事にしているのが、経営効率を多少落としても情緒性を欠かないということです。正直、現金のみのやり取りでは毎日集金の必要があるし、棚卸した数と金額を合わせる手間が掛かります」

確かに、効率や利益を追求すれば他のやり方がたくさんあるだろう。

「会社にはフランチャイズの問い合わせや、スーパーなどに卸してくれというご要望もずっといただいています」だけど、われわれは80年愛され続けた大事なギョーザを預かっている。僕らはこの秘伝のギョーザ一品で勝負していきたい。製造から最後のお客さんが手に取ってくれるところまでこだわり抜いて自分たちでやり切りたい。そうした“お客さんの心に触れる”ということを大事にしていきたいと思っています」

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村瀬 秀信(むらせ・ひでのぶ)
ライター
1975年神奈川県生まれ。旅と野球とチェーン店など。著書に『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』(講談社文庫)、『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』(双葉社)、『止めたバットでツーベース 村瀬秀信野球短編自撰集』(双葉社)などがある。
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(ライター 村瀬 秀信)