ゴールデン街で文壇バーを運営するかたわらフリーライター・ジャーナリストとしても活動する肥沼和之さん(筆者撮影)

コロナ禍になって2年半近く。この間、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置など経済活動のさまざまな制約によって、われわれは不便な生活を強いられ、経済的なダメージを受けた人や企業も多い。中でも特に厳しかった業種の代表例が飲食業だ。一方、昨年から今年にかけてはワクチン接種も進み、現在は行動制限も解除され、感染状況の落ち着きとともに街へと人が戻ってきている。この2年半、飲食店はどのような苦難を乗り越えてきたのか、厳しい局面を乗り越えた、さまざまな飲食店のコロナ禍の過ごし方と今をたどる連載第1回。

長引くコロナ禍で飲みに行く習慣がなくなっている

今回訪ねたのは小さな店舗がひしめき合う新宿ゴールデン街にある、「プチ文壇バー 月に吠える」。本好きや作家、編集者など出版業界の人が集まるバーとして10年間経営している。店内はたくさんの本や文芸関係のイベントのビラが貼られている。席数は8席でカウンターのみ。マスターの肥沼和之は東洋経済オンラインでも2017年から継続的に寄稿しているフリーライター・ジャーナリストでもある。


新連載スタートです

コロナ禍を経験した飲食店経営者の1人でもある肥沼氏に足元の状況を聞くと、客足はコロナ前の8割程度まで戻ってきているとのことだが、曜日によって客足の波が生じているという。筆者が訪れたのは平日の午後6時頃。午後7時開店だというので開店前の1時間話をうかがい、その後30分ほど店に滞在させてもらったが、時間が早いこともあったのか、その日、筆者が店を去るまでは客は来なかった。


新宿ゴールデン街にある「プチ文壇バー 月に吠える」(筆者撮影)

「コロナ前は週末には席が埋まってしまうほどの混み具合でした。それが、2020年3月、都知事が『夜の街』が感染元になっているといった旨の発言をしたことでガクンと客足が減りました。それから緊急事態宣言。都知事の要請に従い、緊急事態宣言中は休業して、まん防の最中は時短営業をしていました。

中国・武漢でコロナが流行り始めた当初は対岸の火事のような気持ちでいて、少しすれば落ち着くのではないかと思っていましたが、ここまで長引くとは予想していませんでした。今、だいぶお客さんは戻ってきたのですが、まだ大企業では夜の街に飲みに行ってはいけないというルールがあるところもあります。また、長引くコロナ禍のせいで『外に飲みに行く、外食に行く』という習慣自体がなくなってしまっているとも体感しています」


店内にはたくさんの本が並んでいる(筆者撮影)

最初の頃は協力金こそ出ていなかったので、月に約20万円となる店の家賃は貯蓄から自腹で払い、アルバイトへの休業補償は出していなかった。緊急事態宣言が解除されて店を開いてもお客さんが来ない日が続くと貯蓄もどんどん減っていき、預金残高が100万円を切ってしまった。

そのときは生殺しの状態だったという。アルバイトから、たった数百円の「備品が切れました」とLINEの連絡がくるだけで精神状態が削られ「申し訳ないけど今、お金の話は安いものであってもしないでくれ」と頼み込むまで追い詰められた。

「2021年は数カ月しか営業できていません。売り上げに関してはもちろんダメージを受けていたのですが、それよりもうちの店を拠り所にしていたお客さんのことが気になったり、アルバイトのモチベーションも下がらないか心配したりしていました。何か店のためにしていないと気がおかしくなりそうでした」

協力金により売り上げがプラスに

そうこうしているうちに東京都からの行動制限要請に応じている店には、1日当たり数万円の感染拡大防止協力金が支給されることになったので申請した。もらえるお金はほぼもらったという。大手の飲食店も『月に吠える』のような小さな店舗も一律の金額だった。

大手の飲食店だとそれでも赤字だが、肥沼氏の経営するバーは通常営業するよりも多くのお金が入り、いわゆる“協力金バブル”の恩恵を受けることになった。協力金のおかげで2021年の売り上げは例年よりもプラスになったというのだ。

「苦しいのは飲食店だけではありません。酒屋や氷屋さんなどの卸業も厳しいはずなのに『なぜ飲食店にだけ協力金が出されるのか』というクレームもたくさん耳に入りました。だから、この協力金をいかに皆様に納得してもらえるように使うかを考え、アルバイトに休業補償を出し、Twitterで協力金を使って3000円の図書カードを学生さん先着200名にプレゼントする企画を行ったり、店のnoteで『お酒に関するエッセイ』を募集して入賞者には馴染みの酒屋からお酒を購入してプレゼント、という企画をやったりしたこともありました。とにかく何か店のことをやっていたかったんです、うちの店の特色を打ち出した使い方をしました。

ほかには店の看板を新しくしたり、店のポスターやオリジナルTシャツを作成したり、グラスや椅子などを新調したり、飛沫感染予防のパーテーションを購入したりしました。協力金は課税対象なので、節税対策の意味合いもありました」

前述したように、店のマスターであり、ジャーナリストでもある肥沼氏が、この協力金バブルについて、とある媒体で記事を出したところ反響が大きく、ネット番組から声がかかり、スタジオ出演することになった。

「そのネット番組の台本を見ると『協力金で儲かった店のマスター』としての出演でした。僕は『儲かった』のではなく『儲かってしまった』に変更してほしいと頼んだのですが、その番組では『儲かった』というニュアンスで紹介されてしまって嫌な思いをしました。放送後はネット上で『あの店のマスターは協力金で高級車や高級腕時計を買ったらしい』といったデマや誹謗中傷が飛び交って大変でした」

周囲には協力金の存在を知らず閉めた飲食店も

ゴールデン街の中や周辺には高齢の方が経営している店舗もあり、協力金の存在を知らなかったり、コロナを機に店を閉めてしまった店舗もあるという。

コロナ前は頻繁に昼の時間帯に文学に関するイベントを行っていたこの店で、先日久しぶりに昼間にイベントを開いたら、満席になったそうだ。確実に客足は戻ってきており、この夏には完全に戻ってくるのではないかと肥沼氏は推測している。イベント時、邪魔だったのでパーテーションも取り払い、店はほぼコロナ前の状態に戻り始めている。

今回取材をした「月に吠える」は都知事の要請に従い、協力金バブルも経験して、ようやく今、客足を取り戻し始めている。しかし、そうでない店もあるのではないだろうか。実際、緊急事態宣言中やまん防の最中でも都の要請に従わずに営業している飲食店を見かけたことがある。

また、筆者も含め人々の多くが「コロナ慣れ」している現状も感じ取れる。昨年、まだワクチン接種が進んでいない時期に映画を観に行った際、映画館の席は1席空きで、換気もしているというアナウンスが流れていたが、先日映画館に足を運んだところ、全席開放していた。人々のコロナへの意識も変わってきているようだ。


厳しいコロナ禍を乗り越え、以前の賑わいを取り戻しつつある(筆者撮影)

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本連載では厳しい行動制限を課されたコロナ禍において飲食店を経営され、現在も運営を続けている経営者の体験談を募集しております。取材の申し込みは以下(https://form.toyokeizai.net/enquete/tko2206c/)よりお願いいたします。

(姫野 桂 : フリーライター)