アプリで出会った男性と「授かり婚」を果たした女性。その結婚観とは?(イラスト:堀江篤史)

2カ月間限定と決めて登録したマッチングアプリで出会った男性と「授かり婚」を果たした女性がいる。東海地方で福祉関係の仕事をしている藤沢彩さん(仮名、38歳)だ。

Zoomにてインタビューをお願いすると、生後5カ月の息子をあやしながら応じてくれた。現在、夫である宏明さん(仮名、39歳)との間に2人目の子どもを妊娠中らしい。

「育休と職場復帰を繰り返すぐらいなら、今のうちに2人目はどう?と夫に提案したら賛成してくれました。家をローンで買うときも同じで、私の言うことを否定せずに一緒に進んでいってくれます。婚活を始めたときの理想のタイプではないけれど、私が理想の結婚生活を送れるのはこういう人なんだと感じています」

彩さんはよく話してよく笑い、活動的な色白女性だ。30代前半までは男性関係で苦労しなかったと振り返る。別れたとしても友人の誰かが次の人を紹介してくれた。

「結局、モテるタイプの男性が好きなんです。しゃべりに変な間が空かず、一緒にいて楽しい人です」

20代のような軽い調子で語る彩さん。わずか5年前には結婚を視野に入れながら付き合っていた恋人がいた。印刷会社で働いている5歳下の周作さん(仮名)だ。いつもの恋愛と同じように友人の紹介で知り合い、アウトドアの趣味も同じで気が合った。

しかし、1年ほど付き合ってから一緒に暮らそうとしたところ、周作さんの年収は300万円ほどだと判明。彩さんより100万円ほど低い。年下だから仕方ないかと思っていたが、入社して8年間で一度も昇給していないという。

「転職も進めましたが、彼がやりたい仕事はこの地域ではあまりないみたいです。そもそも仕事より趣味が好きな人で、残業は絶対嫌だと言っていました。私は福祉施設で働いていて夜勤も残業もあってキツイこともありますが、その分だけ給料をもらえれば我慢できます。でも、私が残業しているときに彼からアウトドアを楽しんでいるSNSが送られてくるとイライラするようになってしまいました」

決定的だったのは周作さんから実家での同居を提案されたことだ。両親にもお金の余裕がないにも関わらず、建売住宅を購入し、現在は独身の兄も含めて「一家総出」で住宅ローンを返済中らしい。

「私の親は離婚しています。そのときにお金で揉めていたことを思い出してしまいました。彼とも離婚することになったらきっとお金で争うことになるでしょう。悩んだ末に別れることにしました。気持ちの優しい彼にはめっちゃ泣かれてしまいましたが……」

別れたときに34歳になっていた彩さん。周りを見渡すと、男友だちの大半はすでに結婚している。もう伝手はないと判断し、結婚相談所に入会することにした。

「身の程を知ることになった経験です。私がパッと見で気になってお見合いを申し込んだのは、年下もしくは5歳上までの清潔感のある男性です。年収も私よりは上の人を選びました。でも、そういう人は私よりも若くてかわいい女性を選べるので、すべて断られてしまったんです」

お見合いを申し込んでくれた男性10人以上と会ってデートもした。真面目で「いい人」ばかりだとは思ったが、インドア派の人が多くて会話も弾まない。好きでもない段階から高級店での食事をご馳走になったりすることに違和感を通り越して罪悪感が募った。

「申し訳ない気持ちばかりでちっとも楽しくないんです。カウンセラーに伝えたら、『そんなんじゃ一生結婚できないよ』と叱られたので、『それでもいいです』と言って退会しました」

入会金と1年間の月会費などで15万円ほどを「どぶに捨てた」と苦笑する彩さん。モテる人を追いかけるような恋愛をして来た彼女には、結婚前提で交際が始まる結婚相談所のシステムと会員の傾向に馴染めなかったのだろう。

「それからは婚活パーティーに参加していました。結婚相談所と比べると会話のノリがいい男性もいましたが、そういう遊び人タイプにひっかかって最終的には捨てられてしまうんです。婚活日記をつけていたので自分の行動パターンがわかってきました」

婚活パーティーにも見切りをつけて気晴らしにキャンプに行った際、理想的な夫婦と知り合った。しっかり者の妻と自由奔放な雰囲気の夫は登山やマラソンという共通の趣味があって息が合っている。

「すごくお似合いですね、どうやって知り合ったんですか、と質問したら、アプリだと教えてもらいました。スマホさえあれば全国の人と無限につながれるし、趣味が同じ人も簡単に探せるよ、と聞いて興味を持ちました」

夫のほうからは具体的なアドバイスも授けられた。マッチングアプリには登録者が無数にいるので、「他にもいい人がいるかも」と永遠に本命が決まらないまま婚活が趣味のようになってしまう。利用するアプリは最大手の1つだけにして、2カ月経ったら相手が見つからなくてもやめること、といった内容だ。

「プロフィールの写真は加工するな、とも言われました。加工している人とは実際に会った瞬間に帰りたくなるから、だそうです(笑)」

さらに彩さんは独自ルールも自らに課した。自分からは選ばないことと医師などのハイスペックな男性からのアプローチは無視することだ。

「私がいいなと感じるような男性は、もっと若くてかわいい子と付き合いたいことが結婚相談所で実証済みだからです。同じ理由でハイスペックな男性も私を選ぶはずはありません。詐欺などの犯罪に遭うのが怖いので、同年代で私と同じぐらいの収入の男性だけと会うことにしました」

さきほど結婚相談所への15万円は無駄にしたと語っていた彩さんだが、「身の程」を知った体験を次の婚活に生かしたとも言える。実際、宏明さんを含めて5人の男性と会うことができた。

「そのうち4人は写真を盛っていました(笑)。写真よりも実物のほうが良くて、また会ってもいいなと思えたのは夫だけです」

当時の日本はラグビーワールドカップで盛り上がっていた。日本代表の試合を連続してスポーツバーで観戦して自然と親しくなれた。このまま少し強引に誘ってくれたら、「男らしい」男性が好きな彩さんが慣れ親しんだ交際開始パターンとなっていただろう。

「でも、一向に進展しませんでした。2人で車で出かけても手すら握らないんです」

宏明さんはいったい何を考えていたのか。彩さんを単なる友だちだと思っているのだろうか。アプリでの出会いなので相談できるカウンセラーはいないが、彩さんには心強い味方がいた。近所に住んでいる既婚男性の友人、「おじさん」たちだ。

「それまでも恋愛相談に乗ってもらっていました。夫とのことを話したら、『直接、聞いてみるのが一番』とか『都合よくキープされているのかもよ』と言われたので、クリスマスデートに誘われたときに『この時期に一緒に過ごすならきちんと付き合ってほしい』と伝えたんです。私は自分からは告白しない主義なのですが……」

しかし、宏明さんの答えは予想外のものだった。

「君のことを真面目に考えていないわけじゃない。でも、次に付き合う人とは結婚しようと決めているので、今すぐには結論を下せない」

振られたも同然だと彩さんは感じたが、宏明さんは平然とした様子で「とりあえず次に会う約束はしよう」と発言。意味がわからないままキスもしないデートを重ね、クリスマス当日に今度は宏明さんからの告白があった。

「待たせてゴメン。考えが固まった。結婚を前提に付き合ってください」

これには彩さんのほうが興ざめしてしまった。なぜ数週間前に私から告白したときに受け入れてくれなかったのか、こんな優柔不断な男性で大丈夫なのか、と。答えは保留にして年越しを一緒に過ごすことは断った。イケメンな男友だちと遊んだほうが楽しそう、と思ったからだ。

「でも、その友だちは私とちゃんと付き合ったりする気はありません。こんなことをしていたら同じことの繰り返しだなと思いながらアプリを再開したら、すぐに彼にバレてしまいました。その週末に呼び出されたんです」


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一応は交際している状態だったので宏明さんが怒るのも無理はない。聞けば、宏明さんは好きな女性から「キープ」された挙句に振られたことがあり、傷ついて慎重になっていたのだ。慌てた彩さんは「おじさん」たちを招集して状況を報告する。彼らは真面目で不器用な宏明さんに最初から好感を抱いていて、すべては彩さんが悪いのだから言い訳せずに事実だけを話して謝り続けろ、と忠告してくれた。

「その通りにしたら、夫からめっちゃ怒られた後、『どうしたいの?』と聞いてもらったんです。そのときにやっと気づきました。別れたくないし、彼のことが好きなんだ、と。やっぱり私は追いかける恋が好きなんですね。正直、ラッキーな展開でした」

あまり反省していないな、この人……。しかし、彩さんは心を決めてからは浮気などはしていない。その暇すらないような展開だったとも言える。

「不妊治療をしてでも子どもが欲しいと思っていたので、付き合い始めてからは避妊はしませんでした。そしたら3カ月後には妊娠がわかり、急いで一緒に住む場所を見つけて結婚しました」

相手を何とか振り向かせる努力をする恋愛が好きだったと振り返る彩さん。でも、その頃に付き合っていた男性たちとの結婚生活は想像もできないと断言する。

「その人たちも私との結婚はあり得ないと言うはずです(笑)。今、夫との日常生活が幸せです。のろけに聞こえるかもしれませんが、台所で上から物を落としてしまったときも、夫から『大丈夫?』と声をかけてもらえたら笑いに変えることができます。マイナスをプラスにできるんです。一人暮らしだったら嫌な出来事を無言で処理するだけでしょう」

身重の体で育児をしている彩さんを常に気遣ってくれる宏明さん。家事にも積極的に参加している。恋愛には不器用でも、真面目でマメな人なのだ。

ただし、そんな宏明さんもアプリのプロフィールで小さな嘘をついていたことを彩さんは知っている。身長165センチと書いてあったが、155センチの彩さんがハイヒールの靴を履くと同じ背丈になるのだ。おそらく160センチ程度だと彩さんは推測しているがそれは口に出さない。その程度ならば「かわいい嘘」として見過ごすだけの余裕と経験が彩さんにはあるのだろう。

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