“鶴岡シルク”が追求する絹織物の可能性
キビソは製糸工程から産出される副産物で以前は産地で見向きもされなかった素材だった。蚕が繭を作るとき最初にはき出す糸で太くごわごわした材質のため製品化には利用が進んでいなかった。鶴岡でのキビソを用いた商品は帽子、ストール、スカーフなど多彩。最近は洋服への利用も進んでいるという。未来を見つめた取り組みとしては、産地間連携による鶴岡シルク製品の開発と販売に乗り出している。
キビソと木綿や麻、ウール、タオル地、デニムなどお互いの素材や技術を融合させた国内織物産地の新たな連携が進む。桐生、倉敷、今治など「ウィン―ウィンな関係で産地間の協力が構築されつつある」(大和社長)。
各産地との連携の中で、多くのデザイナーとの交流も増えてきた。需要開拓は全国の百貨店での企画展などを通じて鶴岡シルク製品のブランド化の浸透に力を注いでいる。
【メモ】明治維新以降に絹織物産地が形成された鶴岡。旧庄内藩士約3000人が現在の鶴岡市南東の地・松ケ岡地区を開墾したことが鶴岡シルクの始まりとなる。明治30年代には絹織物が成長産業となったが、1960年代後半から中国との競争など厳しい時代に入った。絹産業の再生が鶴岡シルクの担う使命でもある。新たなブランドの確立に向けて挑戦が続いている。
