発症したら一生つき合っていかなければならない「生活習慣病」。すぐに命に関わるようなことはないものの、進行すれば、いずれは取り返しのつかない事態を招くことも……。もし糖尿病になったら。お金はどれくらいかかるのか。

「父親が糖尿病で、母ちゃんが専用の食事をずっと作っていたんですよ。量も少ないし、味気ないもので、かわいそうだなって思って見ていたんです。その父が、僕が35歳のときに、糖尿からくる腹部大動脈瘤破裂で亡くなって。そしたら自分も翌年に、糖尿病になってしまいました」

 たけし軍団のメンバー・グレート義太夫(59)は、糖尿病とつき合って23年になる。発覚のきっかけは、テレビのバラエティ番組だった。

「デブだけ集まって運動会をする『デブリンピック』という企画でした。当時、僕の体重は公称100キロ。ところが、番組であらためて測ったら、88キロしかなかったんです。

 折しも同じころ、家で洋画を観ていたら、字幕が急に読めなくなったり、やたら喉が渇いてトイレが近くなったり、ということが起きました。そのときには、糖尿病が進行していたんでしょうね」

 そんなある日、義太夫は突然、自宅で倒れてしまう。救急車で病院へ運ばれ、血液検査の後、医師の説明を受けた。

「すぐに入院をしなければいけないレベルの糖尿病でし た。血糖値が630もあり、病院歴代2位の数値だったそうです。『普通なら昏睡状態ですよ』とまで言われました」

 即、入院し、看護師からインスリンを打たれた。

「3日めくらいからは、自分で打つようになりました。看護師さんに『いつまで打つんですか?』と聞いたら『一生ですよ』と。そこで、事の重大さに気づきました。母ちゃんに糖尿病だと告げると、電話の向こうで泣いているわけですよ。これは参ったな……と」

 病院で3週間分の薬をもらい、インスリン注射を打つようになったが、調子がよくなったと勝手に判断し、通院をやめてしまう。3、4カ月たって病院に行き、医師に怒られ、また病院に行かなくなる……。そんなことを繰り返すうち、14年の月日が過ぎた。

「もうそのころは、シャワーを浴びているだけで、疲労感で立っていられないんですよ。コンビニに行くにも、途中で休まないと歩けない。顔にブツブツが出てきたりと、体からSOSは出ていました。それなのにまだヘラヘラしててね。あとでわかったんですが、尿毒症だったんです」

 そして今度は、テレビ番組の収録中に倒れてしまった。翌日、病院へ行くと……。

「腎機能の度合いを示す『クレアチニン』の値が、8を超えたら透析だといわれていたんですが、僕は11.3もありました。時すでに遅しです」

 正式な病名は、糖尿性腎症からくる慢性腎不全。1カ月間入院し、その後は週に3日、1回5時間を要する透析の日々が待っていた。50歳になったときだった。

「最初は左腕にシャント(透析の際に使う、動脈と静脈を直接つなぎ合わせた血管)を作ったんですが、血栓が出来て、詰まって潰れてしまいました。それで、いまは利き腕の右腕にシャントを作り、透析を受けています。

 ベッドにつながれている5時間は、何もできません。週に15時間ですから、ネタを考えたりする時間にあてています。治療費は透析を含めて1回、2万5000円くらいです」

 写真は義太夫の診療明細書。1点10円の診療報酬点数を見れば、1カ月にどれだけかかっているか、一目瞭然だ。1回2万5000円の透析を週に3回という生活は、病気を顧みなかった代償だった。仕事を受ける日も限られ「事務所の不良債権」と笑う。

「糖尿病の本当の怖さは、痛みやつらさがないこと。自己判断で通院をやめる人が、とても多いんです。自分の努力で、合併症になる時間を先に延ばすことができるのに。

 僕もちゃんとお医者さんの言うことを聞いていれば、透析を5年後、10年後に延ばせたかもしれない。僕はダメ患者の見本。もし診断されたら、ちゃんと薬を飲みましょうと、声を大にして言いたいです」

(週刊FLASH 2018年6月26日号)