日本マクドナルドの下平篤雄副社長兼COO

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日本マクドナルドの業績が急回復している。今年4月まで既存店売上高は29カ月連続の増収。2017年には史上最高益を記録した。しかし意外なことに、サラ・カサノバCEOと二人三脚で陣頭指揮を執る下平篤雄・副社長兼COOは「このレベルで満足していては、私たちは絶対に今後の成長はないぞ」と全店にハッパをかけているという。その理由はなにか。マーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏が聞いた――。

※本稿は、永井孝尚『売れる仕組みをどう作るか トルネード式仮説検証』(幻冬舎)の第3章「『成長パターン』企業の取り組み」を再編集したものです。

■10年ごとに変わってきたビジネスモデル

──御社は常にQSCを追求し、仮説検証も徹底されてきました。しかし2014年、厳しい状況に陥りました。なぜそのようになったと思われますか?

【下平篤雄副社長兼COO】2018年で、マクドナルドが日本でビジネスを始めてから47年目、私が働き始めて40年目です。実は日本マクドナルド自体は、同じシステムで動いています。しかしビジネスモデルは大体10年ごとに変わり続けています。大きな分かれ目は、お客様と市場の変化の見極めと対応が早いか遅いかですね。私が入社した1980年頃も「もうダメかもしれない」と苦しんでいました。当時の店舗数は300くらい。外からは、売上も利益も伸びていて成長企業と見られていましたが、内部では勢いがなくなっていました。

──意外です。ずっと成長を続けているイメージだったので……。

【下平】1980年、1990年、2000年、そして今回と10年ごとに非常に苦しむ時期を繰り返してきました。そのたびに変革をして、成長してきました。たとえば、時代とともにお客様のライフスタイルが変わるので、競合の状況も変化します。創業の1971年は、ハンバーガーレストランの競合は皆無。1980年頃はファミレス、今はコンビニやカフェです。市場やお客様のマインドの変化をいかに真っ先に見つけて、具体的な対応をするかがカギです。

──創業者の藤田田(でん)さんはいかがでしたか?

【下平】天才です。対応がものすごく早かったですね。自分であらゆる情報を取り込み、サプライチェーンや店舗展開に深く入り込み、具体的に指揮していました。藤田さんだからこそ最初の10年に成長ができたと思います。

今は市場が成熟している状況ですので大きな間違いは許されません。

──1980年代の当時、藤田田さんは時代の寵児(ちょうじ)でした。

【下平】経営者は、目の前に起こる事実をもとに、どう考えるかが大事です。そして計画を立てる。ただ、どんなに正しい計画を立てても、情熱や想いがないと絶対にうまくいきません。実行に必要なことはリーダーの経験や情熱、想いだと思います。最初の「解決すべき問題」を決めるのはとても大事だと思います。その瞬間の想いの強さ・深さが明確で、正しくて、深い思考と幅があれば、自然と仮説や実行のアクションプランも出て一挙に実行まで行くし、結果も出てくる。一方で、「解決すべき問題」も常に変わります。一瞬でも満足したら、そこでおしまいです。

──「現状」もどんどん変わっていきます。

【下平】今回がまさにそうでした。日本マクドナルドが創業した頃、市場にはオポチュニティが膨大だったので、少しくらい戦略を間違えても戻って修正できました。今は市場が成熟している状況ですので大きな間違いは許されません。2000年頃から役員として経営に参画していますが、今、一番緊張感があります。

──一方で、新しい挑戦も必要です。実際にやってみないとわからないことも多い。「失敗してはダメ」と萎縮(いしゅく)すると、新しい挑戦も難しいのではないでしょうか?

【下平】挑戦は勘です。正しいかどうかはわかりません。当たる勘を養うためには、データを見た上で、あらゆる可能性について深い思考を行い、お客様とコミュニケーションして、現場に行きスタッフとともに検証する作業がとても重要です。

■知らない間にお客様が見えなくなっていた

【下平】たとえば以前から、私たちは店舗を「見える化」するシステムをグローバルで持っていました。膨大なデータがあり、現状のお客様の状況もわかる。おそらく今でも世界トップクラスです。ただこれはすべて、店舗を通して見た内部のデータです。ビジネスが厳しくなった時に立ち返ったのは、「我々はカスタマーファーストでやってきたけど、本当に直接的にお客様のことをわかっていたのか?」ということです。

──知らない間に、内部の視点だけになっていた、と。

【下平】その通りです。たとえば当社の品質管理には絶対の自信がありました。しかし、どうしてお客様に品質管理について信用していただけないのか。そこで第三者の専門家にご意見を伺いました。品質管理のシステム自体は素晴らしいものだとは褒めていただいたのですが、「それだけで満足していませんか? ちゃんとお客様に伝えていますか?」と言われました。

──品質管理をじゅうぶんに伝えきれず、風評被害拡大につながったのかもしれませんね。

【下平】事実を深く見ることが出発点でした。たとえば2015年にお客様が30%も減りました。それでも以前の70%のお客様が来店されている。ではどんなお客様が来店されているか? 当初、何があってもマクドナルドが好きというお客様にご来店いただき、来店いただけなくなったのは値段が一番、というお客様だろう、と思っていました。さらにお客様の声をお伺いしたら、事実は逆。マックが大好きなお客様が離れていました。「最近マックらしさがない」「楽しくなさそうだ」「働いている人も元気がない」という厳しいお言葉でした。ショックでしたね。

──いわゆるロイヤルカスタマーが離れていたのですね。

【下平】これは、考えを根本的に改めてお客様に寄り添わないと復活はないぞ、と思い知らされました。たとえば私たちはレストランなので、もちろんお店はきれいにしていたつもりでした。しかしお客様の期待はもっと高くて「マックは汚い」「スマイルがまったくない」「あいさつできない」というお叱りもたくさんいただきました。そこで2015年4月に発表した4つのビジネスリカバリープランの最初は〈よりお客様にフォーカスしたアクション〉と決めて、オペレーションの改善等、細かいアクションを数百項目。すべてお客様のご期待にお応えすることにしました。

■汚い感じだったモップは、「使い捨てモップ」に変更

──具体的には?

【下平】たとえば専門家のご指摘があった品質管理では、お客様にQRコードで商品の原材料をご確認いただけるようにしました。また「マックは汚い」というお客様のご意見をよくお聞きしましたので、根本的な解決が必要だと判断し、古くなった内装の店をフランチャイズの皆さんにご協力いただいて何百億円も使って全店改装を進めました。

──そういえば、お店も清潔になったように感じます。

【下平】マクドナルドの基本理念QSCの一つである「クレンリネス(清潔さ)」も徹底的に見直しました。たとえば以前は、「客席に清掃道具を置くと清潔感がなくなる」との考えで、客席内にほうきとちり取りは置きませんでした。ピーク時間帯には多くのお客様が来店して食事をされますので、ピークが終わってから清掃していました。その時は正しい判断だったと思っていますが、今のお客様のご期待はもっと高くなっています。お客様がお食事されたあと、次のお客様がテーブルについてポテトのひとかけらでも目に留まることがあったら、その時点でアウトなんです。

そこで客席に置いてもよいように、小型のこぎれいなほうきとちり取りを開発しました。私たちは店舗スタッフを、船のスタッフにたとえて「クルー」と呼びますが、クルーが常にポーチに清掃道具を入れて持ち歩き、ゴミをすぐ掃除するようにして、その様子もお客様に見えるようにしました。モップも汚い感じがするので、小さい使い捨てモップを開発し、お客様に見えるようにしました。このようにクレンリネスについても「見える化」しました。さらに清潔さの徹底と快適な食事環境を目指し、全店禁煙のコミュニケーションも強化しました。

■「スマイル¥0」を復活させた理由

──QSCには、「サービス」もあります。

【下平】サービスマニュアルもすべて変えました。これまでのマニュアルは効率を求める面がありました。そこで「誠実さ」や「ホスピタリティ」をより重視し、あいさつの仕方やタイミングも変えました。そして、マクドナルドの強みであるスマイルの強化策として「スマイル¥0(ゼロエン)」を復活しました。またマニュアルは文字をたくさん読む必要がありましたが、外国人クルーには難しいので、写真で誰でもわかるようにしました。

──とても多くの細かい改善をされていますね。

【下平】お客様の視点に立って、事実をもとに必要なアクションを考えて、できることはすべて少しずつ改善してきましたね。

──2015年4月に「KODO(コド)」というスマホアプリを発表されました。店舗でアンケートに答えるとクーポンがもらえる仕組みです。

【下平】来店されたお客様がどのように感じたか、事実がわかる極めて重要なデータです。さらに「お友達やご家族にお勧めするか?」というアンケートではNPS(Net Promoter Score)といって、お客様満足度の変化もわかります。大切なのは、店舗に「評価には一切使いません。お客様のコメントはよく見て、改善できるところはすぐ改善してください」と伝えたことです。

■「このレベルで満足していては、今後の成長はないぞ」

──評価に使わないのは大切なことですね。

【下平】店舗もスコアは、隠すようなことはしませんが、透明性を確保してオープンにしています。14万人のクルー全員が、KODOを知っています。店へのコメントはクルールームに「今日のお客様コメント」として貼り出して全員で見ていますし、お客様のコメントへのご返事も、店内に貼っています。KODOの全社スコアは、2015年第3四半期からNPSで大きく改善しています。このスコアは、お客様の印象そのものなので、必ずビジネスに結びつきます。

【下平】ここまではある意味想定内で、2年前も「何とかこのくらいはできる」と信じていました。問題はこのあとです。2017年後半から全店に「このレベルで満足していては、私たちは絶対に今後の成長はないぞ」とハッパをかけています。

──「解決すべき問題」が解決した時こそ、正念場ですね。

【下平】まさにリカバリーが終わった時こそ、本当の力が試されます。これまでの努力でお客様にご満足いただいても、お客様の期待は必ずもう一段上がっています。これまでのやり方は通用しなくなる。そこをさらに超えなければ、必ず再び厳しい状況になります。当たり前のことです。でもいい状況ではなかなかアクションを起こせません。私たちはサービス企業ですから、ゴールはありません。お客様の体験を一歩一歩向上する努力を、常に謙虚に行っていくのみです。

■「解決すべき問題」が解決した時こそ、正念場

──お客様の期待は常に変わっていくので、「現状」も「あるべき姿」も常に変わる。常に解決すべき課題を見つけていかなければならない、ということですね。

【下平】そうです。マネジメントでもいろいろ議論しています。

──どのような方向に向かうのでしょうか?

【下平】お客様の店舗体験や利便性をさらに上げて、その結果でブランドを向上することです。そのためにお客様の目に見える形で、いろいろなイノベーションを起こしていく必要があります。たとえば先日、キャッシュレスにも対応しました。ただ投資をしても、お客様体験が向上しないと、逆にお客様の満足度が下がるというおそろしい結果になります。きちんとお客様にお応えし、次の投資に向かえる成長をするのが大事です。

──KODOはその方向性を教えてくれるのでしょうか?

【下平】もう明確に出ますね。改善したところについては、KODOのコメントがさらに高いレベルに変わっていきます。

──現場とは、どのように議論をなさっていますか?

【下平】ストアーツアー(店内、厨房(ちゅうぼう)をお客様に見学してもらうこと)や、ウェブ会議などを活用して、各地域のスタッフと毎週、QSCのデータや店舗の状況などを見て議論しています。

──厳しい状況の時、「マックらしさが失われた」というお客様の声があった、ということでした。「マクドナルドらしさ」はどこにあるとお考えでしょうか?

【下平】実はそんなに複雑なことではない、と思います。今まで日本でマクドナルドが成功してきた理由は簡単で、「ピープルビジネス」というビジネスモデルだからです。来店されるお客様から見て一番大切なのは、クルーの「スマイル」です。お客様に「スマイル」を感じていただくためにはクルーが幸せと思うこと。クルーが成長することで圧倒的に仕事が楽しくなり、お客様へのサービスをやりがいがある仕組みにすることが一番大切です。

──実際にクルーの人たちはいかがでしょうか?

【下平】「今の若い人たちは」とよく言われますが、うちのクルーを見るとすごく進化しています。毎年、全国のクルーのオペレーションコンテストがあります。甲子園のように全国の店舗から勝ち抜いて年間最優秀者を選ぶもので、〈オール・ジャパン・クルー・コンテスト(AJCC)〉と言います。スマイルの質、スピード、テクニックは年々向上していますし、ポテトを作るスピードもどんどん速くなっています。そういうのを目の当たりにすると、みんな頑張っているなと思いますし、自分ももっと努力していかないといけないと心から思います。

──本日はありがとうございました。

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永井孝尚(ながい・たかひさ)
マーケティング戦略コンサルタント
1984年慶應義塾大学工学部卒業、日本IBM入社。マーケティング戦略のプロとして事業戦略策定と実施を担当。さらに人材育成責任者として人材育成戦略策定と実施を担当。2013年に日本IBMを退社。ウォンツアンドバリュー株式会社を設立して代表に就任。執筆の傍ら、幅広い企業や団体を対象に新規事業開発支援を行う一方、講演や研修を通じてマーケティング戦略の面白さを伝え続けている。主な著書に『100円のコーラを1000円で売る方法』『戦略は「1杯のコーヒー」から学べ!』(すべてKADOKAWA)、『これ、いったいどうやったら売れるんですか?』(SB新書)、『「あなた」という商品を高く売る方法』(NHK出版新書)などがある。

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(マーケティング戦略コンサルタント 永井 孝尚)