アメリカ代表を初優勝に導いたジム・リーランド監督【写真:Getty Images】

写真拡大

難題と思われた米国WBC優勝、リーランド監督が見せた涙

 数々の熱闘を生んだ第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、野球の母国・アメリカ合衆国が悲願の初優勝を決めて幕を閉じた。スコア上は8-0と一方的な展開となったプエルトリコとの決勝戦だったが、アメリカが1次ラウンドから歩んだ道のりは決して容易いものではない。それを物語ったのが、試合後に見せたジム・リーランド監督の涙だろう。

 パイレーツ、マーリンズ、ロッキーズ、タイガースで監督を歴任したベテラン指揮官は、タイガースでの2013年シーズンを最後にユニフォームを脱いでいた。MLBコミッショナーオフィスやタイガースでスペシャルアドバイザーを務めるなど一戦から退いていたリーランド氏に、“米国WBC初優勝”という大きな指令を出したのが、元ヤンキース監督で第3回WBCアメリカ代表監督を務めたジョー・トーリ氏だった。

 現在、MLB機構でルール改訂や選手の処罰など野球運営面でのトップに立つトーリ氏は、自らがWBCアメリカ代表のGMとなり、旧知の仲でもあるリーランド氏に監督を任せた。オールドスクール、いわゆる昔気質の2人だ。GMとしてサポートするという盟友の頼みを断れるはずもない。リーランド監督は3年の“隠遁生活”から現場復帰。72歳のベテラン監督は、自分の孫と言ってもおかしくないほど若い選手たちをまとめ上げ、難題と思われた優勝に導いた。

 チームがキャンプ地のフロリダ州フォートマイヤーズに集合したのは、3月7日のことだった。そこから決勝戦まで、わずか2週間あまり。チームとして体をなさないまま終わっても不思議はないが、「本当にいいチームになった。特別な仲間になったよ」(クロフォード)と選手が言うまでになったのは、リーランド監督の指揮の上手さと細やかな気遣いのおかげだ。

大会MVPストローマンも「男の中の男」と心酔する指揮官

 スポーツマンは勝負師だ。ミーティングのたびに「みんな勝ちたいだろ。勝ってやろうじゃないか。アメリカに初めての優勝をもたらそう」と話し掛け、選手の闘志に火を付けた。決勝戦直前の記者会見で意気込みを問われると、いたずらな笑みを浮かべながら発したのは「We try to make America great again(アメリカを再び偉大にしようとするだけだよ)」というトランプ大統領が選挙期間中に連呼したレーガン元大統領のスローガン。野球の母国、野球大国として世界大会で“復権”すること、アメリカが偉大であると示すことは、選手にとっても大きなモチベーションになったようだ。

 同時に、積極的にコミュニケーションを取る気遣いも、選手たちの琴線に触れた。25歳のイエリチは「選手一人一人に気遣ってくれるんだ。選手が懸命にプレーすること、国の代表として恥じないプレーをすることが大きな意味を持つ。いつもそう話してくれたんだ。監督の下でプレーできて本当によかった」と振り返る。

 決勝戦で6回無失点の快投を披露し、大会MVPに輝いたストローマンも「監督は男の中の男。チームを完璧な方法でまとめ上げてくれた。その言葉1つ1つが、選手にやる気を起こさせるように計算されているとすら感じたよ。ミスター・リーランドのことは心から尊敬している」と、すっかり心酔した様子。これを限りに再び隠遁生活に戻る指揮官は「これが最後。もう2度とユニフォームは着ない。誰もそんなこと気にしやしないだろ」と笑うが、早くも次回大会の出場を表明したストローマンは「4年後に監督復帰してもらう」と冗談めかしながらも真顔で“引き戻し”を宣言した。

招集選手の限界、起用の制約がある中で勝ち取った優勝

 大会規定の球数制限以上に、選手個々が所属するMLBチームから言い渡される起用に関する制限が多く、日本と戦った準決勝前には3チームの投手コーチと連絡を取り、起用法について相談したという。イニング数、球数、連投の可否など、さまざまな制約がある中でも、選手の入れ替えが可能な新規定を利用しながら、やり繰りした監督の手腕はさすが。招集したい選手をすべて揃えられたわけではない中で手にした優勝は、より大きな達成感を与えたのかもしれない。

 優勝決定後、特設ステージで優勝カップを授与されたリーランド監督は「代表監督、代表コーチ、代表選手は、みんな国を代表できたことを誇りに思う」と話すと、涙ぐみ言葉を詰まらせた。監督室ではタバコを燻らせ、ユニフォームの着こなしはオールドスタイル。どこまでも昔気質の監督は、優勝後の記者会見で最後に「野球の母国に初優勝をもたらした感想は?」と聞かれると、笑いながら言った。

「だから言っただろ、アメリカを再び偉大にしようとしただけだって(笑)。みんなありがとう。みんなも楽しんでくれたことを願うよ」

 それじゃ、また、とばかりに片手を挙げて会見室を出ていったリーランド監督。4年後、再びユニフォームを身にまとって会見室に登場するのか。それは誰にも分からない。

佐藤直子●文 text by Naoko Sato