カルビー代表取締役会長兼CEO 松本 晃氏

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“ノーミーティング・ノーメモ”を合言葉に、カルビー社内の会議と文書のムダを一掃した松本会長。その厳しい会長が理想とする資料はどんなものか。

■儲かる会社へと変貌させた立役者が「ノーメモ」を掲げる理由

2009年にカルビーの会長兼CEOになったとき、社内資料の多さにびっくりしました。売り上げデータ、在庫データ、エリア別データ、商品別データなど社内の帳票は実に1100以上あった。1100枚ではなく、1100種類ですよ。「すべての資料に目を通したら不眠不休で4日かかる」と笑えない“社内伝説”もあったほどでした。

各種データはグラフ化され、会議資料はパワーポイント一面に9つのグラフを載せた通称「9面グラフ」が基本でした。グラフが9つもあると、どこがポイントなのかひと目ではわからない。しかもそのことに疑問を持たない資料病、データ病が蔓延していました。

そのような状況を見て、就任早々に訴えたのが「ノーミーティング、ノーメモ」。つまり会議不要、資料不要という意味です。それまでとは180度の転換ですが、戸惑う社員に「資料は1円も生まない」と繰り返しました。11年には経営指標の健全化を目指すプロジェクトをスタートさせ、「経営指標はA4・1枚」にまとめました。会議資料も基本は同じで、そこにない情報は、口頭で説明され、出席者は頭の中に入れる。頭に残らないのは、ろくでもない情報だから忘れていいんです。

「ノーミーティング、ノーメモ」はこのときからではなく、ジョンソン・エンド・ジョンソンメディカルの社長を務めていた20年ほど前に言い出したことです。組織というものは、放っておくと会議が増えます。会議で討議するうちに、また別の会議をつくってしまう。必要なのは会議ではなく、どう実現するかというアクションです。それは会社も政府も同じでしょう。

やるなと言っても、本当に会議や書類がゼロになるわけではありません。それぐらい厳しく言って、ようやく少しずつ減っていく。私が言いたいのは、すべてをゼロにせよということではなく、ムダなものを省き、必要なものは合理的に進めていこうということです。

文書でいえば、合理的とは、簡潔かつ要点を明確に、ということ。私がそのコツを学んだのは、伊藤忠商事で働いていた20代の頃です。

たとえばビジネス文書は、新聞の一面記事にならえと上司から教わった。この構成なら、丹念に読む時間がない相手でも即座に内容が理解できるということです。そのコツを残したのは、大本営作戦参謀だった瀬島龍三さんだそうです。瀬島さんは戦後、伊藤忠商事にきて会長まで務めましたが、そういう教えをいくつも残したのでしょう。

大企業には悪い文化がたくさんありますが、そのような大切なノウハウが受け継がれていくところは、よい文化です。

「鉄は熱いうちに打て」で、ビジネスの基本ノウハウは若いうちに身につけるのが一番です。私は自分の経験もあって、常にそのことを意識してきました。以前の会社でも、新入社員が入社時研修を終えると、彼らのレポートを私が添削していました。職場の上司宛てに提出したレポートですが、社長の私がすべてに目を通し、文章に赤字を入れて戻す。これからたくさんビジネス文書を書くことになるけれど、それぐらい大切に書いてほしいというメッセージです。何年か経って、社員から感謝されて嬉しかったことがあります。

私は資料やデータを否定するわけではありません。以前のカルビーがそうであったように、各種指標を駆使してビジネスの方向性を決めるのも一つの経営スタイルです。

ただ、数値データに頼りすぎるのは考えものです。それは競馬新聞を見ればわかります。過去のレースで何着だったか、体重がどう変化したかと数値データばかり追っても、そう簡単に馬券は当たりません。

ビジネス文書も、数値データが豊富だと説得力があるように見えますが、そこには落とし穴があります。

私も毎日の売り上げなど重要な指標のデイリーデータは、必ず目を通します。参照するデータを絞り込んで活用しているわけです。以前のカルビーは、膨大なデータをもとに経営の舵を切る「コックピット経営」と呼ばれていました。たくさんの計器に囲まれた飛行機の操縦室です。現在はかなりデータを絞り込んだので、自動車ほどの計器がある「ダッシュボード経営」です。

ビジネスの情報はデジタルとアナログの両方が必要です。デジタルは各種経営指標のデータ、アナログは現場へ足を運び、五感を使って感じ取る情報のことです。私はカルビーにきてから、毎週日曜の午前中は現場の定点観測に充てています。自宅の近くにあるスーパー4店、コンビニ6軒を見てまわるのです。先述した医療機器販売会社にいた頃は、暇さえあれば病院の手術室に入り、医師が自社や競合他社の製品をどう使っているかを観察していました。

スーパーの売り場に立って、ポテトチップスの商品棚などを見ていると、さまざまなことに気づきます。たとえば、商品名はアルファベットより、片仮名や漢字のほうが目に飛び込んでくるのではないか、とかね。自分の五感を使って仮説を立て、それを数値で検証していくのが、アナログとデジタルの両刀づかいです。

資料づくりも数値データに偏りすぎるのではなくて、読む人の気持ちや感性に訴えるアナログの側面を大切にすると、説得力のある効果的な資料になるのです。

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カルビー代表取締役会長兼CEO 松本 晃
1947年、京都市生まれ。京都大学農学部卒業、同大学院修士課程修了。72年4月、伊藤忠商事入社。医療機器販売の子会社を経て、93年ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人へ。同社の社長、最高顧問を歴任。2008年カルビー社外取締役に就任後、09年6月より現職。

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(伊田欣司=構成 本野克佳=撮影)