江戸時代の幕府公認遊廓、吉原。ひとくちに吉原といっても、江戸時代初期に日本橋にあった元吉原、1657年の明暦の大火後に浅草の裏手に移動してからの新吉原の2つあり、落語などに出てくる「吉原」はたいてい新吉原の事を指します。今回はその新吉原遊廓を見取り図浮世絵でご案内します。合わせて読みたい↓隣から声が筒抜け!吉原遊廓「切見世」の仕切りはなんと襖1枚…どんな場所だったのか?【大河 べらぼう】江戸時代吉原