DeNAの中畑清監督は4月26日の阪神戦の前に、あきれたようにこう言い放った。

「他のチームがあまりにも打ちすぎるんだよな。とにかく、イケイケでいくしかない。ビッグイニングを作らないと勝てないんだから」

 中畑監督が言う「打ちすぎるチーム」の象徴が阪神打線で、4月30日現在、チーム打率.295、得点171はいずれもリーグトップ。そして、その阪神打線の"不動の4番"に君臨しているのが、新外国人のマウロ・ゴメスである。

「キャンプ、オープン戦の時は心配していたけどね。体調も不安だったし、それに日本の投手は打者の弱点を突くピッチングをしてくるから、はたして対応できるのかなと......」

 阪神の黒田正宏ヘッドコーチはそう言って笑顔を見せた。

 実際、開幕前に今のゴメスの活躍を想像できた人は、はたしてどれぐらいいたのだろうか。夫人の出産に立ち会うため、キャンプへの合流が二度も遅れ、来日してもバットを振る姿はほとんど見かけなかった。2月20日の紅白戦は体調不良で欠場。2月23日の中日とのオープン戦は試合直前まで練習しながら、右ヒザ裏の痛みを訴えて病院に直行。翌日の練習には参加したものの「足がイタイデス」と早退。

 こうした事態に、渉外担当者が右の大砲タイプを調査するために渡米したという報道も流れ、中村勝広GMは「ゴメスは一塁しか守れない。サードは無理だ」というコメントを残す始末。ゴメス報道は連日のように暗雲がたちこめていたのである。

 その後なんとか実戦に参加するも、オープン戦の出場はわずか4試合。成績も14打数2安打(打率.143)、6三振。マイナーの3Aとはいえ、3年連続で20本塁打以上を放った面影はなかった。阪神ファンの中には、昨年のブルックス・コンラッド(24試合に出場し、打率.175、0本塁打、0打点)の悪夢を思い出した方も多かったのではないだろうか。「5月までいるのか?」というジョークも、本当に笑えない状況になっていた。

 DeNAの蓬莱昭彦外野守備走塁コーチは、「オープン戦にほとんど出てないんだから、その時点でダメだと思っていたけどね。それが今の活躍なんだから、外国人選手というのは本当にわからないね」と苦笑した。

 巨人との開幕戦で、ゴメスはほぼぶっつけ本番で「4番・ファースト」で出場。だが、この試合で4打数2安打2打点の活躍を見せると、甲子園デビューとなった4月8日のDeNA戦では、阪神の歴代外国人最長となる開幕から10試合連続安打を記録。さらに快進撃は続き、25日のDeNA戦で開幕25試合連続出塁を達成した。これは、和田豊監督が現役時代に作った開幕24試合連続出塁を抜く、球団新記録となった。ゴメスは試合後、「チャンスだったのでランナーを還すことだけを考えていた。記録のことは知らなかったです」と答えた。

 黒田ヘッドコーチは、今のゴメスの活躍について次のように語った。

「調整遅れは心配していたけど、これもチームの方針でペースを落とさせていたことだから。コンパクトなスイングだし、広角に打てる。バットの芯に当たれば飛ぶことを本人がよく理解しているので、大振りしない。だから、好不調の波は少ないと思っていました」

 DeNAの久保康友は4月8日の阪神戦に登板してゴメスと対戦している。その時の印象を語った。

「第一印象としては、思い切りがいい、スイングが速い、追い込まれてからも低めのボールを見極める選球眼の良さがある、というところですね。僕は外国人打者に対しては、どちらかというとストライクゾーンからボールになる球で勝負するタイプなのですが、そのボールを見極められるとキツイですね。似たタイプとしては、巨人のロペスですかね。彼も低めのボール球は振らない。ただ、ロペスは本当にミート中心ですが、ゴメスはしっかりと強く振ってくる。その違いはあります」

 久保はゴメスについて、「いいバッターです」とシンプルに答えた。そして、「次にゴメス選手と対戦する時のイメージはありますか」と訊くと、次のような答えが返ってきた。

「選球眼のいい選手ですので、ボールゾーンを振らせるというのは厳しい。ストライクゾーンの中で、遠くに飛ばされないボールを選択していかなければいけないでしょうね。抑えるのは大変なバッターですよ」

 また、甲子園で実際にゴメスのバッティングを見たという解説者の田口壮氏は次のように語る。

「体の使い方とタイミングの取り方がマートンにそっくりです。おそらく、マートンや打撃コーチ補佐のオマリーからアドバイスを受けているのでしょう。外国人選手が日本に来ていちばん苦労するのがタイミングの取り方なんです。アメリカの場合、ほとんどのピッチャーが150キロを超える球を投げ、ボールを動かしてくるので大きくタイミングを取ってしまうと遅れてしまう。なので、コンパクトにタイミングを取り、ボールに対して最短距離でバットを出す打ち方をします。ただ、日本で同じ打ち方をしてしまうと、少しタイミングが早くなって、自分のポイントで打てない。でも、ゴメスのバッティングを見ると、タイミングの取り方が大きくなっていて、明らかに日本の野球に対応した打ち方をしています。すごく器用なバッターですね」

 同じく野球解説者の山崎武司氏は、「タイプ的には中日のルナ」と言い、ゴメスのバッティングについてこう説明する。

「上下運動が少なく、目線がぶれないからしっかりミートできる。そのあたり、ルナにそっくりですね。決して長距離打者ではないですが、ツボにくれば一発もありますし、何より勝負強い。確実に率を残すバッターだと思います」

 前出の黒田ヘッドコーチも安心した顔でこう話す。

「対戦がひと回りした時にどうなるかなと思ったけど、何事もなく結果を残していますからね。この先、今以上に相手から研究されるでしょうけど、ゴメスは対応力のある選手ですし、何より真面目。すごく研究熱心。日本人選手ともうまくやっていますし、精神的にリラックスできる環境が作れているから、ケガさえなければこのままやってくれると思いますよ」

 ここまで29試合を消化して、打率.327、4本塁打、33打点、得点圏打率.435の好成績を収めているゴメス。開幕連続出塁は27試合で途切れたが、打点は堂々のリーグトップ。ゴメスのあとを打つマートンも好調を維持。日本プロ野球史上最高の外国人コンビの誕生を予感させる春なのである。

島村誠也●文 text by Shimamura Seiya