「台湾本塁  KANO精神」の台北記者会見に参加した嘉義農林野球部OBの林泰岳さん(左2)ら。前は嘉農に贈られた準優勝盾の複製=10日、台北(嘉義市政府提供)

写真拡大

(台北 11日 中央社)日本統治時代の1931(昭和6)年、高校野球の甲子園大会で台湾勢として初めて準優勝した嘉義農林学校(嘉農=現・国立嘉義大学)にスポットをあてた特別展示、「台湾本塁 KANO精神」が14日から嘉義市で開催されることになり、10日午後、台北でイベントPRの記者会見が開かれた。

同日の会見には嘉農野球部OBの林泰岳さん(88)も招かれ、チームの強さの秘密や地元の野球ブームなどについて熱く語った。林さんが入部したのは戦後の1947年だったが、当時の監督は甲子園に出場した伝説のメンバーの一人、故・陳耕元(日本名:上松耕一)さん。

林さんの話によると、嘉農が激しい競争に勝ち抜いて台湾の代表校になった最大の理由は、チームを甲子園に導いた名将・近藤兵太郎をはじめ、指導力抜群のコーチ陣に恵まれていたこと。また、嘉義では日本統治時代から野球が盛んで、台湾人チームと日本人チームの対戦が毎日のように繰り広げられていたという。

「台湾本塁 KANO精神」では、嘉農関連の文物のほかに1969年のリトルリーグ・ワールドシリーズで台湾勢としては初めて世界チャンピオンに輝いた「台中金龍少棒隊」のサインボールや、2013年のWBC大会で元ソフトバンクの陽耀勲投手が着用したユニホームなども公開され、これらの展示物を通して100年にわたる台湾野球の歩みを追うことができる。開催は5月18日まで。

<嘉義農林学校野球部> 日本統治時代の1928(昭和3)年に創部。1931年、強豪の愛媛・松山商業で監督を務めた近藤兵太郎の指導の下、漢族、高砂族、日本出身の選手が一丸となって初出場の甲子園大会で快進撃を続け、台湾勢では初となる準優勝を果たした。そのサクセスストーリーを扱った台湾映画「KANO」(台湾で2月27日に公開予定)は大沢たかおらの出演もあり、日本でも話題を呼んでいる。

(林宏翰/編集:羅友辰)