吉本新喜劇座長 小籔千豊さん

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ユーモアを解さず、周囲の顰蹙を買っている編集部一の堅物男T。面白くない自分に悩むTは、人気芸人の指南を受けることに。果たしてユーモアを身につけることができるのか?

入社6年目の編集者Tはマジメで意欲もある中堅社員。にもかかわらず社内でTを評価する声は耳にしない。周囲の人間は語る。「面白みのなさでいえば10年に一度の逸材」「『退屈』のwikipediaを調べたらTの名前が出てきた」と。自分が冗談ひとつ言えない堅物と自覚しているTは、社員生活の行き詰まりをひしひしと感じていた。

「笑いがわからないと出世できないって本当ですか? だったら、僕、笑いを極めます!」

現状を打破すべく、無謀にもTは一流のプロフェッショナルのもとへ。その前にそびえたのは小籔千豊。テレビ番組『すべらない話』の淀みないトークで有名だが、後輩をきびしく指導する吉本新喜劇座長の顔も持ち、その眼光は鋭い。“笑いを交えたプレゼン術”を教わるため、まずTは小籔の前でいつものプレゼンを試した。すると緊張で声はうわずり、用意していた文章をかみ倒し、内容はメロメロに。すかさず「さすがに芸人さんの前だといつもとはちょっと……」と言い訳をねじこむTを小籔が制する。

「相手によって動じてしまう時点で、もうカスやなと思うんですよ。普段『上司の機嫌がええときはプレゼンできるけど機嫌悪かったらできへん』とか言うてません? 嫁はんと子供を背負うてるのにぬるいことを言うてるのが、もう笑ける。プレゼンは相手が誰でも関係ない。最悪の条件を想定して挑むべきでしょ」

心中「僕、嫁さんと子供いません」と否定するTだが、図星の指摘に「小籔さんは『すべらない話』のような大舞台でも心が揺らがないのですか?」と尋ねる。

「最初、松本人志さんの前でオモロい話するなんて、普通にしゃべられへんかもわからんなと思いましたよ。だから3週間ずっとイメトレをした。『すべらない話』はヤンキースタジアムに一流の大リーガーが揃う大会で、俺はそこらの公立高校の8番バッターやと。誰も期待してへんのやから自分の好きなスイングして帰ってきたらええねんって。結局、目的を『ウケたい』にしたらぶれてくると思うんですよ。新喜劇でも台本を作っているときはむちゃくちゃ悩みますけど、できあがったら『もう十分やった』と気持ちが切り替わっている。あとは作品の内容をできるだけ損なわずに運ぶ思いだけでスベっても動じないようになりました」

内容すら固まってないのに、「ウケたい」「採用されたい」の我執にまみれては、プレゼンが成功するはずがなかった。小さく頷くTに対して、小籔から「最後、ドヤ顔してませんでした?」の追及が飛ぶ。そう、Tはプレゼンの後、「どうでした、僕の案?」と得意気な表情を隠せないと評判なのだ。

「プレゼンは、力を出し合ってプロジェクトを成功させるのが目的でしょう。そこでドヤ顔になるのは、プロジェクトを踏み台にして自分ができるやつと思われたい感情が先立っているから。まずその心根を直さないといけない。でもドヤ顔するから採用せえへんという上司は上司でクソやなと。それがめっちゃええ案なら、『ありがとうな、それナイス案やな、いただくわ。でもその後のドヤ顔はカスやで』と叱るのが一番やと思いますね」

Tのおこした火の粉が不在の上司にまで及ぶ事態に……。ちなみにカスつながりでは、プレゼン中、話の邪魔をするカスには、「そういうタイプは横についてくる。僕が『稼ぐ人の勉強法の肝は時間と集中やと思うんですよ』と言ったら『そうやねん、稼ぐ人の勉強法は時間と集中やねん』と内容ゼロの復唱してることが多い。だから隣で同調しだしたら『あっ、そうなんですか。ほんでどういうことですか』と自分も聞き手側にまわって先に全部言わせる。そうするともうそれ以上喋りません」という実践的な指導も。

さらにTは、「プレゼン中、みんなが関心薄そうで自分の話を聞いてくれないんです」という一番の悩みを切り出した。そんな状況でどうしてドヤ顔ができたのか? ますます深まる謎はさておき、相談を受けた小籔はTを凝視し腕を組む。

「品行方正で話も普通の男って引きがない。芸人もそうですけど、やっぱりこいつヘンやな、いびつやなと思う部分がみんなの心に傷跡を残すんですよ。だから自分のちょっと変わった人間性を強調する。日本史好きなら『今日は関ヶ原の戦いが始まった日。僕も石田三成のように負けないよう頑張りたいと思います。それでは』と始めたら、『なんやねん、おまえ』みたいに意識がいくじゃないですか。Tさんも人と違う特徴あるでしょ?」

「僕はその、何でしょう……これといったものはないですかね……」

「何もない? 何もないんですか、あなたは。じゃあ僕が決めます。明日からホットヨガキャラとして頑張ってください。それがダメなら普段からおっちょこちょいを演じましょう。会議始まる前、『今日めっちゃ緊張しますわー。あっ、なんでこんなん入ってんや!』言うて、ファイルの中に入ったエロビデオのチラシ1枚を見せる。そしたら『こいつミスるんちゃうか』とみんな注目しますから」

プレゼンが全否定されたにもかかわらず、Tは「昼の失敗は夜に挽回すればいいわけですよね?」となぜかのん気だ。次なるアドバイザーは、先輩から可愛がられ後輩からは慕われる、社交性の怪物芸人サバンナ・高橋である。「初めて会う人より、1回お酒を酌み交わしてる人のほうが絶対仕事をやりやすい。“飲み会なくして成功なし”ですね」と哲学を語る男に、盛り上がる飲み会の極意を聞かずにはいられない。

高橋が見守る中、飲み会はスタート。上司から「おい、乾杯の音頭とれ」と指名されるとTはやおら立ち上がり、「えーみなさん。『中高年、犬の散歩で犬が痩せ』と申しまして」と何の前触れもなく、綾小路きみまろインスパイア甚だしい挨拶を語りだした。座が一瞬凍りつくも、そこは大人の呼吸で「まあ、まあ」と杯が重なり穏やかに宴は進む。最初こそ上司や先輩に積極的に酒を注ぐTだったが、酔いが回るにつれ堅物キャラは崩壊。「僕のプレゼンの何が悪いんですか〜」と先輩にからむ。高橋の顔がみるみる曇っていく。

「どうもこうも、まず最初が……。乾杯の挨拶で笑いを取りにいって失敗したときのリスクのでかさ。それを考えたらギャンブルに出る必要ないと思うんですよ。指名されたとしても、『わかりました、やりましょか?』という態度だと余計緊張するし、その緊張感も伝わってズブズブのすべり方しますし。だから『ええ?僕ですか!? ……めっちゃ緊張しますやん』の一言でハードル下げるべきでしょうね。あと『乾杯!』は誰よりも大きい声を出して、ひと口目のビールに手をつけた後の一言も大事にしないと。たとえば『カーッ。今日はビールが水みたいに入っていきますねえ!』とか」

ハードルを勝手に高く設定しては棄権と失格を繰り返すTには、耳の痛い指摘である。期待値を下げることは重要で、「『なんか面白いことをやれ』みたいな無茶ブリに対しても『えー!? じゃあモノマネするんで、誰か指定してください』と向こうにフリを委ねましょう。人に言われてやることはだいぶハードルが下がるので、全然できてなくてもまだウケます」の知恵までいただく。

しかし高橋が何よりも気になったのは、Tが先輩に嬉々として語っていた自慢話「こないだ六本木のクラブに女の子3人と繰り出しましてね……」だという。

「自分が楽しかった話なんかされても、聞いてるほうは『何がおもろいねん』って思うでしょ? 飲み会で盛り上がる話題は、ゴシップ、エロすぎない下ネタ、失敗談。聞き手の感想が『ええなあ〜』より『アホやな〜』で終わる話のほうが『しょうがないなおまえは。まあ飲むか!』とつながっていきますから。あと自慢話で座が白けた後、『なんですか、この空気!』と言ってましたよね? ああやって苦しい状況に自分からふれるのは、僕は違うと思います。それよりもオナラでもええから起死回生の一発に賭ける。上司の取り皿のコロッケに手を出して、『すみません。今、変な空気やったんで、僕どうかしてました!』とかね」

もちろん飲み会ではこうしたその場勝負の状況ばかりではない。「明日朝早いのに帰られへん、みたいなとき。そういうときは自分が出ようと思っている30分前に、『うわ〜、もう行かなあかん! あ、でももう一杯だけ!』とアピールしておくんです。そうすると無理して30分おった雰囲気になる」と高橋は伏線を張る重要性も強調する。

職人芸のような数々の宴会術を神妙な顔で聞くT。盛り上げてコミュニケーションを取るのが目的の宴で、自分だけ気持ちよくなろうとしていたことに遅ればせながら気づいた――かと思いきや、「というか結局、先輩も上司も飲み会も面白いと思えないんですよ。それはどうすればいいんですかね?」とゆとり世代でも聞かない質問を言い放った。高橋の顔が一瞬白くなるが、そこは数々の修羅場をくぐった芸人、努めて冷静に答える。

「やっぱり一番の肝は、ほんまに楽しむこと。仕事のために飲み会に参加してると思っていると、しんどいじゃないですか。人間関係も同じで、まずその人のことをほんまに好きにならんかったら、好きにはなってもらわれへん。だから気分が乗らないなら、同席者の褒めれるところを1個ずつ探していったらどうですか? 娘さんの写真でもいいし、新しいネクタイでもいい。本当に何もなければ『家どちらでしたっけ? ああ、風水的にめちゃくちゃええらしいですね!』と定かではないことでもいいし。そうやってまず相手を楽しませることで、自分の感情を同調させるしかないでしょうねえ」

かように一流の芸人から有意義なダメ出しをさんざん浴びたTは、自分でも笑いを取れそうな気がしてきた。時折、脳裏に浮かぶのは小籔の言葉だ。

「僕ら芸人は、『ここでスベったら家族を路頭に迷わせる。絶対笑かそう』と覚悟を持って喋ってるわけで、一般の方が急に面白いことを言おうと思ったって、難しい。だから普段から実践することが大切なんじゃないですか。職場に限らず、食事中や休日に、『ここでスベったら家族が市中引き回しになるんや』と腹に力を入れて」

数々のアドバイスを反芻しながら、Tはとりあえずホットヨガ教室に通おうかな、と考えている。

■吉本新喜劇座長 小籔さんに習う!プレゼン編

【1】企画が採用されない

プレゼンは自分の手柄を誇るためのものではなく、プロジェクトをうまく進めるためのもの。本来の趣旨を忘れたドヤ顔では、通るものも通らない。

【2】上司の機嫌が悪い

上司の機嫌が最悪の場合を想定すべし。まずはミスをしないこと。あまりに理不尽な上司は、周囲の上司への評価が下がっていくから問題なし。

【3】真剣に話を聞いてもらいたい

特徴を活かすべし。女好きでも軍事マニアでも、自らの変わった性質をプレゼンに練りこむ。人間は他人のいびつな部分に心をひかれてしまうのだ。

【4】面白いプレゼンにならない

飲み会やコンパでウケる練習をするべし。面白いプレゼンのためには普段の訓練が肝要。ただし「ウケること」がプレゼンの目的でないことを忘れるな。

■サバンナ・高橋さんに学ぶ!飲み会編

【1】乾杯の音頭を任された

乾杯の挨拶では、ウケたときの跳ね返りよりも、すべったときのリスクが高い。緊張していることを誇示してハードルを下げろ。声はあくまでも大きく。

【2】上手く話せず微妙な空気に

起死回生を狙え。上司のつまみを取る、などの一発技で形勢逆転だ。「ちょっと、この空気どうしてくれるんですか?」と店員に無茶ブリするのも有効。

【3】盛り上げ役になりたい

自慢話はNGだ。「ええなぁ」とうらやましがられるより「アホやなぁ、まあ飲めや」と同情される話が有効。ただしエグすぎる話はしないように。

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吉本新喜劇座長 小籔千豊
1973年生まれ。大阪府出身。吉本新喜劇最年少座長として百戦錬磨の芸人を束ねる。9月17〜19日、大阪、京都、神戸を舞台に様々なイベントを行う「YOSHIMOTO WONDER CAMP KANSAI」に出演予定。

サバンナ 高橋茂雄
1976年生まれ。京都府出身。お笑いコンビサバンナのボケ(たまにツッコミ)担当。絶妙な後輩キャラで先輩芸人の信頼も厚い。スマートフォン時代のお笑いコンテンツ「お笑いLIFE」にて、自身が企画するアプリが配信予定。

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(鈴木 工=文 キッチンミノル=撮影 海ぶん鍋ぶん浜松町店=撮影協力)