「ネットもテレビと同じ」という慢心が命取りに…"ガリバー"電通を時代遅れ集団に変えた、たった1つの誤算

■月70時間の残業は当たり前の部署
数カ月の休養を終え職場に復帰した藤沢涼(※1)を待っていたのは、メディアビジネス推進部という外資系のクライアントを扱う部署だった。
体調に見合った部署を用意してくれるものだと期待していた藤沢の願いは、叶わなかった。月70時間ほどの残業は当たり前の部署だったため、復帰してすぐ体調不良に陥った。
そんな藤沢に、部長とその部下たちからの嫌がらせが相次いだ。
「だから、病人はきついよな」
「もっと優秀な奴、欲しいよな」
そんな嫌みを藤沢に聞こえるように言い放つ。
勤務中に抜け出し、通院する際も、口では「ああ、行って来い」というものの、雰囲気でプレッシャーをかけてくる。病院から戻ると、今度は「ずいぶん、遅かったな」と追い討ちをかける。精神的なダメージが大きく、藤沢は経理関係を担当する部署へ異動。その後、再び営業を担当させてもらった。
〈最前線で働くのなら、もう、ここでできなかったら無理かもしれない〉
最後の望みをかけて、営業へ異動した。それでも心身ともにきつく、泣く泣くお願いし、再び経理関係を担当した。
〈広告というダイナミックな仕事はできないけれど、ここでしばらく体を休めよう〉
※1 元電通社員で現在、Lamir社長。2012年に電通を退社。
■電通社内「大組織改革」で“ふりだし”へ
時間という薬に頼ろうとしていた矢先、2012年4月、社内の大組織改革がおこなわれた。
藤沢には、テレビのローカル局を担当する部署への人事異動が発令された。その局は、藤沢の電通人生の中で一番の暗黒時代を象徴する部署だ。
新入社員として配属された先で人格を否定され、暴力も受け、しかも、殺伐として罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられる部会の様子がフラッシュバックした。
「てめえ、ふざけんじゃねえぞ」
「いつまでも、誤字脱字、やってんじゃねぇぞ、バカ野郎」
藤沢に、吐き気が襲ってきた。完全に打ちひしがれた。
〈あそこに異動させるなんて……。そんなこと、するのか……。組織は、俺のことを駒としか思っていないんだな〉
どうしてもやるせない藤沢は、すぐに上司へ掛け合った。
「異動は、ナシにしてもらいたいです。僕がここまで来た経緯を見てもらえればわかるはずです。自分でも病気を抱え、会社に迷惑をかけているということはわかっています。だけど、そんな僕を、また一番きつかった部署に戻すということだけは受け入れられません。会社として正しい判断だと思えません」
藤沢は、上司に食らいついて訴えた。が、藤沢の気持ちを受け止めようとはしてくれなかった。
「いや、もうこれは役員の決定事項になっているからさ。本当に無理だったら、また異動願い出せよ」
■「若手は全員、現場に出ろ」の悪夢
そもそも、藤沢の異動には、部長同士の間でこれまでの経緯を踏まえ、最初から負荷を与える業務をさせないという協定があった。そのため、激務を負う部署に配置されることなく、比較的マイルドな部署に配置されてきたことで心も癒されてきた。

このまま、楽な部署でリハビリを続けさせてもらいたかったが、大組織改革により「若手は全員、現場に出ろ」という号令が組織的に出された。個人の思惑などまったく反映しようとはしない組織改変があり、藤沢には、一番行きたくない部署への異動の言い渡しである。
〈一番希望しない部署に配置するということは、「もう辞めろ」っていうことなのかな〉
正直、会社からの「いじめ」のように感じた。それでも、異動せずに辞めるのも癪(しゃく)だ。
〈部署の文化も変わったかもしれない。逃げずに、まずは頑張ってみるか〉
結局、ようやく落ち着いてきたところに、一番触れたくない光景を思い出す羽目になったことで、藤沢の肉体も精神もどんどん悲鳴をあげるようになってしまった。
〈もう、これ以上は無理だ〉
藤沢は、辞表を出した。
■ネット台頭に置きざりにされる危機感
電通には、あまりにも古く、時代にそぐわない側面がたくさんある。
今は、クライアントにべったりくっついて仕事をとってくるような時代ではない。本当に知恵を持たないと、アクセンチュアやマッキンゼーなどのコンサル会社に勝てない時代になっている。
既存のマスメディアが落ち込み、インターネットが伸びてきた中、テレビCMや新聞広告に依存してきた電通は、「マスコミという下りのエスカレーター」から、「ネットという上りのエスカレーター」に乗りかえられるかが鍵となる。
しかし、藤沢は、電通がインターネット界をとらえることは、とても難しいとみている。
電通が、ネットの台頭に置いていかれると感じたのは、2000年代初めに登場したネット上の仮想世界「セカンドライフ」だ。そこで、不動産やお金をやり取りし、それが現実社会の利益につながると想定されたが、大失敗した。
■どうにも笑えない社長の“笑い話”
電通には、24時間365日の売り場面積が限られている広告枠を、電通の資本や人脈で買い切り、それに付加価値をつけて売る力はある。いっぽう、インターネットの世界は、メディアが無限に誕生し、新陳代謝していく。
そのため、テレビであれば、その価値を電通がさらに高くしてクライアントに買ってもらうことができていたが、ネットでは、電通が大金を投じたメディアが、すぐになくなってしまう、ということもある。
こんな笑い話がある。電通の役員が「ネットというメディアが来ました」といったら、当時の社長が「買い切れ」といったという。上層部はネット媒体もテレビ番組のような「買い切り」で通用すると大いなる誤解を抱いていた。
藤沢も、この話を聞いて、電通には無理だなと思った。
今までのような「絶対的なガリバー」ではいられない時代がやってくるであろう。電通という巨大広告代理店のモデルは、20世紀で終わったのかもしれない。

■電通よ、知的ガリバーに生まれ変われ
それでも、電通には有能な社員がいる。その人たちが、本気になって頭脳で勝負をしていけば、勝てるはずだ。まだまだ力はある。
本来、知的労働ができる人たちがそろっているにもかかわらず、超体育会系の体質が組織に染み込み、肉体労働的な風土が根付いてしまった。そんな仕事の仕方は今後、通用しなくなるであろう。
広告代理店業界の勢力図をみれば、営業力で仕事をとってきた電通が圧倒的トップとして君臨しているが、それとは相対してクリエイティブな頭脳を重視して仕事をとってきた博報堂を忘れてはいけない。知的労働の分野で能力を磨き続けている博報堂には、この時代の転換期にマッチし、逆転できるチャンスが到来しているともいえる。
だからこそ、電通は早急に古い体質から脱却して、本来の知的ガリバーとして生まれ変わるべきなのだ。
藤沢は、社内に残った人材が抜本的改革をして、電通を生まれ変わらせて欲しい、と強く期待している。
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大下 英治(おおした・えいじ)
作家
1944年、広島県に生まれる。広島大学文学部を卒業。『週刊文春』記者をへて、作家として政財官界から芸能、犯罪まで幅広いジャンルで旺盛な創作活動をつづけている。著書に『安倍官邸「権力」の正体』(角川新書)、『孫正義に学ぶ知恵 チーム全体で勝利する「リーダー」という生き方』(東洋出版)、『落ちこぼれでも成功できる ニトリの経営戦記』(徳間書店)、『田中角栄 最後の激闘 下剋上の掟』『日本を揺るがした三巨頭 黒幕・政商・宰相』『政権奪取秘史 二階幹事長・菅総理と田中角栄』『スルガ銀行 かぼちゃの馬車事件 四四〇億円の借金帳消しを勝ち取った男たち』『安藤昇 俠気と弾丸の全生涯』『西武王国の興亡 堤義明 最後の告白』『最後の無頼派作家 梶山季之』『ハマの帝王 横浜をつくった男 藤木幸夫』『任俠映画伝説 高倉健と鶴田浩二』上・下巻(以上、さくら舎)、『逆襲弁護士 河合弘之』『最後の怪物 渡邉恒雄』『高倉健の背中 監督・降旗康男に遺した男の立ち姿』『映画女優 吉永小百合』『ショーケン 天才と狂気』『百円の男 ダイソー矢野博丈』(以上、祥伝社文庫)などがある。
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(作家 大下 英治)
