(※写真はイメージです/PIXTA)

写真拡大

高齢の親が一人暮らしをしている場合、子ども世代は「本人が大丈夫と言っているなら」と受け止めがちです。特に、昔から倹約家で家計管理が得意だった親ほど、生活に困っているとは想像しにくいものです。しかし、物価上昇や医療費、家の維持費が重なると、年金だけでは足りず、気づかないうちに貯蓄が減っていることがあります。

「母はしっかりしている」…通帳で知った家計の異変

会社員の直樹さん(仮名・49歳)は、地方で一人暮らしをする母・房子さん(仮名・83歳)を、月に一度ほど訪ねていました。

房子さんは、夫を亡くしてから築40年を超える戸建てで暮らしています。年金は月16万円ほど。持ち家のため家賃はかからず、本人もよくこう話していました。

「節約してるから平気よ」

直樹さんも、その言葉を信じていました。

母は昔から几帳面で、家計簿をつけ、無駄遣いを嫌う人でした。スーパーでは特売品を選び、服も長く大切に着ます。外食もほとんどしません。

「母なら何とかやっているだろうと思っていました」

しかし、数ヵ月前から気になることが増えました。

冷蔵庫の中身が以前より少ない。部屋が少し寒い。病院の予約日を忘れる。電話をしても、「何も変わらないよ」と短く済ませることが多くなったのです。

それでも房子さんは、いつも同じように言いました。

「大丈夫。贅沢しなければ暮らせるから」

異変がはっきりしたのは、通院の付き添いで帰省した日のことでした。

病院での支払い後、直樹さんは母から頼まれて通帳を確認しました。ページをめくった瞬間、手が止まります。数年前には数百万円あった預金が、想像以上に減っていたのです。

「え、こんなに?」

直樹さんが思わず声を漏らすと、房子さんは気まずそうに目を伏せました。

総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の単身無職世帯では、可処分所得が月11万8,465円である一方、消費支出は月14万8,445円となっており、平均では毎月赤字です。房子さんの年金月16万円は平均より高く見えますが、医療費や住宅修繕費、物価上昇が重なると、決して余裕があるとは限りません。

直樹さんは、そのとき初めて、母の「平気」が本当の余裕ではなかったことに気づきました。

「贅沢していないのに減っていく」…母が抱えていた負担

通帳を見ながら、直樹さんは母に一つずつ聞いていきました。すると、預金が減った理由はすぐに見えてきました。

まず大きかったのは、医療費です。

房子さんは膝と腰の痛みで通院しており、薬代やタクシー代がかかっていました。以前はバスで通っていた病院も、最近は歩くのがつらくなり、片道だけでもタクシーを使うことが増えたといいます。

さらに、古い家の修繕も重なりました。

給湯器の交換、雨どいの修理、エアコンの買い替え。どれも先送りできない支出でした。

「大きな贅沢は何もしていないのに、少しずつ減っていったの」

房子さんは、ぽつりと言いました。

加えて、光熱費や食料品の値上がりも響いていました。

総務省『消費者物価指数』でも、近年は食料品やエネルギー関連の価格上昇が家計に影響していることが示されています。高齢者の一人暮らしでは、収入が大きく増えにくいため、物価上昇はそのまま生活の圧迫につながりやすくなります。

直樹さんがつらかったのは、母がそれを隠していたことでした。

「どうして言ってくれなかったの?」

そう尋ねると、房子さんは小さく笑いました。

「あんたも大変でしょう。子どもにお金がかかるんだから」

直樹さんには大学受験を控えた娘がいます。房子さんは、それを気にして援助を求められなかったのです。

「母は節約していたんじゃなくて、我慢していたんだと思いました」

その後、直樹さんは母と家計を見直しました。

病院へは地域の移動支援を利用できないか確認し、配食サービスや見守りサービスについても地域包括支援センターに相談しました。古い家に住み続ける場合の修繕費も、今後は直樹さんが一緒に把握することにしました。

房子さんは最初、遠慮しました。

「そこまでしてもらわなくていい」

しかし直樹さんは、こう伝えました。

「お金を出すかどうかだけじゃなくて、ちゃんと知っておきたいんだ」

高齢の親の暮らしは、「年金がいくらあるか」だけでは判断できません。持ち家でも、医療費や移動費、修繕費はかかります。節約しているように見えても、実際には必要な支出を我慢しているだけの場合もあります。

そして、その我慢は、周囲からは見えにくいまま積み重なっていきます。「大丈夫」という言葉をそのまま受け取るのではなく、生活の実態や小さな変化に目を向けることが、家族にできる支えになるのかもしれません。