立ち食いそばを超える!そばチェーン店舗数1位「ゆで太郎」:読んで分かる「カンブリア宮殿」

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11月6日(木)に放送した「カンブリア宮殿」のテーマは、「『ゆで太郎』の独自戦略」

【動画】そばチェーン店舗数1位 「ゆで太郎」の独自戦略



自家製麺を立ち食い価格で〜リピーター続出のそばチェーン



立ち食いそばのチェーン店「ゆで太郎」。「もりそば」が430円、玉ねぎと人参の「野菜かきあげそば」は580円と、財布に優しいメニューをそろえている。

そばにミニ丼ぶりのついたセットメニューも人気。「ミニかつ丼セット」(920円)は店の人気ナンバーワン商品だ。4種類の天ぷらが入った「ミニ海老かしわ天丼セット」(920円)は、注文を受けてから天ぷらを油へ。揚げたてを提供している。

出来上がったそばを受け取る場所の隣には調味料コーナーが用意されている。天かすやわさび、七味など17種類がかけ放題。中には「ゆず」など珍しい薬味もあり、自分好みに味をアレンジできるから毎日食べても飽きない。

客がリピートする最大の理由はそばそのものにあるという。こだわりは「ひきたて」「打ちたて」「ゆでたて」。各店舗に製麺機があり、店内で打ったそばを出しているのだ。

そば粉55%、小麦粉45%でブレンド。一般的な立ち食いそば店のそば粉は20%から40%といわれる中、そば粉を多めに使って、香りを引き立てている。

1回に製麺するのは105杯分。風味を保つためつくり置きはしない。ある店舗の場合は1日に7回ほど製麺するという。


「必要な分だけ打つので、衛生的に安全で新鮮。お客様においしく食べてもらうために行きついたのがこのかたちでした」(研修センター長・澤本剛)

つくった麺は注文を受けてからゆでたてで提供。そばつゆのだしも店内で仕込んでいる。カツオ節とサバ節、宗田節の3種類を合わせ、風味や香りを損ねないよう1回に20杯分しかつくらない。麺やつゆの風味、鮮度にこだわって提供するチェーンなのだ。

2025年9月、北海道・旭川市。「ゆで太郎」旭川永山店がオープンの日を迎えていた。

オープン直前、従業員や取引先の関係者を前に「『ゆで太郎』は来客頻度が1週間に3回4回は当たり前という店です。『感じがいいね』『おいしいね』と言っていただける店にしてほしい」と店への思いを語るのは、ゆで太郎システム社長・池田智昭(68)だ。

新店舗をつくる際、池田には決めていることがあるという。

「外観は安っぽく見せるように(笑)。日常食のレストランなので、あえて入りやすいようにつくっています」(池田)

町のそば店に負けないおいしさを立ち食いそばの価格で。そんな池田の店づくりで今、「ゆで太郎」は絶好調だ。

ゆで太郎システムの本社は東京・五反田にある。社員数590人で売り上げは150億円を突破した(2025年6月期)。

もともと「ゆで太郎」を創業したのは「信越食品」という別の会社。昔ながらの町のそば店といった店構えで都内を中心に展開。その味に感銘を受けた池田は、全国でチェーン展開して売り出そうと、ゆで太郎システムをつくった。

池田の狙いは当たり、ゆで太郎システムの店舗は元祖である「信越食品」の23店舗を大きく上回る211店舗にまで拡大。「ゆで太郎」は立ち食いそばチェーンの店舗数で「名代富士そば」や「小諸そば」を抑え、全国1位になった。



ファミリー狙いの出店、お得な朝食メニュー…〜そばチェーン1位の秘密



〇そばチェーン1位の秘密1〜郊外で成長

「富士そば」や「小諸そば」などのライバルたちは繁華街や駅ナカなど駅周辺に展開していることが多いが、「ゆで太郎」は違う。

埼玉・新座市。売り上げ1位の「ゆで太郎」新座野火止店は最寄りの駅から徒歩40分という郊外にあり、多くの客は車で来ていた。通常の立ち食いそば店と違って、家族連れの姿が目立つ。

この店には立ち食い用のカウンターはなく全て椅子席。4人がけを多くし、家族連れが入りやすいようにしている。

「立ち食いそば店はそんなに増やせないんです。駅前かオフィス街に立地が限られる。だから郊外にライバルは(ほとんど)いない。そばのチェーン店自体がない。ブルーオーシャンです」(池田)

池田は郊外のロードサイドを狙った出店戦略で店舗数と売り上げを増やしてきたのだ。

〇そばチェーン1位の秘密2〜ランチ時以外も客を呼び込む

「ゆで太郎」には24時間営業の店舗もある。朝8時、客が次々と車で乗りつける。お目当ては午前11時までの朝食だ。

ボリュームたっぷりの「朝食セット(カレー)」は500円。「朝食セット(焼鯖ごはん)」(530円)のミニ丼ぶりにはほぐしたサバの身と炙ったタラコがのっている。お得感たっぷりの朝メニューで早朝から客を呼び込んでいるのだ。

夕方の時間帯にも客を呼び込む仕掛けがある。それが「もつ煮」(560円)。


「もつ煮定食」はそばや小鉢などがついて850円。夕方以降、注文が増える人気メニューだという。

これは「ゆで太郎」の新業態、ダブルブランドで展開するもつ煮の専門店「もつ次郎」のメニュー。2019年から始め、今では9割の「ゆで太郎」で「もつ次郎」を併設している。

「もつは夜の売り上げの補強になる。従業員もユニフォームも一緒で、店舗の設備もほとんど変わらない。『ゆで太郎』の売り上げが落ちないので『もつ次郎』分がおまけになったから大成功」(池田)

〇そばチェーン1位の秘密3〜脇役にこだわる

「ゆで太郎」は意外なものにコストを惜しまない。例えばざるそばののりは兵庫・播磨灘産の一番摘み。寿司店も使う高級品だ。わさびは長野県・安曇野産の本わさびだ。

全国有数の水揚げ量を誇るカツオの町、鹿児島・枕崎市からもこだわり食材を調達している。池田が訪れたのはカツオ節メーカー「近藤水産」。枕崎はカツオ節の生産量でも全国1位。このメーカーでは現地で受け継がれてきた昔ながらの製法を守っている。

「現場には必ず行きます。メーカーさんがうちに売れるとは思っていないものでも、私の目からは『これを使いたい』というものがあるんです」(池田)

この工場で池田が発見した食材が、枯節(かれぶし)と呼ばれるカビを複数回つけて熟成させたカツオ節。


旨味が増すが、価格はふだん使っている荒節の2倍以上する。

「これが日本の枯節だというストーリーとして出していけるといい」(池田)

この枯節をふんだんに使ったのが「冷し薬味そば」(720円)。カツオ節の風味が引き立つ一品だ。

産地に出向き自分が食べたいと思ったものを見つけ出す。こんなやり方で池田は「ゆで太郎」を進化させてきた。

「ほっかほっか亭」からの転身〜絶品そばチェーン誕生秘話



東京・品川区の「ゆで太郎」西五反田本店で、池田が「のり弁セット」を頼んだ。白身魚のフライとちくわ天がのったミニ丼がついている。


持ち帰り弁当チェーン「ほっかほっか亭」の定番といえば白身魚のフライとちくわ天がのった「のり弁」。創業時は260円だった。以前、池田は「ほっかほっか亭」に勤めていた。

「46年前、これにほれて『ほっかほっか亭』を始めました。それを思い出して、あえて『のり丼』ではなく『のり弁』という商品名にしました」(池田)

池田は明治大学卒業後の1980年、22歳で「ほっかほっか亭」のフランチャイズ・オーナーを始めた。その店舗経営の手腕が評価され、「本社で働いてほしい」と請われ、26歳で「ほっかほっか亭」に入社する。

「店の営業をする、店をつくる、フランチャイズ契約をする。そういうことが今、本当にいきている」(池田)

池田は受け持った店舗の業績を軒並みアップさせ、1992年、取締役に昇進。出世の階段を駆け上がっていく。

だが、順風満帆の人生に突然の荒波が。「ほっかほっか亭」が買収されたのだ。

「社長が代わり、潮時だから1回ここで引く。辞めて何かしなきゃいけないなと」(池田)

一方、「ゆで太郎」は1994年、東京・八丁堀にオープンした立ち食いそば店が始まり。元「ほっかほっか亭」フランチャイズ・オーナーでそば職人だった故・水信春夫氏が開いた。本格的なそばを出す立ち食いそば店として、店舗を増やしていった。

「時々食べていたんです。『ゆで太郎』はうまいなと思っていた。失業しちゃったので、『ご無沙汰です』と突然、電話して……」(池田)

面識があった水信氏に連絡を取ると、逆に相談を持ち掛けられたという。

「当時(『ゆで太郎』は)33軒あったのですが、(水信さんが)『ちょっと困っているので手伝ってくれないか』と」(池田)

店舗の運営に悩んでいたという水信氏。池田は実際に店で働かせてもらいながら営業中の様子を見てみることにした。

するとそこでは、そば職人の店長が店を切り盛りし個人店の感覚でそばづくりをしていた。だから店ごとに品質がばらばらだったのだ。

「原価は店ごとに異なっているし、そばづくりが均一にできていないんです」(池田)

職人の本格的なそばづくりをマニュアル化できれば一気に店を増やせる。そう考えた池田は「ゆで太郎」のフランチャイズ展開を提案。水信氏は「全部任せる」と言った。

そんな経緯で2004年、池田はゆで太郎システムを設立。「ゆで太郎」をチェーン展開していく。真っ先に取り掛かったのはそばづくりのマニュアル化だった。

「例えば麺を落とした時に釜はどういう状態でないといけないとか、どうやって麺を浮かすのかとか、映像や文章にしないといけない」(池田)

池田は「ほっかほっか亭」時代の経験を生かし、5年がかりでマニュアルを作成した。


さらに店舗をガラス張りにして新しい客も入りやすくしてファミリー層を呼び込むなど、商品も店舗も一新した「ゆで太郎」を郊外に出店。これが客の心をつかみ、そばチェーン店舗数1位へと躍進した。

「店長になりたい…」〜外国人社員の昇進試験に密着



他の外食産業同様、「ゆで太郎」も人手不足は悩みの種。池田は外国人を正社員として雇い、人手不足を補おうとしている。

東京・千代田区の「ゆで太郎」錦町店。ベトナム出身のマイ・トゥイ・ニュンは入社3年目で副店長を任されている。

彼女に目標を尋ねると、「マネージャーまで目指します。もしベトナムに帰ったら、『そういう仕事をやっていました』と会社に入ります」と言う。


2025年10月22日、東京・五反田の「ゆで太郎」研修センター。この日はニュンが目指すマネージャーの一歩手前の店長認定試験。今回が初めての挑戦となる。

午前9時、まずは筆記試験がスタート。「製麺」や「麺ゆで」など、マニュアルの手順をきちんと理解しているかが問われる。

続いては、いよいよ実技の試験。ニュンが製麺の作業に入る。店舗ではいつもやっていることだが、試験官の見つめる先でトラブルが発生。製麺機に巻かれたそば生地に切れ目が入ってしまった。これは減点対象。他にも「安全カバーのつけ忘れ」などで減点があった。

ニュンは「ちょっと心配です」と言っていたが、翌日、マネージャーが試験の結果を知らせにやってきた。減点はあったが、ギリギリで合格した。

これで夢に一歩近づいた。

※価格は放送時の金額です。

〜村上龍の編集後記〜
「ほっかほっか亭」で働いていた。会社が売却されることになり、新たな経営方針に賛同できず、退社を決めた。そのとき「いっしょに仕事がしたい」と部下たちが。そのころ「そば居酒屋」が流行っていることがわかった。そんな折に、「ゆで太郎」という立ち食いそばの店を出している昔の先輩と会う機会があった。相談すると「好きにやればいい」と、「ゆで太郎」という商標も使えることになった。池田さんは、人に好かれる。中心の顧客は働くお父さんだ。「いっしょに仕事がしたい」と付いてきた部下たちは、今、会社の中枢にいる。

<出演者略歴>
池田智昭(いけだ・ともあき)1957年、東京生まれ。1980年、明治大学文学部卒業後、ほっかほっか亭FCオーナーとして独立。1984年、ほっかほっか亭入社。2004年、ゆで太郎システム設立、代表取締役社長就任。

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