人気を集める医療ドラマだが、現実の手術室ではいったい何が行われているのか。ドラマとリアルはどう違うのか(写真:mits/PIXTA)

今年、人気を博した医療ドラマ『ブラックペアン シーズン2』。また、12月には『劇場版ドクターX』の公開が控えている。人気を集める医療ドラマだが、現実の手術室ではいったい何が行われているのか。ドラマとリアルはどう違うのか。『本物の医学への招待 驚くほど面白い手術室の世界』を出版した、世界最高峰のシカゴ大学・心臓外科医の北原大翔氏が「本物の手術」を語る。

医療ドラマで描かれる医療現場は本当なのか?

医療を題材にしたドラマは色々あり、どれも人気が高い。最近のものだと、今年セカンドシーズンが放送された人気作『ブラックペアン シーズン2』。タイトルに入っている「ペアン」とは医療道具のことで、何かを摑むときに使うものだ。真ん中に歯止めがついていて、物を掴んだらその状態を維持できるようになっている。実際のペアンの色は銀色で、黒いペアンはあまり見たことがないけれど。

そして、12月公開予定の『劇場版ドクターX』。フリーランスの外科医が主人公だが、実際、日本でフリーランスをしている外科医は少なく、特に心臓外科医では見たことがない。心臓外科の手術の場合、特にチームワークというものが大事になってくる。そうなると、心臓外科医だけが単独で移動して色々なところで手術をするのは、あまり得策ではないからかもしれない。チーム全員で移動するならわかるが、それならひとつの病院にとどまって、患者に来てもらったほうが効率がいい。

そのほか、ドラマと現実の医療現場の共通点、逆にどんなところが違うのか、よくあるシーンごとに紹介しよう。

「手術中に汗を…」「上の小部屋から…」

ドラマでよくあるシーン1:手術中、看護師に汗を拭いてもらう

ドラマではよくあるシーンだが、私は手術中に汗を拭いてもらったことは一度もない。というより、そもそも汗をかかない。手術室は適温に保たれており、汗をかくほど暑くはないからである。

心臓手術をする部屋は、ほかの手術の部屋と比べて低めの温度に設定されている。心臓手術は心臓を止めて行うのだが、その間は心臓に血液が流れないので、止まっている時間が長くなれば長くなるだけ心臓にはどんどんダメージが加わっていく。

このとき、体の温度を低くすると、心臓の代謝を抑えることができるため、血液が流れていない間に心臓にかかるダメージを少なくすることができるのだ。

これは、冬眠中の動物が体温を低くして代謝を抑えることで、何も食べずに冬を越すことができるのと同じである。手術によっては、患者の体温を20°C以下に落とすこともあるのだ。極寒である。

ドラマでよくあるシーン2:手術室の上の小部屋から手術を見学する

偉い医者たちが手術室の上にある部屋からガラス越しに手術を見ているところがよく描かれるが、この部屋は実際に存在する。

ただ、実際にはそこからでは手術の様子はまったく見ることはできない。

手術を受ける患者の周りには外科医や看護師などたくさんのスタッフがいるし、胸の中など体の深い部分を手術するときはその場にいる外科医でも見えないことがあるくらいなので、上の部屋からそれを見るのはほぼ不可能なのだ。「あの子かわいいね」とか「あいつさぼってんな」とか、そんなことくらいしかわからないだろう。

ただし、手術室の天井にはビデオカメラがついているので、それを見ればどんな手術をしているかはわかるようになっている。外科医によってはヘッドカメラをつけて、自分が見ているものをそのまま映像として映し出す者もいる。

ヘッドカメラの映像はとてもクリアなので、手術の振り返りや若手の教育にとても有用である。ただ、手術後に外すのを忘れてそのままトイレに行ってしまうと、大変なことが起こる。

ドラマでよくあるシーン3 きれいな列をなして行う教授回診

教授を先頭に医者が列を作って患者の病室を診て回る、いわゆる教授回診のシーンは、現実にも存在する。ドラマのようなきれいな列を作る教授回診は見たことがないが、教授回診にはその診療科ごとの特徴や教授のクセが出る。私も学生時代には色々な診療科の教授回診を経験した。

例えば、ある診療科の教授は、回診中は必ず階段を使うので、毎回1階から7階まで全員で階段をのぼらなくてはいけなかった。教育目的で日本語禁止回診をする英語好きの教授がいたり、患者の前で学生にむずかしい質問をして、答えられないと「僕がこいつを教育してちゃんとした医者にするんで安心してください」と言って毎回マウントをとる“マウント教授”がいたりもした。

学生時代は何もわからずにただついて回っていただけなので、教授から質問をされてそれに答えられず、「勉強不足だ」と怒られることはよくあった。それからは心を改めて勉強に努め、今では怒られることはなくなり、私自身が回診の列の先頭に立つこともある。医者になってからは、私もだいぶ改心したな。

心臓マッサージは実は本気でないことが多い

ドラマでよくあるシーン4 患者に心臓マッサージを行う

ドラマでよく見かける、心臓マッサージのシーン。これは、実は本気の心臓マッサージでないことが多い。なぜなら、意識のある人に本気の心臓マッサージをしたら、痛すぎて飛び上がってしまうからだ。マッサージという言葉がモミモミと優しく揉む様子を連想させるが、実際はかなり強い力で胸を上から押さないと、奥にある心臓を動かすことはできない。

実際どれくらいの力で胸を押せばいいかというと、まずスーパーの買い物かごをイメージしてほしい。買い物かごをひっくり返してその中に風船を入れ、かごを上から押して中の風船をへこませることを考えてみよう。かなり強い力を加えて、買い物かご自体をへこませる必要があることがわかると思う。人間の体は買い物かごよりも頑丈にできているので、これより強い力で胸をへこませないと、中にある心臓をへこませることはできないだろう。

心臓マッサージは、心臓が止まってしまった人に対してただちに行う処置である。胸の真ん中にある骨(胸骨)を強く押し込み、その後ろにある心臓を強制的に動かすというものだ。止まった心臓自体に対する治療法だと思われがちだが、実際には少し違う。

心臓マッサージの真なる目的とは、動かなくなった心臓の代わりに、心臓の中にある血液を全身の臓器、特に脳に送り続けることだ。脳に血液が送られないと、脳の細胞が徐々にダメージを受けて、5分もすると細胞が完全に死んでしまうので、心臓マッサージによって血液を心臓から送って時間を稼ぎ、その間に別の方法で心臓の治療をするということなのである。そう、心臓マッサージは治療ではなく時間稼ぎなのだ。

というわけで、心臓マッサージとは「胸骨を激しく押し込んだり引っ込めたりして圧迫することでその後ろにある心臓を強制的に動かし、中にある血液を臓器、特に脳に送り続ける行為」といえるが、長いので、今は「胸骨圧迫」と呼ばれている。

ドラマでよくあるシーン5 成功率1%の手術に挑む

外科医が「1%の成功率にかけます」などと言っている描写を見かけることがある。これは、実際にはありえない。なぜなら、そんな確率の手術はそもそも行われないからである。


手術は病気を治し、人を健康にするために行われるが、一方で健康を害するリスクにもなりうる。手術で病気は治ったけど、手術の合併症によって状態が悪くなるということも残念ながらありえるのだ。

そのため、手術を行う前には必ず、手術によってよくなる可能性と悪くなる可能性を考え、そのバランスを検討し、患者にもその情報を伝えて理解してもらい、最終的に行うかどうかの判断をする。なので、1%の確率でしか成功しない手術ならば、やることはないのである。

手術をしなければ100%死んでしまう、でも手術すれば万が一の可能性で救えるかも......という状況はほとんどありえないのだ。外科医が「今から99%成功する手術をします」と言ってもちっともドラマチックではないので、ドラマや漫画では多少脚色されているのだろう。

「成功の定義」も現実はドラマとは異なる

そもそも、何をもってして成功というのか、“成功”の定義も必要である。手術室を生きて出ることが成功の手術もあれば、20年先まで健康に生きて初めて成功といえる手術もある。心臓の手術は完璧にうまくいったが、合併症で脳に異常が起きたらそれは失敗なのだろうか?

そのあたりの定義づけも、外科医と患者の間で共通の認識、共通のゴール、共通の成功の定義を持つことが、とても大事なことである。

(北原 大翔 : シカゴ大学心臓外科医・NPO法人チームWADA代表理事)