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 9月27日午後2時半ごろ。普段は柔和な表情を見せることも多い大阪地裁・山田裕文裁判長が、いつになく厳しい表情で大法廷に入った。 続いて山本孝被告(48)も入廷。緊張しているのか、少しまばたきが多い印象を受けた。 判決の宣告が始まる。 (山田裕文裁判長)「主文、被告人を懲役16年に処する」 1時間半あまりにわたる判決の言い渡しを、山本被告は微動だにせず聞いていた。

住宅街の路上で64歳男性が刺され死亡

 事件が起きたのは2018年2月。大阪府羽曳野市の路上で、藤井寺市の会社員・平山喬司さん(当時64)が、すれ違いざまに刃物で刺され殺害された。平山さんは近くの駐車場に車をとめ、知人女性の自宅へ歩いて向かっていた途中だった。

 季節は真冬。時間帯も夜遅く、事件の目撃者はいなかった。凶器も見つからず、警察の捜査は難航した。

 しかし、発生から4年が経った2022年2月、山本孝被告が逮捕・起訴される。山本被告は当時、平山さんが向かおうとしていた知人の女性宅の隣に住んでいた。

 警察と検察が立件の決め手としたのは…

▽被害者の自宅(藤井寺市)と犯行現場とは全く別の場所であり、現場住宅街に外部の者が待ち伏せするに適した場所もない以上、犯人は住宅街の住民であるとしか考えにくい点

▽近隣住民のドライブレコーダーに映った犯人と、山本被告の体格が合致していた点

▽犯人の着衣や靴(黒色のウインドブレーカーのような服・土踏まずに膨らみがあるスニーカー)が、被告の所有物と酷似していた点

▽被告が平山さんや知人女性との間で、植木鉢の位置やタバコのポイ捨てをめぐりトラブルを抱え、事件前から女性宅に唾をはきかけたり、車のドアノブに液体をかけられていると疑って何度も水で洗浄したりと、異様な行動を取っていた点

 などだった。状況証拠を慎重に積み上げての有罪立証を目指したのだ。

「私はやっていません」無罪を訴え続けた被告

 しかし、山本被告は逮捕時から一貫して犯行を否認。今年6月に始まった裁判員裁判でも、事件当日に自宅の玄関先まで“平山さんらの見張り”に出たことは認めたが、その後、自宅の中に戻ったと主張。無罪を訴え続けた。

【6月24日の被告人質問】
(弁護人)「ドラレコ映像を見て、どう思った?」
(山本被告)「身長とかは似ていると思いましたが、それだけでなぜ、私が犯人扱いされなくちゃいけないのかなと思いました」

【8月28日の最終陳述】
(山本被告)「私から言いたいことはひとつだけです。私はやっていません。私はやっていません」

 弁護側も、今回の裁判は“日本の刑事裁判のあり方を問うものだ”と強調していた。

【8月28日の弁護団会合】
(主任弁護人 伊賀興一弁護士)「証拠に基づいて二義を許さない、違う解釈ができないほどに、彼が犯人だと証明されなくちゃいけないという原則が、いま刑事裁判の中でものすごく揺らいでいっているんですよ」

大阪地裁「常識的に考えて被告人以外の犯人を想定することができない」

 そして迎えた、9月27日の判決。

 裁判官3人と裁判員は、山本被告が「有罪」であるという結論を下した。

 「検察官の主張する各間接事実を検討した結果、その相当部分(多くの部分)は、弁護人の主張する通り、検察官の立証に問題があり、被告人が犯人であることを裏づける事実関係として採用できないが、一部の間接事実は疑いをいれずに認定でき、その間接事実を総合して推認することにより、常識的に考えて被告人以外の犯人を想定することができず、被告人が本件の犯人だと認めることに、合理的な疑いをいれる余地はないと判断した」

 山田裕文裁判長は言い渡しの序盤で、有罪と判断した根拠の骨子をこのように説明した。

 裁判官と裁判員は、検察側が立証の柱にしていたドラレコ映像に映る犯人と被告との「身体的特徴の合致」や「着衣の類似性」について、“それらをもって犯人性を基礎づけようとする検察官の主張は無理がある”と判断した。

 加えて、殺害された平山さんが、被告以外の人物(たとえば勤務先の関係者)とトラブルを抱えていなかったかという点について、「捜査が不徹底だったとする弁護人の指摘は、理にかなったものが相応に含まれる」と言及。「他にトラブルがなかったとは言い切れない」とした。

 さらに、「弁護人が強調する通り、現場住宅街には、防犯カメラやドライブレコーダーに映ることなく犯行現場にたどり着ける可能性がある経路が、複数存在した疑いがある」と認め、「犯人は住宅街の住民だとする検察官の主張は、基本的な部分で大きく破綻している」とまで言い切った。

鍵となった「センサーライト」の点灯状況

 ここまで検察側の主張を退けた上で、なぜ「有罪」なのか。鍵となったのは「センサーライト」だった。

 被害者の平山さんが向かおうとしていた知人女性宅には、人物などに反応するセンサーライトが設置されていた。そして、知人女性宅と被告の当時の自宅は、袋小路の中にあり、被告宅の方が“奥”にあった。

 つまり、被告宅からT字路に出るには、女性宅の前を必ず通らなければならず、基本的にセンサーライトが反応することになる。そしてT字路と平山さんが殺害された現場は、極めて近い。

 そして、平山さんが殺害される約40秒ほど前にセンサーライトが点灯した。そして、その約17分前にもセンサーライトは点灯した。

 裁判所と裁判員は、この事実と、被告の“見張りのために玄関先まで出ていた”とする供述を照らし合わせて精査。「重大犯罪に及ぶ前の犯人が、袋小路内の住民=山本被告に不審に思われる危険をおかして、2回もセンサーライトを点灯させるなどというのは想定しがたい」=「センサーライトの点灯を生じさせた者は被告以外に考えられず、被告を本件の犯人とみるほかない」と断じたのである。

 ドラレコ映像から導き出される犯人の動きから考えると、“山本被告が犯人であるなら、あと2回センサーライトが点灯していなければ不自然”という見方も想定され、この点は弁護人も公判で主張していたが、判決では「通行方法が駆け足であれば、点灯しないこともある。犯行前後の焦燥感を伴う移動だと想定されることを考慮に入れれば、センサーライトを通過する際に駆け足であっても特段不自然ではない」とされた。

 そして、被告と、隣人女性および平山さんとのトラブルという動機面については、裁判官と裁判員は「山本被告や当時の被告の妻は、住宅ローンを組んで購入した自宅からの転居の検討を余儀なくされるほど、深刻な状況に追い詰められていて、些細なトラブルだとはいえなかった」として、殺害動機になり得るとした検察側の主張を支持。「(センサーライトの点灯状況に基づく)山本被告が犯人であるという推認を補強する」とした。

 無実を訴え続けていた山本被告だったが、有罪判決を前にしても、身じろぎせず証言台の前の席に座っていた。

 弁護側は控訴する方針で、裁判の舞台は大阪高裁に移る見込みだ。

(MBS大阪司法担当 松本陸)