「極悪女王」を「男社会を壊す少女たち」の物語にした理由【ゆりやん×白石監督】

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1970年代末から1980年代にかけて、日本国内で空前のブームを巻き起こした女子プロレス。そのマット上で、アイドル的人気を博したコンビ、クラッシュ・ギャルズの宿敵としてラフファイトの限りを尽くしたのが、「極悪同盟」を率いたダンプ松本だ。この歴史的ヒール(悪玉)がいかにして誕生し、いかにして女子プロレス界を盛り上げたのかを全5話で描くのが、Netflixシリーズ「極悪女王」である。

ダンプを演じるのは「女芸人No.1決定戦 THE W」や「R-1グランプリ」の優勝経験もある芸人・ゆりやんレトリィバァ。総監督は、『凶悪』(13)『火花』(16)『孤狼の血』(18)『碁盤斬り』(24)などで知られる白石和彌だ。

インタビュー前編では、ゆりやん起用の経緯やダンプ松本の演じ方などをふたりに聞いた。後編である今回は、プロレスとお笑いの共通要素やシスターフッド(女性の連帯)を思い起こさせるメッセージ性について聞く。

「虚構」なのに感動する

――本作で描かれている時代の、女子プロレスの興行が見世物としての「ショー」であり、勝敗はあらかじめ「ブック(試合の筋書き)」によって決まっていることが隠されずに描かれています。現在の視聴者のうち、どれくらいの人がそれを“常識”と捉えているかはわかりませんが。

白石和彌(以下、白石):少なくとも当時のファンは、全員が真剣勝負だと信じていましたよね。

――「ブック」をドラマで描くにあたって、その面白みや醍醐味をどこに見出しましたか。

白石:まず、少なくともNetflixという媒体で世界に発表するなら、プロレスのすべてが真剣勝負だったと描くほうが今の時代は通用しないと思いました。ブックが存在することなんて、今や世界中の皆が知っています。そんなドキュメンタリーもたくさん作られていますし、本も出ています。

じゃあ僕らはプロレスやこの物語の何に感動するのか。それは、たとえ勝敗があらかじめ決められていたとしても、彼女たちがその斜め上をいくパフォーマンスや情熱を見せてくれるということでしょう。僕らはそのエンターテイメント性の高さとレスラー一人ひとりの生き様に感動してるわけです。それに比べれば、勝敗が決まっていることなんて、まったくもってちっぽけな話で。

むしろ物語上、ブックというものが存在しているにもかかわらず、レスラーが自分の意思を優先してブック破りをして問題を起こす、といった展開にすれば、物語を強化する要素になるだろうと当初から考えていました。実際にはそこまで頻繁にブック破りなんてできないんだけど、物語の都合上の“噓”というか。

プロレスラーと芸人の共通点

――虚構をエンタメ化するという意味においては、お笑い芸人にもそんな側面があるように感じます。ダンプ松本のように、本当はあんな性格じゃないにもかかわらず、「キャラ」を乗せることによってエンターテイナーに徹する、といったような。

ゆりやんレトリィバァ(以下、ゆりやん):まずですね、私がテレビや舞台でスベってるのって、あれ実はブックなんですよ

白石:ブックだったんだ(笑)。

ゆりやん:本当はみんな笑いたいけど、台本上、スベった感じにしないといけないっていう。

――それはさておき(笑)。プロレスとお笑いの共通点と言いますか。

ゆりやん:ダンプさんは長与千種さんやライオネス飛鳥さんの同期として女子プロの世界に入ってきました。子供のときに抱いた夢を叶えたくて、本当にまっすぐな気持ちで頑張っていたわけじゃないですか。だけど、自分より先に売れていく人が出てくる。一緒に頑張ってきた親友の千種が先に売れて、遠くに行ってしまう。

そういうのを散々味わった上で、松本香が「ダンプ松本」になる。その時に、客席から帰れコールを浴びますよね。あれって普通は言われたくない言葉ですけど、ダンプさんはあの時初めて、自分にスポットライトが当たった。彼女が「自分のやっていく道はこれなんだ」と確信した瞬間が、あれだったと思うんです。

芸人も同じなんですよ。誰だって芸人を志した当初は「ああなりたい、こうなりたい」って思い描いている姿があるけど、なかなかその通りにはいかないし、なれない。で、ある時、自分にピッタリ来る芸風やキャラを見つけるんです。ただ、それを見つけるのはすごく難しい。

――早く見つける方もいれば、10年かかる方もいる。

ゆりやん:なので、いざ自分にハマったものを見つけた時に、元々自分が目指していた方向性ではなかったとしても、それを武器に道を切り開いていくというのは、プロレスもお笑いも一緒だなと。特にダンプさんの場合は、それがヒールだったので、嫌われてつらい思いもたくさんされたと思うんですけど、最後まで貫かれました。貫いた結果、ダンプ松本という存在、ダンプ松本というキャラを確立した。本当にすごいことです。

「天才」なのに「置いていかれる感情」を知っていた

白石:松本香がダンプ松本になる場面って、それまでの鬱屈した蓄積があってのトリガーというか、弓をできるだけ引いておいたほうが、勢いが出ると思ったんですよ。そういう意味では、芸人としてのゆりやんが「すぐに売れた人」だという点は心配していました。ゆりやんはそこまで長く辛酸を舐めてない。つまり、あまり弓が引かれてない

僕がいろいろな所で聞く限り、ゆりやんはNSC(吉本総合芸能学院)で天才と呼ばれ、同期からは「あいつはものが違う」という評価を受け、デビューしてからも比較的早くからテレビに出て、スター街道を突き進んでます。

ゆりやん:(白石監督の褒め言葉に合わせて、パーン、パーンと膝を打ち鳴らす)

――その音は(笑)。

ゆりやん:講談を表しています(笑)

白石:つまり、トリガーがうまく作動するかなって危惧してたんです。ただ、ダンプになる前の松本香と長与千種(唐田えりか)が一緒にランニングするシーンの時に、僕とゆりやんが少し話したんだよね。

ゆりやん:千種が先に走って行ってしまうシーンですね。

白石:僕はゆりやんに「芸人さんでいうと、同期が先に売れてしまって置いてかれる感情なんだけど」と説明したら「私、わかるかも」って答えた。その時は、「そんなことないでしょ、すぐこんなに売れちゃって」って言っちゃったんだけど(笑)。

でもきっと、ゆりやんの中では、芸人になる前の経験なのか、他の芸人を見てのことなのかは知らないけど、とにかくわかる感覚なんだろうなと。実際、千種に置いていかれる時のゆりやんの演技を見た時に、「ああ、これはダンプ松本になった瞬間、爆発するんだろうな」という予想が立った

ゆりやん:嬉しいです!

白石:予想というより、なんだろう、すごく楽しみになったんですよ。

男社会を壊そうとする少女たち

――最終話まで観ると、この物語が単にダンプ松本の成功物語ではなく、「女性たちが団結して男性による搾取と戦おうとする物語」にも受け取れました。このようなシスターフッド(女性の連帯)的なメッセージ性は、どの程度意識されたましたか。

白石:僕も企画を始めた時は、ダンプ松本がヒールとして日本中に嫌われるけど、それでも私は私の生き方でいくんだ――といった、わりかしストロングな話なのかなと思ってたんです。でも、色々と取材したり関係者に話を聞いていったりする中で、少し違うことに気づかされました。

――違う、とは。

白石:女子プロレスだから、リングには一見して女性しか立っていないように見える。だけど、そこは松永家(全女を設立・運営していた松永兄弟)が支配する完全男社会でした。「極悪女王」って、「スターになりたい何者でもない少女たち」が、時には駒のように扱われ、あいつ怪我したからもういらないなんて使い捨てにされながらも、プロレスを武器にその完全男社会を壊していく話なんですよ

だから最後の試合で、あえて男性をリングから“排除”して女性だけの空間にしたのは、かなり意図的な演出です。そんなわけあるかって話ではありますが(笑)。

――それを踏まえて、ゆりやんさんは“女性芸人”という枠で括られること、男性芸人とは違う扱いやいじられかたをすることについて、本意・不本意も含めてどう感じていますか。

ゆりやん:私は「女性芸人」とか「女芸人」と言われて嫌だなと思ったことはないんです。たまに「芸人女」とかいう怪物みたいな言われ方をするのは、ちょっと嫌ですけど(笑)。私がこの世界に入らせてもらってから12年くらいですが、時代もあるんでしょう。その間は好きなように生きられる環境にいさせてもらったので、特に不満はありません。

ただ……全然関係ないんですけど、男芸人ばっかりモテてるのは腹立たしい(笑)

――女性芸人はモテないんですか?

ゆりやん:私が告白したり、付き合ってくださいって言ったりすると、「芸人ってとこが引っかかっている」みたいに言われるんですよ。

白石:ははは(笑)

ゆりやん:もっと腹が立つのはですね、モテてて余裕がある、あまり振られないタイプの女芸人のほうが、ネットとかでは評価が高いんですよ。「おもしろい、さすがセンスある」とか言われてて。……いや普通やん! それ普通のこと言ってるだけやで。あんたらどうせ不細工が嫌いなだけやん!って。

……すみません、全然関係ないことを。

プロレスシーンは「ボロ勝ち」

――「1980年代の日本の女子プロレス」という特殊な世界の物語を、日本以外の国の視聴者はどう受け取るのでしょうか。

白石:蓋を開けてみないとわかんないです。ただ、女子プロレスを題材にした映画って数は多くないけどあるじゃないですか。それこそNetflixにも。それらと比べると、少なくともプロレスシーンに関しては「極悪女王」がボロ勝ちしてるんじゃないかと贔屓目で思っているので(笑)、世界中の視聴者がどう思ってくれるかなという楽しみはあります

ゆりやん:プロレスシーンだけじゃありませんよ。ストーリーも、何もかも全部!(机を激しく叩く)。これはもう、声を大にして言わせてください。世界中の人が白石和彌監督をもっと目の当たりにして、腰を抜かせばいいって思ってます

白石:ありがとうございます(笑)。

ゆりやん:だからタイトルも、「極悪女王」じゃなくて、今からでも『白石和彌の極悪女王』に変えてほしいです。

白石:あ、昔の『ヒッチコック劇場(原題:Alfred Hitchcock Presents)』みたいに(笑)。

ゆりやん:それそれ。ぜひお名前入れてください。私、監督のことほんとにほんとに尊敬しすぎてリスペクト・アンド・リスペクト、略してR&Rなんで!

Netflixシリーズ「極悪女王」は9月19日(木)よりNetflixにて世界独占配信

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