長澤まさみ「三谷幸喜さんに言われた言葉が、大きく影響しています」

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「“あのシーン”については、稽古のときはちょっと混乱していました。でもこのお芝居の中でも一番の見せ場とも言える場所なので、うまく演じられたらいいなという欲が出て、いいシーンにしたいという思いが抑えられなくて」

こう語るのは、長澤まさみさん。

8月25日で終えた東京公演につづき、舞台『正三角形』の公演が北九州、大阪、そしてロンドンと11月まで続くが、しかしここで語った「稽古」「お芝居」とはこの舞台のことではない。三谷幸喜さん脚本・監督をつとめる長澤さん主演映画『スオミの話をしよう』について語ったときの言葉だ。

主人公は、元夫と現夫・計5人の男にそれぞれ違う姿を見せてきた、スオミという女性。突如消えた彼女は何者なのか? どれが本当のスオミなのかーー? 「限りなくワンシチュエーションに近いセリフ劇をやりたいと思ったところが出発点でした」と語る三谷監督の、演劇的映画なのだ。

長澤さんのインタビュー前編では、三谷監督との出会いやそこから受けた影響を中心に聞く。

「俳優には終わりも定年もないよ」

これまでの出演作に対し、「自分でも本当にいろいろな役を演じてきたなあと思います」と静かに振り返る長澤さん。言葉を探りながら、やわらかく控えめな口調だ。

「ターニングポイントはいつですか? と聞かれることも多いのですが、俳優にとっては“いま向き合っている仕事”だと思います。

『俳優には終わりも定年もないよ』というのは、私がこの仕事に就いた時に言われたことでもあります。俳優は身を引く必要もない。だっておばあさんの役から赤ちゃんの役まで俳優は必要ですから。もちろん今の年齢で年上役や若い役を演じることもあるけれど、自分で制限をかけなければ芝居と向き合うことはいくらでもできる。そういう仕事です。

私の場合、ただ芝居に向き合っていたら今の状況になっていたという感じなので、俳優としての旬みたいなものも自分では集中していないんです。ありがたいことに、私は出会ってきた監督の方々に、その時その時の自分を一番いい形で作品の中に収めてもらってきました。そういう意味では、監督の方々のおかげで私はこれまでずっと、自身の旬を皆さんに観ていただけているのかもしれません」

三谷さんに芝居との向き合い方のヒントをもらった

ここ数年だけを見ても、『コンフィデンスマンJP』といったエンターテインメント作品から、『MOTHER マザー』『ロストケア』「エルピスー希望、あるいは災いー」などシリアスな作品まで次々主演。主演作でなくとも、『真田丸』『キングダム』、ナレーションをつとめた『鎌倉殿の13人』など話題作に次々出演し、長澤さんが“全力で芝居に向き合ってきた”ことは、誰も異論がないだろう。

そんな「芝居に向き合ってきた」長澤さんにとって、三谷幸喜さんとの出会いはとても大きなものだったのだという。

「自分を成長させる糸口を一番最初に見つけてくれた、教えてくれたのが三谷さんだなと思っています。三谷さんと『紫式部ダイアリー』でご一緒させていただいて、芝居との向き合い方が変わったんですよね」

『紫式部ダイアリー』とは、2014年に三谷幸喜さんが脚本・演出したふたり舞台だ。長澤さんが<飛ぶ鳥を落とす勢いの若手作家・紫式部>を、同じ事務所の先輩である斉藤由貴さんが<大ベストセラーを持つエッセイスト・清少納言>を演じ、大きな話題を呼んだ。

「もう10年も前になるんですね。当時私は、芝居について何をどう突き詰めていけばいいのかがわからず、しかもその疑問があまりに漠然としているため、相談できる相手もいない状態で。『こういう問題って、いったい誰と共有したらいいんだろう? やっぱり自分一人で抱え込まなきゃいけないのかな』と悶々としていたんです。

でも芝居の稽古を重ねていくなかで、三谷さんが折々に解決の糸口になるアドバイスをしてくださって。しかも三谷さんはものの見方の角度が他の人と全然違うので、そのヒントも意外な方向から来るんですよ。

演出家さんはこうやって俳優を育ててくださるんだなあとしみじみ感じ入ると同時に、『もっと現場でディスカッションをしよう、していいんだ』と気づかせてくれたのが三谷さんだったんです」

上手く演じたい、いいシーンにしたいという欲

その後もドラマ「わが家の歴史」、NHK大河ドラマ「真田丸」「鎌倉殿の13人」といった三谷作品に、出演者・語り部として名を連ねてきた長澤さん。今回主演を務めた映画『スオミの話をしよう』で、2年ぶりにタッグを組むこととなった。冒頭で語った「あのシーン」とは、「5人の夫たち」とスオミが一度に対峙するシーンのことだ。

「この映画の面白さは、スオミという一人の女性が5人の男たちに見せる顔がそれぞれ違い、同じ女性なのに5通りの印象があるところにあります。それをどう表現するかの難易度が高く、私にとってものすごく挑戦的な役になりました。

なかでも集まった5人の夫たちとスオミが対峙する“あのシーン”は、私の役柄にとって一番の見せ場になります。それだけに、どうしても上手く演じたい、いいシーンにしたいという欲が出てしまい、平常心で挑むのが難しかったんですね。

それでも着実に稽古を積み重ねていけばできるはずと、現場では集中力を切らさぬよう努めていました。

私自身、劇中で何役も演じるというのは過去にもやらせてもらってきたほうではあるのですが、今回はちょっと違う部分があります。なので同じなんだろうなと思って映画館に行かれた方は、少々驚かれるかもしれません(笑)」

「自分で考える力」をつけることの大切さ

これまで「三谷監督からは意外な角度からの気づきをもらうことが多かった」というが、どのような言葉をもらうのだろうか。

「たとえば……今回の作品で言うとわかりやすいですね。劇中にスオミが(富豪の夫)寒川さんとのシーンがあります。そこで三谷さんがふと『お金持ちの奥様って、声が大きくないですか?』とおっしゃって。その言葉で『なるほど、恵まれているからこそ、余裕があって、大らかな感じがお金持ちの奥さまっぽいぞ、じゃあこんなふうにセリフを言おう』と自分の中でイメージを膨らませていけたんですね。

役に肉付けする際の観点が、全然自分とは違う。野田(秀樹)さんもそうですが、私が好きな演出家さんは皆、俳優に『自分で考える力』をつけてくださる方が多いような気がします。

また皆さんそれぞれが、俳優が一番魅力的に見える方向を見つけてくれるんですね。でも監督によって色が違うから、当然役柄の最終目的地も変わってくる。だからこそ俳優は毎回まったく違う人間になれるんだなと、あらためて思います。

今回も撮影に入る前に稽古の時間があったのですが、『もっと成長したい』『次のステップに進みたい』と思っている今の自分がすべきことが見い出せたように思います。いろいろな作品に出演させていただく一方で、『もっと台本と向き合う時間を物理的に増やすことが必要だな』と感じていたところだったので、そういった気づきを含め、いろいろな意味で得るものの多い現場になりました」

三谷さんの愛情が役柄に注ぎこまれている

役者たちの息の合ったやり取りと緻密な構成で成り立つ会話劇は、まさに三谷作品の真骨頂。長澤さんの「稽古」という言い方が象徴しているように、『スオミの話をしよう』を観ていると、まるで劇場で舞台を観ているような気持ちにさせられる。

「台本を読んだだけでは、特別“舞台的”だとは思いませんでしたし映画らしさが感じられるんですが、カット割りが少なく、画角としてワンシーン・ワンカットになることが多いので、観ている方に舞台的と受け取られるのかもしれません。

三谷さんは今までもそうでしたが、その役を演じる人に向けて台本を書かれています。私だけではなく『それぞれがこういう役を演じたらもっと輝くんじゃないか』という三谷さんの愛情が、役柄に注ぎこまれているんです。

今回のスオミ役も同様で、しみじみと嬉しく感じましたし、私自身もいただいた役を大切に演じたいという思いで向き合っていましたね」

◇インタビュー後編「長澤まさみ「意外だね、と言われることが多くて、驚いています」」では、「相手の求める自分になる」スオミという役を演じて感じた「自分の人生の作り方」を聞く。

長澤まさみ

1987年6月3日生まれ。静岡県出身。2000年に第5回「東宝シンデレラ」オーディションにてグランプリを受賞。同年に映画『クロスファイア』(金子修介監督)でデビュー。2004年には、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』(行定勲監督)で第28回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞・話題賞など数々の賞を受賞。その後もドラマ・映画・舞台と幅広く活躍。2019年には映画『キングダム』(佐藤信介監督)で、第43回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を、2020年には映画『MOTHERマザー』(大森立嗣監督)で、第44回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を2年連続で受賞。昨年主演を務めたTVドラマ「エルピス―希望、あるいは災い―」では第31回「橋田賞」を受賞するなど日本を代表する俳優。昨今の出演作は、映画『散歩する侵略者』(17年/黒澤清監督)、ドラマ・映画『コンフィデンスマンJP』シリーズ(18年〜)、映画『シン・ウルトラマン』(22年/樋口真嗣監督)、ミュージカル『キャバレー』(17年)、舞台・新感線☆RS『メタルマクベス』disc3(18年)、NODA・MAP番外公演『THE BEE』(21年)など。

三谷幸喜作品としては、舞台「紫式部ダイアリー」(14年)、ドラマ「わが家の歴史」(10年)、NHK大河ドラマ「真田丸」(16年)、「鎌倉殿の13人」(22年 ※語り)

映画『スオミの話をしよう』

その日、刑事が訪れたのは著名な詩人の豪邸。《スオミ》が昨日から行方不明だという。スオミとは詩人の妻で、そして刑事の元妻。刑事はすぐに正式な捜査を開始すべきだと主張するが、詩人は「大ごとにするな」と言って聞かない。

やがて屋敷に続々と集まってくる、スオミの過去を知る男たち。誰が一番スオミを愛していたのか。誰が一番スオミに愛されていたのか。スオミの安否そっちのけで、男たちは熱く語り合う。

だが不思議なことに、彼らの思い出の中のスオミは、見た目も、性格も、まるで別人。

スオミはどこへ消えたのか。スオミとは一体何者なのか。かくして極上ミステリー・コメディの幕が上がるーー。

ヘアメイク/スズキミナコ スタイリスト/小嶋智子

ドレス167,250円(アーデム / メゾン・ディセット)

ネックレス664,400円、右手:ブレスレット537,900円、中指に着けたリング2,244,000円、薬指に着けたリング649,000円、左手:ブレスレット3,212,000円(レポシ / レポシ日本橋三越本店)

問い合わせ先

メゾン・ディセット TEL:03-3470-2100

レポシ日本橋三越本店TEL:03-6262-6677

長澤まさみ「意外だね、と言われることが多くて、驚いています」