「子どもが鼻血を洗面器で受けた」「被曝が遺伝する」…福島を苦しめ続ける「原発事故の根拠なき誤解」に反論する

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「被曝は遺伝しない」は「科学的ではない」?

〈こういうのほんと問題

被曝は遺伝しない(遺伝的影響は起こらない)とか、素人が何の責任もなく言い切り、メディアが載せる

こんな断言は当然科学的ではない

プロフィール見ると、細野議員(@hosono_54)とか開沼先生(@kainumahiroshi)とか、

福島を、科学を政治的に歪めてきた人が出てくる

大きな課題...〉(https://x.com/hibakuyada/status/1829351795438870885)

2024年8月30日、著者が5年以上前に現代ビジネスに寄稿した記事【正しい情報は邪魔?8年経っても「福島の風評払拭」が難しい背景】(2019年3月11日公開)に対する批判があった。

批判者の鴨下全生(まつき)氏は2011年3月、東京電力福島第一原子力発電所事故により福島県いわき市から家族と共に自主避難した。当時8歳だったという。2019年にローマ・カトリックの教皇が38年ぶりに来日した際、東日本大震災の被災者代表として東京で面会し、最近も神奈川県大磯町で行った講演の様子が今年の7月26日と8月26日に朝日新聞と東京新聞から相次いで報じられてもいる。

【ローマ教皇来日「福島への誤解」が世界に広まるとの懸念も】(NEWSポストセブン 2019年11月28日)

【「無関心がつらい」避難者親子が語る13年 大磯町で27日に講演会】(朝日新聞 2024年7月26日)

【「原発事故は過去の話ではない」 13年間続く避難生活 鴨下さん親子、大磯で講演】(東京新聞 2024年8月26日)

大手マスメディアがこぞって取り上げる人物から、名指しで「素人が何の責任もなく言い切り」とまで公開の場で記事について非難された以上、正式に反論しよう。

「全ゲノム解析」でわかったこと

先に結論を言えば、鴨下氏の批判には以下3つの理由から全く正当性がない。

(1)被曝は遺伝しない(遺伝的影響は起こらない)という科学的エビデンスは極めて強い

(2)遺伝的影響の可能性を示唆する言動には、単なる「警告」を超えて人々の健康や命を脅かすリスクがある

(3)著者を含めた複数の人物の名誉を根拠なく毀損している

まず(1)について。被曝の影響が遺伝しないこと、そして次世代の人に影響しないことは、広島と長崎に原子爆弾が投下された後に行われた影響調査により、福島の原子力災害が起きるはるか以前から明らかになっていた。

さらに、チョルノービリで1986年に発生した原発事故でも、次世代への遺伝影響は見られなかった。

BBCの報道によれば、米メリーランド州にある国立がん研究所(NCI)がチョルノービリ原発周辺の汚染レベルが高い地域で除染作業にあたった労働者たちの子ども、及び無人となった町プリピャチや原発から70キロ圏内から避難した人たちの子どもを対象に1987〜2002年に生まれた全員について全ゲノム解析を実施している。

「母親と父親のゲノムを分析し、さらに子どもについても調べた。さらに9カ月かけて、それらの変異の数に、両親の放射線被ばくと関連がある何らかの変化がないか確認した。その結果、何も見つからなかった」「この結果は、両親の体が受けた放射線の影響が、将来妊娠する子どもにまったく及ばないことを意味する」という。(【Chernobyl radiation damage 'not passed to children' 】BBC、2021年4月23日)

こうした過去の研究の蓄積を鑑みれば、「被曝は遺伝しない」という知見は妥当であると言ってよいだろう。しかしながら、こうした見解を「当然科学的ではない」と切り捨てる鴨下氏は、その根拠を何一つ提示しようとしない。氏が言う「素人が何の責任もなく言い切り、メディアが載せる こんな断言は当然科学的ではない」という主張には全く正当性がない。

「心理的影響」のほうが深刻だった

次に(2)について。前述したチョルノービリの原発事故について、事故発生から20年後の2006年、世界保健機関(WHO)は「メンタルヘルスへの衝撃は、事故で引き起こされた最も大きな地域保健の問題である」と総括した。住民に特異な被曝があったにもかかわらず、メンタルヘルスの影響がより深刻な被害をもたらしたということだ。

福島での住民の被曝量は、チョルノービリに比べ文字通り桁違いに低かったことが既に判っている。国連科学委員会(UNSCEAR)は福島における公衆の健康影響について、「心理的・精神的な影響が最も重要だと考えられる。甲状腺がん、白血病ならびに乳がん発生率が、自然発生率と識別可能なレベルで今後増加することは予想されない。また、がん以外の健康影響(妊娠中の被ばくによる流産、周産期死亡率、先天的な影響、又は認知障害)についても、今後検出可能なレベルで増加することは予想されない」と結論付けた。(【東電福島第一原発事故に関するUNSCEAR報告について】首相官邸、2012年12月12日)

ここに書かれた「心理的・精神的な影響が最も重要と考えられる」は、前述したWHOの総括からも極めて重要な文言である。事実、福島では被曝そのものによる健康被害がなかったにもかかわらず、震災関連死も含む健康被害が多発した。恐怖や不安、喪失感、避難も含む過度なリスク回避行動に伴うストレスがもたらした鬱や自死、生活習慣病、アルコール依存、家庭離別の増加などが報告されている。

「福島ばかりじゃございませんで栃木だとか、埼玉、東京、神奈川あたり、あそこにいた方々はこれから極力、結婚をしない方がいいだろう」「結婚をして子どもを産むとですね、奇形発生率がどーんと上がることになる」2012年、日本生態系協会の池谷奉文会長(当時)が東京で開かれた講演会で語った言葉だ。池谷氏は公益社団法人日本ナショナル・トラスト協会会長や、環境省の自然再生専門家会議委員なども務めた人物である。(【生態系協会長 発言認める「差別と思っていない」】(福島民報、2012年8月30日)

福島の原子力災害後、被曝の遺伝影響に対する言説が公人からさえ飛び交った。しかもそうした誤った言説は、事故直後だけではなく長期にわたって流布された。立憲民主党の逢坂誠二代表代行のブログには、2018年になっても以下のようなことが書かれた。

〈原子力発電はいくつもの根源的な難題を抱えている。

万が一の事故の放射線被害は、一人の個人の体を蝕むだけではなく、遺伝によって世代を超えて人類に悪影響を及ぼし、人類という種の存在にも悪影響を与えるものであること〉

これらの言説が、当事者のメンタルヘルスにいかにダメージを与えてきたか。私自身も福島で原発事故を経験し、壮絶な現実を身近で無数に見てきた。

非常時は、「絶望」こそが人の命を奪う。

「既知の事実や知見を無視した、終わった議論の蒸し返し」そのものに人々を傷つけるリスクがある。「念のために言っているだけ」「警鐘を鳴らしているだけ」などと正当化は出来ない。まして、それらの犠牲になるのは発信者本人ではなく今も福島に暮らし続ける人々だ。原爆被爆者が苦しめられた、「ピカがうつる」に等しい差別の再来を助長してはならない。

「食べて応援」を「悪質」と言うが…

最後に(3)について。鴨下氏は著者と講談社に対し「素人が何の責任もなく言い切り」「メディアが載せる」と言い、さらに細野豪志衆議院議員と開沼博東京大学大学院准教授にも「福島を、科学を政治的に歪めてきた人」と強い言葉を向けるが、いったい何を根拠にしているのか。

むしろSNS(X)では、逆に鴨下氏のアカウントこそが非科学的であると批判を受けて「炎上」し、頻繁にコミュニティノートを付けられている。

具体的には8月1日〜31日を検索すると、雑談や返信、告知までも含めた全発信73件のうち26件、実に35.6%にコミュニティノートが表示されている(9月1日現在)。しかも鴨下氏は、自らが言及した「被曝の影響」などについて、被害が発生した時期や場所、量といった具体的・定量的な話には一切答えようとしない。

実際に、氏の「炎上」した無数の発言からごく一部を実例として挙げた上で、それらに対する著者の疑問、及びSNSで無数に寄せられながら鴨下氏が現状答えていない質問を()で付記する。

・「実際、原発事故直後は通常では考えられないレベルの汚染をしてしまった人が沢山いました」(いつ、どこで、どの程度の人数が、どのくらいの量を?それが具体的にどのような被害をもたらしたのか?)

・「放射性廃棄物といっても過言ではないレベルの汚染をしてしまった人が何人もいた」(同上)

・「福島の桃農家が被曝しながら労働することを肯定することになる食べて応援は本当に悪質だと思う...」(同上。加えて現在、福島県産の農水産物はすべて世界で最も厳しい基準のもとで検査を受けており、被曝によるリスクはない)

・「今、この瞬間も汚染された土地で労働している方がいらっしゃいます 水俣でも魚は美味しかったんです」(具体的にどこの誰を指すのか。突然水俣を名指した理由は何なのか。福島県産の水産物を食べると、かつて水俣で起きた公害病のような健康被害が発生すると仄めかしたいのか)

・「栃木なんて本当に信じられない程(*桁違いに)汚染している地域がありますし、千葉、茨木、宮城にもあります」(具体的にどの場所で、どの程度の量で、有意なリスクを示す客観的科学的な根拠は何か)

「洗面器で鼻血を受ける」は本当か

鴨下氏は8月3日にも、自身が現在所属する早稲田大学辻内琢也ゼミのブログに「あの時、避難所の多くの子供が鼻血を出していた。しかも、いわゆる普通のレベルではない異常な鼻血を出す子が沢山いた。バスタオルや洗面器で鼻血を受けながら歩いている子供。共同洗濯場では、布団についた鼻血をどうするか子どものいる避難者同士で話し合ったりもしていた。私自身も、洗面器で受けるような鼻血が繰り返し出続け」と書いた。同じ内容を翌々日5日に個人ブログにも載せ、Xでも発信した。

仮に被曝が原因で「バスタオルや洗面器で鼻血を受け」るほどの症状があったとしたら、即座に生命にかかわるレベルの被曝であり、そうした被害がこれまでまったく報道も報告もされず、地元で話題にもなっていないのは不自然だ。著者は「具体的にどこの避難所ですか?」と問いかけた。しかし、この質問にも鴨下氏からは全く返答が無いままだ。

多くの人から何度質問や抗議を寄せられても鴨下氏本人が頑なに答えようとしない以上、止むを得ず他の手がかりを探るしかない。そうした中、実は2021年に他ならぬ鴨下氏の父が実名で自主避難の様子を答えた証言記事がある。

「翌日12日の早朝、明るくなるまで待って、家を出ました。原発が異常だということはわかっていましたから。(中略)父の実家の横浜市の保土ヶ谷に着いたのは13日の未明でした」(土井敏郎【福島からの証言・9(前半)】Yahoo!ニュースエキスパート、2021年3月29日)

原発で最初の水素爆発が起きたのは1号機で、12日午後3時36分である。その日の早朝にいわき市から横浜市に向け出発していた鴨下氏が既に福島県外に出ていた可能性は高い。一体、どこの避難所の話なのか。

鴨下氏の言説には矛盾が他にも無数にあるが、文字数の制限からここでの解説は割愛する。著述家の加藤文宏氏が非常に詳しくまとめているので、こちらを参照頂きたい。

未だに生じ続ける「偏見と誤解」

なぜ、鴨下氏はこのような発信を続けるのか。鴨下氏は、元大阪大学教授の菊池誠氏と2024年8月3日に対談しており、そのようすがネット上で公開されている。そこで同氏は次のように語った。

〈私がそれ(被曝の影響)を言う理由としては、当然、精神的被害の方が大きいと思っているんですが、国や裁判所はそっちの精神的被害についてはほとんど見てくれないというか考えてくれないんですよね。なので、この、被曝の影響について述べるしかない。被曝の影響について述べないとそれ以外の、それこそ様々な地域感情の対立だとか様々な誹謗中傷があった問題だとか、そういった問題については、全然、こっちが主張しても何も考えてくれないといっていうのがあるので、私もその主張をしないといけないのかなって思ってしまうところがあるんですね〉(【菊池誠阪大教授との対談「被曝による健康影響について」】【原発事故被害当事者】鴨下全生のチャンネルより、動画の2時間48分55秒近辺から)

鴨下氏の父、鴨下祐也氏は東京電力福島第1原発事故で福島県から東京都内などに避難した17世帯47人の住民が東電と国に計約6億3500万円の損害賠償を求めた東京訴訟の原告団長であり、息子の全生氏も原告の一人だった。「国や裁判所」が「精神的被害についてはほとんど見てくれない」というのは、この訴訟で高裁、最高裁がいずれも「国の責任を認めない」との判決を下したことを受けての意見だろう。(【原発事故 国の責任否定 最高裁判決に追従 東京訴訟控訴審】しんぶん赤旗、2023年12月27日)

福島からの避難者には住宅確保や移住サポート、高速道路の無料措置、メンタルケアなど多岐にわたる手厚い支援が続けられた。その一部は今も続いている。(【令和6年度 県外避難者支援の主な取組等について】福島県避難者支援課、2024年7月1日)

無論、それらはいずれも原発事故の被災者支援として不可欠なものだ。

一方で、避難者にもグラデーションがある。たとえば双葉郡などの避難指示が出た地域からの避難者と、鴨下氏のように指示が出ていない地域からの自主避難者は立場を異にするといえる。たとえば震災当時、福島県内の避難指示が出ていない地域に在住していた著者は、自主避難を選んだ鴨下氏と震災直後の立場は同じだった。単に福島に残ることを選んだか、避難することを選んだか、それぞれの「選択」が異なるに過ぎない。

「自主避難」にも支援やケアが必要なケースはもちろんあるだろう。しかし、その支援や支援対象者が「福島は安全ではない」かのような偏見・誤解を助長させ、福島に留まった県民を苦しめることに正当性があるとは思えない。そもそも「支援継続のためにはいつまでも福島が汚染されていなければ困る」というような、まさに鴨下氏が非難した記事のタイトル「正しい情報は邪魔」とばかりに振る舞う人々のインセンティブを、行政が自ら創り出し続けているのではないか。

今回、福島在住者も含めた少なからぬ人が、鴨下氏に対して当初は丁寧なリスクコミュニケーションを試みた。前掲した大阪大学の元教授である菊池誠氏は深夜にまでわたる4時間以上の対談を無料で引き受け、著者自身も繰り返し宥和的に接した。

しかし残念ながら、それらが聞き入れられることは一切なかった。この現実に、我々は今後どう向き合うべきなのか。

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